第39話

 あれは、俺が十五歳の頃だったな。


 「カイルよ」


 ティナの父ガイナスは、真剣な眼差しを十五歳の俺に向ける。


 これは俺の記憶。

 回想と言ってもいい。


 この時俺は、『大事な話がある』と、ティナの家に呼ばれた。

 何の話が切り出されるのか分からず、少し緊張していたのを覚えている。


 そんな俺の両肩を、ガイナスはガッと掴み、真摯に頼み込んだ。


 「この村で、俺の次に強くて頼りなるお前に、ティナの未来を託したい。引き受けて、くれるか?」


 そう言葉にした彼の後ろには、十四歳のティナと、母親のニーナが心配そうに成り行きを見守っていた。

 その姿が視界に入りつつも、俺はガイナスの意図する事が分からず、質問を返した。


 「ティナの未来?どういう意味ですか?」


 ガイナスは視線を下に落とした後、自分の娘を見た。

 そして、少しだけ悲しそうな顔をしながら、再び口を開いた。


 「ティナは知っての通り、『絶対人質』のスキルを持って生まれた。それも一生涯付き合っていかなければならない物をだ」

 「そう、ですね」


 ガイナスは再び俺の目に視線を合わせる。


 「親のエゴかもしれんが、それでもティナには幸せになって欲しい。しかし、親である俺やニーナは、娘より先に死んでしまう」


 まさかの重い話に、俺は言葉を発する事ができない。


 「だから、ティナの事を守る事ができ、かつ寄り添ってくれる相手が必要だ」


 その通りだと思い、黙って頷く。


 「カイル。お前は娘の事、どう思う?」


 ガイナスが問う後ろで、ティナは身構えて口をキュッと一文字に結んだ。

 鈍いカイルは問い直す。


 「どう思うって?」


 そんな俺に、ガイナスは言った。


 「ティナはお前の事が好きだ。自分を助けてくれ、優しいお前が大好きだと」


 まさかの間接的告白に、カイルの顔が赤くなる。


 「カイルは、ティナの事を好きか?」


 その問いの答えは一択だった。

 ティナとは幼なじみとして、小さい頃から一緒に育ってきた。

 ほぼ家族みたいな感覚だったが、お互いに思春期を迎えたあたりから、俺の感覚は変わり始める。

 ティナに女性的な特徴が表れるにつれ、彼女の事を異性として意識する様になった。


 そんな中、ティナの側にいると、不思議と落ち着く自分がいる事に気付く。


 彼女の話し方、雰囲気、考え方。


 その全てが、一緒にいて居心地が良かった。

 『絶対人質』スキルのせいで、ドタバタする事が多かったが、彼女の為なら何の苦にもならない。


 いや。


 『何の苦にも』は言い過ぎだな。

 ティナが時折見せる、予測不可能な発言や行動には、正直困っている。

 『絶対人質』が発動する大抵の原因は、ソレだからな。


 まぁそれでも、許容範囲内。

 なぜなら俺は、ティナの事が一人の女性として、好きなんだと認識したからだ。


 しかし元来の恥ずかしがりが厄し、顔を赤くするだけで、その思いは言い出せない。


 いやいや、言えるか!

 考えてもみろ!

 まだ思春期真っ盛りな歳頃で、相手の両親がいる場で「好きです」なんて、なぁ!?

 当事者二人だけなら、まだしもだぜ!?

 二人きりなら面と向かってーー。


 いや。

 すみません、二人きりだとしても言えません。

 嘘つきました。

 強がっただけです、はい。


 そんな反省に気づいたのかどうか分からないが、何も言わない俺に対して、ガイナスは質問を変える。


 「ティナの事、嫌いか?」


 俺は下を向いたまま、大きく横に首を振った。


 「なら、ずっと側で、娘を見守ってくれるか?」


 今までも、そうしてきた。

 そうしてきたからこそ、これからもずっとそうするだろう。


 そう思い、俺は頷いた。


 「感謝する。カイル、ティナをよろしく頼む」


 羞恥心冷めやらない俺は、事の重大性に気づかずに、再び黙って頷く。


 「お母さん!」

 「ティナちゃん、良かったわね〜」


 そのやりとりを見ていたティナと母親は抱き合い、喜びを分かち合う。

 ニーナの瞳からは、娘の将来に安堵する気持ちから、嬉し涙が溢れていた。

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