第29話

 「俺はな?ティナ。結婚式の時、ティナのドレス姿を見るのが楽しみなんだ」

 「私の、ドレス姿?」

 「あぁ」


 本心が惜しげもなく出て行くが、恥ずかしさは感じない。

 何でも暴露してしまいそうだ。


 「とても似合うだろう。可愛いと思う」

 「そうかな」

 「あぁ」


 ティナは顔を赤くし、視線を下にずらした。

 そして俯きながらも、会話を続ける。


 「私に合うドレス、あるのかな」


 自身の胸元に手を置き、不安げに言う。

 サイズ的に、大きな胸が収まるかどうか、心配しているのだろう。


 「街に行けば、きっとあるさ。無いなら仕立てて貰おう。その時は、一緒に買いに行こうな?」

 「うん。うん!一緒に行こうね!」

 「あぁ。約束だ」

 「うん!約束!」


 普段の俺なら、ここまで話を進めるのに、三ヶ月はかかるだろうな。

 いや、もっとかもしれん。

 母のスキルに感謝だな。


 若干、操られている様な、もしくは仕組まれている様な、そんな感覚を感じる。

 だが、ティナとの関係を、大きく前進させる事ができたのだ。

 そこに母の意思が絡んでいようとも、もはや関係無かった。


 俺の本心は止まらない。


 「ティナの花嫁姿、か。そんな姿を見たら、俺は」


 甘いセリフが口を出ようとする。

 流石にそれはと、止めようとした。

 だが、抵抗することは叶わず、スルリと喉を通っていく。


 「きっと、ティナの事を、もっと好きになるんだろうな」

 「もっと?」

 「あぁ」


 俺は、この時点で自分の危機を悟った。

 この『慈愛』スキルが切れたら、恥ずかしさが込み上げて、恥死してしまうのではないかと。


 しかし、どうせなら、やりきってしまおう。


 そう覚悟した。


 あやふやだった物を、確かな物にする為に、俺は口を開いた。


 「ティナ」


 俺の呼びかけに、ティナは目を合わす。


 「どうしたの?」


 真剣な眼差しに、ティナは不思議そうに見つめ返した。

 俺は、覚悟を決めて言った。


 「今まで、ハッキリと言った事が無かったが、改めて言う」

 「うん」


 俺の改まった態度と緊張が、彼女にも伝わり、ティナは表情を硬くした。


 「俺は、ティナの事が一番好きだ。これからも、ずっと大事にする」

 「うん」


 嬉しそうに微笑むティナ。


 「今までは、『許嫁』として接していたが、これからは婚約者として、その時を待ちたい」


 「カイル」


 次の言葉に対して、流石に喉が詰まった。

 いつかは言わなければならない言葉。

 言うなら今しかない。


 行け!

 言ってしまえ!


 羞恥と格闘し、俺のことを潤んだ瞳で見つめるティナに向けて、言った。


 「俺と、結婚して欲しい」


 言った!言ったぞ!


 俺は自分の口で、正式に求婚した。


 今までは、互いの両親が結託して決めていた『許嫁』という関係。

 決して嫌だった訳ではないが、周囲に流されていただけの自分に対して、いつかケジメをつけたかった。

 その想いが、背中を押してくれたんだろう。


 「嬉しい」


 そう言うとティナは、自身の顔を両手で覆い、泣き出した。


 「嬉しいよ。でも」


 でも?


 喜んで受け入れて貰えると思っていたが、彼女の口から出た否定の言葉に、背中がヒヤッとする。

 まさかの『お断り』をされるのか。

 そんな不安を抱いた。


 その続きを、ティナは顔を上げ、話し始める。


 「本当に私でいいの?」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。


 良いに決まってるじゃないか。

 そうでなければ、プロポーズなどしないぞ?


 「あぁ、ティナが良い」


 フフッ。

 短くて簡潔。

 完璧な返答だ。


 その筈なのに、ティナは続ける。


 「私、ドジだよ?」

 「知ってる」

 「私、動くのも早くないよ?」

 「知ってる」


 幼馴染だぞ?

 そんなのは、とっくに知ってるさ。


 「話すのも、ゆっくりだし」

 「知ってるよ」


 それ、自覚あったのか。


 「それにーー」


 ティナは言いにくそうに顔を顰める。

 一番懸念している事。

 それを言葉にして伝えて良いのか、迷ったのだ。

 だが、ティナも素直に本心を話した。


 「私のスキル。きっと、ずっとカイルに迷惑かけちゃう」

 「そうだな」

 「うぅ」


 申し訳なさそうなティナ。

 今のは、少し意地悪だったか。


 「安心しろ、もう慣れてる。慣れているからこそ、対処法も色々学んだ。これからもティナの事は、俺が守っていける。そう考えたら、俺以外、ティナの伴侶は務まらないだろ?」


 俺の問いに、ティナは確かめる様に問い返した。


 「カイルは、本当に、それで良いの?」


 俺は小さく頷く。


 「ティナの側に居られるなら、喜んでな」

 「カイル〜」


 ティナは俺に、正面から抱きついた。

 俺も彼女に両手を回し、軽く抱きしめる。


 「私、カイルが好き。優しいカイルが大好き」

 「そうか」


 「いつも私を見ていてくれて、ありがとう。これからも見ていて欲しい」

 「あぁ。そうする」


 「ずっと。ずっと、隣に居て欲しいの」

 「そばに居る。何があろうと」


 ティナの温もり、柔らかさ、良い匂い。

 そして好意を示す言葉。

 それらを五感で感じ、彼女を愛しく想う。


 「カイル」


 ティナが俺の名を呼び、見つめ合う。


 良い雰囲気だ。

 初キスを迎えてもおかしくない。


 だが、グッと堪える。


 「どうした?」


 抱き寄せた体を離し、俺は冷静に聞いた。

 彼女の目は、何かを決意した様に真摯的だった。


 「少し屈んでくれる?」

 「ん?あぁ」


 意図は分からないが、言われた通り屈んだ。

 すると、ティナは次のお願いをする。


 「良いって言うまで、目を閉じてくれる?」


 何で目を?

 今は閉じる必要性がないだろう?


 「何がしたいんだ?意味がーー」

 「いいから、言う通りにして?」


 強い口調で促され、従うしかなかった。


 「仕方ないな」


 俺は目を閉じた。


 まったく、何がしたいんだ。

 意図がわからないな。


 俺は鈍いのかもしれない。

 この時点で察する人もいるだろうに、ティナの行動が意味する事を、察知出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る