第28話

 沈黙を打破しようと、俺は悩みに悩んだ。

 思考が頭の中をグルグルと回り、訳が分からなくなるまで悩んだ。

 何が正解なのか、何が不正解なのか。

 そんな状態だったから、要らないことを口走ってしまい、後悔することになる。


 「お、お互いの体を洗い合うの、た、楽しそうですね」


 ティナの背中を洗う妄想をしたからだろう。

 その映像が脳内に焼き付き、変な事を言ってしまった。


 ガイナスは「グッ!」と声を漏らし、赤面する。

 それを見て、俺は失言を悟った。


 再び無言の空間が出来上がる。


 誰か、何とかしてくれ。


 この呪縛の様な動けない雰囲気に、そう願わざるを得なかった。


 「カイル君」


 しかし、流石は年上の大人だ。

 ガイナスが、ついに動き出す。


 しかし、いつもは呼び捨てのはず。

 『君』など、付けたことのない男が、弱々しく、そして伺う様に言った。


 「今日は、もう帰ってくれませんか?」


 年下の、それも娘と同年代の俺に、頼み込むガイナス。


 気持ちは分かる。

 弱味を握られ疲弊し、一旦この場を終わらせたいのだろう。


 しかしだな。

 忘れているのではないでしょうか?

 それは此方も、同じ思い。

 いや、それ以上なんです。


 俺だって、貴方の娘さんに、好きだと言った事を聞かれている。

 何なら、ウチの母親も聞いてた。

 おまけにキスしようとして、思いっきりキス顔を決めていた場面を見られているんだぞ?


 こう唇を突き出して、ムチュ〜っと。


 くそ!それが如何に間抜けな事か!

 俺の方が、何倍も恥ずかしい!

 そうだ!俺の方が恥ずかしい思いをしてるんだからな!?

 ちくしょう!


 恥ずかしくて泣きそうだ。

 穴があったら入りたいとは、この事を指すのだろう。


 だが、そんな事を言っても仕方ない。

 せっかくガイナスさんが動いてくれたのだ。

 活かさない手はない。


 「分かりました。帰ります」

 「お願いします」


 『お願いします』って!

 あんた、普段はそんな事言わないだろう!

 しおらし過ぎだ!

 ちくしょう!調子が狂うな!


 普段の彼からは想像できない弱々しさ。

 『いいか?カイル。男って言うのはなーー』と、男らしさとは何かを説いてくれる人なのに。


 まぁ、あれだ。

 義父になる人だ。

 いろんな側面を知れて、良かったのかもしれない。

 こうやって、本当の家族というか、身内になっていくんだろう。


 たぶんな。


 そう自分に言い聞かせ、俺は自宅へと足を向けた。

 しかしながら、足取りが異様に重い。

 激戦を終えた兵士のようだ。


 精神的ダメージは甚大。

 だが、得られた物も大きい。


 ティナが泣くのを止める事が出来たし、思いがけず、俺の想いを伝えることが出来た。

 本当に、予想していなかった収穫だ。


 俺は、ティナが好きだ。

 彼女と、ずっと一緒に居たい。


 それを再確認出来た事は、俺にとって大きい。


 これで迷いなく進める。

 二ヶ月後に迫る、ティナの誕生日。

 彼女が二十歳になったら、結婚しよう。


 ティナと結婚する。

 今までは漠然とした事柄だったが、ハッキリと自覚し、決意した瞬間だった。


 バン!


 背後から、勢いよく開くドアの音が聞こえる。

 何かと思い振り返ると、ティナが此方に向かい走って来ていた。

 その顔には、悲しみや憂いの感情は無く、朗らかに見える。


 「カイル〜!待って〜」


 普段の間延びした口調。

 その声に、俺の心が落ち着くのを感じる。

 あの声には何か、不思議な力が宿っているんだろうか。


 先程感じていた精神の疲れが感じない。

 むしろ、ふわふわとして心地良い。

 そんな奇妙な感覚を身に感じながら、俺はティナに応えた。


 「どうした?」

 「カイル、あのね」


 少し息を切らした感じで話し出したが、息を整え言い直す。


 「あのね、カイル。ありがとう」


 ティナは俺の目を、ジッと見つめながら言った。

 いつもなら、赤面して視線をずらす俺だが、今回はそらす事なく、彼女の目を見つめ返した。


 「どうした?改まって」

 「さっき、分かったの。私にはーー。私も、カイルが必要なの」


 何を意図する発言なのか、容易に想像が出来た。

 俺は思う。


 ティナよ。

 そんな事を言われたら、再びキスをしたくなるじゃないか。


 聞こえるか?


 脳内議員達が『キスコール』を巻き起こしている。

 恋愛大臣なんて、興奮して何を言っているのか分からないくらいだ。

 俺も男なんだから、理性が爆発してもおかしくないんだからな?まったく。


 そんな事を考えるくらい、俺は冷静さを保っていた。


 「そうか。素直に嬉しい。お互い、必要な存在で良かった」

 「カイル」


 俺はティナの両肩を掴んだ。

 そして、言った。


 「二ヶ月後の誕生日。約束通り、結婚しよう」

 「カイル〜」


 ティナの目元が緩み、嬉し涙が溜まりだす。


 「楽しみだ。ずっと一緒に居られるな?」

 「うんーー。うん!」


 ポロポロと溢れる涙。


 「泣くなよ。悲しいのか?」

 「違うよ!嬉しいの〜!」

 「そうか」


 これは妄想の世界ではない。

 彼女の温もりや動き。

 紛れもない現実だ。


 だが、おかしい。

 明らかに、おかしい。

 いや、何となく察しはついてる。

 皆んなも、そうじゃないか?


 今は振り向く雰囲気ではないから、確認は出来ない。

 しかし、高確率でアレだろ。

 でなければ、言えるはずもないセリフが、ツラツラと流れる訳ない。


 しかしだ。

 本心だからな。

 何の問題もない、か。


 ん?


 何の問題もない?

 問題はあるだろう。

 このやりとり全て、見聞きされてるんだぞ?

 だが、今は。


 むしろ好都合だと、俺は続けた。

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