第31話

 諦めの気持ちで行く末を見守る事にする。

 ガイナスは俺と娘の間に入り、こう言った。


 「カイルよ。結婚した後なら、何の文句も言わん。しかし今はまだ、俺の娘だ。それまでは自重してくれるか?」


 そう言われれば、俺は従うしか無い。


 「わかりました。従います」

 「うむ」


 俺の従順な返事に、ティナの父親は安堵した。

 彼の気持ちも、分からないわけではない。


 十九年。

 もうすぐ二十年か。

 大事に育ててきた、母親似の愛娘だ。


 いくら幼馴染である俺の所に嫁に行かせるにしても、結婚という儀式が終わるまでは貞操を守らせたいのだろう。

 それに、おそらくだが、寂しい気持ちも湧いていると思う。


 父親の意向に、ティナは何も言わなかった。

 しかしながら、頬を膨らませ、不満げな顔をしていることから、不服な事が伺える。


 可愛い。


 くっ!

 今は何をしていても、愛しく感じてしまう!

 冷静に、冷静になれ!

 ニヤついてしまうぞ!

 冷静を保つんだ!


 ん?

 ちょっと待て。

 冷静に?


 おかしい。

 ガイナスさんが近づいてきたあたりから、心が落ち着かない。


 まさかと思い、我が家を見る。

 窓辺には両親の姿はなく、無情にもカーテンは閉められていた。


 あの両親!

 雲行きが怪しくなると、隠れやがった!


 『慈愛』スキルの効果が、切れているのも納得だ。

 あれは対象者を、視界に入れていなければならない。


 そう、今の俺は、普段通りの俺なのだ。


 スキル効果が切れている事を自覚すると、先程まで口走っていた臭いセリフや、キスをした時の感触がありありと、走馬灯のように駆け巡る。

 俺の顔は茹でた様に赤くなり、心臓が高鳴りを始める。


 ぐっ!

 この場から消えたい!


 早く立ち去りたいと思うが、動き出すきっかけがない。


 俺よ、冷静になれ!

 別に、やましい事をしたわけじゃないだろう?

 好きと言って、唇を重ねただけだ!

 それだけだ!


 自分に言い聞かせるが、改めて思う。


 いや!そんな軽く流せる出来事じゃないだろ!?

 凄い事をしてしまった!

 キ、キスしたんだぞ?


 誰が?


 俺が!

 ティナと俺だよ!


 動揺で心が乱れそうになる。


 待て待て!

 しっかり気を保つんだ!

 結婚して夫婦になったら普通の事じゃないか。

 そう。

 普通の事なんだ。

 動じる必要など無い。

 一緒に風呂へ入り、キスするなど、当たり前の事なんだ。


 再びティナの背中を流す妄想が、脳内で再生される。


 ムハァ!

 今は、そんな想像をするんじゃないよ!


 しかし妄想は加速する。


 『カイル、今度は私が洗ってあげる〜!』

 『急に振り向くなよ!』

 『何で?』


 何でって理由は一つしかないだろう。


 『前がーー。前が、見えちゃうだろ?その、いろいろ見えてしまうから、その』

 『一緒にお風呂へ入っているのに、いまさらだよ〜。それに私達、婚約した仲じゃない』

 『そ、そうか。そうだったな』


 そうだ。

 別に見てもいいんだ。


 俺の背後に回ろうと、動き出すティナ。

 艶やかな肌が、ゆっくり動いていく。

 そして、前面が顕になろうとしていた。


 俺だって健全な男性だ。

 そして好きな女性なのだ。

 興味が無い訳ない。

 しかし俺は、目を背けた。


 やっぱり、ダメェェ!

 見たら色々抑えが効かなくなっちゃう!

 見たいけど、ダメよ!


 何故がウブな少女キャラになる俺。


 『いや、やっぱり俺はいいよ。恥ずかしいし』

 『一緒にお風呂へ入っているのに、恥ずかしいの?』

 『まぁ、そうなんだが』


 そう答えながらも、ふと思う。

 ここは妄想の世界なのだから、俺の記憶が情報源のはずだ。

 見た事が無いものを、どう表現されているのだろうと。


 うむ。

 これは別に、やましい気持ちで見るわけではない。

 妄想の世界では、どうなるのか知りたいだけだ。


 そう、これは探究心を満たす為の、確認作業に過ぎん。


 勘違いしないで欲しい。


 いいか?

 これは、ただの!探究心なのだっ!!


 誰かに言い訳しつつ、俺はバチッと目を開けた。


 何故?

 まずそう思った。


 ティナの前面にはタオルが巻かれている。

 しかし先程見た背中には、タオルなど存在していなかった。


 おかしい。


 そう思い、急ぎティナの背後に回る。


 『カイル?』


 不思議そうに俺を呼ぶティナ。

 すまないが、今は相手をしてあげられない。


 背後に回ったが、やはり背中には一糸も巻かれていない。

 艶やかな肌が顕になっている。


 それならば!


 覚悟を決めティナの前面に移動する。

 だが、しっかりとタオルでガードされていた。


 俺は、その動作を二度繰り返した。


 そして悟る。


 そうか。

 見た事が無いものは、反映されないのか。


 なるほどと合点がいくも、疑問が一つあった。


 ティナの背中、見たことあったか?

 ない、よな?


 記憶を探すも見つからない。

 どういう事なのだろう。


 ティナの背中を確認する。

 すると、腰と臀部の付け根辺りにあるホクロを見つけた。

 見覚えのある、小さな点。


 俺は妄想の世界で項垂れる。


 あれは、母さんの背中か。


 そう。

 あれは母の背中。

 小さい頃、一緒にお風呂に入っていた時の記憶。

 それを無理やり当てはめていたのだ。


 そう理解した途端、前面に巻かれていたタオルが薄くなり、母親の胸が映し出されてきた。

 俺の項垂れが、深みを増す。


 何が悲しくて、母さんの裸を見なきゃいけないんだ。

 俺が何をしたって言うんだよ。


 その虚しさが反映されたのだろう。

 現実世界で俺は、顔を真っ赤にしながら苦悶の表情をしていた。

 そんな俺を心配し、ティナは声をかけた。


 「カイル、具合悪いの?大丈夫?」

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