第36話

 その声は、カイルの耳に届く。


 ハッシュの声だ。

 焦っている感じだが、今は。


 誰とも会いたくないし、昨日の事が村全体に伝わってしまっていたらと、ありもしない被害妄想が頭をよぎり、無視する事に決めた。

 しかしハッシュの発言は、決して無視できるものではなかった。


 「カイルさん!非常事態発生です!」


 窓際で緊急を告げるハッシュ。


 「非常、事態?だと!?」


 カイルは先程まで、あれ程滅入って塞ぎ込んでいたのが嘘の様にスッと立ち上がり、カーテンを勢いよく開け、窓を開いた。

 それ程までに、ハッシュの発した『非常事態』の言葉が重かった。


 「レベルは?」

 「今のところ『1』ですけど、パーティを組んでいるので、もしかしたら『2』以上の可能性もあります!」

 「そうか」


 カイルの表情にも緊張が走る。


 「今は、どんな状況だ」

 「自警団のメンバーで入り口を固めています。先頭に立つ人物は、『争いに来た訳じゃない。責任者と話をさせてくれ』と、穏便な感じですが、その」


 ハッシュは告げてよいのか躊躇う。


 「どうした?」

 「パーティーの編成から、カイルさんが以前言っていた、英雄クラスの可能性が否定できなくて」

 「なっ!?」


 カイルは驚きを隠せなかった。

 ハッシュが危惧する事柄が真実であれば、最高レベルの『5』に相当する。

 もし本当にレベル『5』なら、命を賭した戦いを覚悟しなけれならない。


 「支度したら直ぐに向かう!ハッシュは先に戻って、時間を稼いでくれ!」

 「わかりました!」


 ハッシュは戻ろうと踵を返す。


 そうだ!


 カイルは思い出し、走り出そうとしたハッシュを呼び止める。


 「ハッシュ!ティナを見たか?」

 「いえ!ここに来る途中で見かけませんでしたけど、家に居ないんですか?」

 「おそらくな。戻る途中で見かけたら、家に居るように伝えてくれ!」

 「はい!」


 指示を受け、ハッシュは走り出した。

 カイルは寝巻きを脱ぎ捨て、着替え始める。

 その心中は、ティナの事を思い、穏やかではなかった。


 ティナは母親のニーナさんの手伝いと言っていた。

 そうなると、畑にいるのか?

 もしそうなら、門から遠いから大丈夫なはずだ。

 しかし、それは希望的考えだ!

 楽観視するわけにはいかない。


 着替えが進むにつれ、凛々しい顔つきが戻って来る。

 非常事態に備えた皮鎧の留め金を、パチッ、パチッと付けると、カイルはキッと目力を取り戻した。

 そして愛用の剣を手に取ると、自分を鼓舞するように言った。


 「よし!いくぞっ!」


 気概を十分にし、開いた窓からバッと飛び出す。

 ヒラリと華麗に着地をすると、勢いそのままに走り出した。


 久々に起こった非常事態。

 ハッシュの言い方によると、大事に発展してしまう可能性もある。

 そうならない為に、全力を持って対処しなければならない。

 そう。

 スキル『一刀両断』を使う事になろうとも。


 カイルの顔は険しかった。

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