第32話

 「大丈夫、だ。少し、疲れたようだ」


 精神的なダメージが深く、絞り出す様に答えた。

 『疲れた』というワードに反応し、ティナは俺の近づき、そっと額に手をやる。


 「熱いよ〜?熱があるんじゃーー」


 確かにティナの手が、冷たく感じた。

 それほどに、顔が紅潮しているのだろう。


 だがそれよりも、突如近づいたティナに、「うひゃ!」と声を上げて俺は飛びのいた。

 恥ずかしくて、近くには居られなかったんだ。


 「大丈夫!大丈夫だから!」

 「大丈夫じゃないよ〜!」

 「ストォォップ!」

 「えぇ!?」


 目の前に両手をかざし、拙い壁を作る。

 そんな俺の制止に戸惑うティナ。


 すまん!

 嫌じゃないが、今は耐えられないんだ!


 色々ありすぎて、俺の精神はギリギリだった。

 これ以上の負荷には耐えられそうもない。

 すでに脳内議員の過半数以上は、情報処理のために有給申請している状態だ。

 今の俺には、時間が必要だった。


 察してくれたのは、同性のガイナス。


 「ティナ。帰るぞ?カイルは大丈夫だ」

 「お父さん」


 娘に帰宅を促し、この出来事の終着点を見出してくれる。


 有難い。

 ひとまず、これで区切る事が出来るな。


 感謝と安堵が心を和ます。

 そう、油断したのだ。


 フッ。


 流石は我が伴侶となる人。

 そんな隙を逃さない所も素敵だ。


 ティナは不意に俺の手を取り、トドメを刺した。


 「さっきは嬉しかった。私、カイルの良いお嫁さんになれるよう、頑張るから、ね?」


 フフッ。


 良いお嫁さん、か。


 そうなる為に、改めて頑張る必要など、あるのだろうか。

 今のままで十分なのに。

 お前が隣にいるだけで、俺がどれだけ幸せなのか、知らないんだろう?


 だがまぁ、そうだな。

 ティナの言う通りかもしれん。

 お互いに、成長するのは大事なこと。

 至らないところは、改善していく。

 そんな心構えは必要だな。


 しかしティナは、どんな事を頑張るんだろう。

 あれか?

 俺の為に、美味しい料理を作る練習したりか?

 この前もそんな感じで、お菓子作りをニーナさんに教えてもらっていたな。

 あれを渡された時は、恥ずかしかったっけ。


 恥ずかしい、か。


 俺も、そうだな。

 恥ずかしがり屋な所を、少しずつでも、治していかないとな。


 このままでは新婚生活はおろか、結婚式すらまともに出来ない気がする。

 ティナの、いや。

 二人の為に俺は、自分を改善していかないとな。


 俺は恥ずかしがりの性格を、治すと決めた。

 難しい事かもしれないがな。


 「カイル?」


 そんな俺にティナは呼びかける。

 しかし返事はない。


 「カイル?カイル!?」


 再びの呼びかけ。

 それも焦ったように。

 だが、それでも返答はなかった。


 俺は精神に多大な負荷を受け、石化した様に固まっていた。

 恥ずかしメーターが振り切り、限界を超えていたのだ。

 もはや何が起ころうとも、俺の心には届かないほど、全てを拒絶した。


 あとは好きにしてくれ。

 俺はもう、関われないぞ。


 そんな境地だった。


 しかし一つだけ悔やむ事がある。


 最後のティナが言った言葉が、なんたかんだ嬉しかったからな。

 その感情が表に出てしまい、ニヤけたまま、間抜け顔で固まってしまった事だ。


 「カイル笑ってるの?ねぇ!返事してよ〜!」


 心配するティナをよそに、俺は石化したままだった。

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