第26話

 「本当に、私は、カイルの、隣に、居ていい、の?」


 泣きながら、声を絶え絶えしく出すティナ。

 その声は、とても聞き辛く、消え入りそうな感じだった。

 だが、確かに俺の耳には届き、意味も理解出来た。

 そして、『慈愛』効果が無くなっている俺は、顔が紅潮しながらも、勇気を出して言った。


 「あぁ。ずっと、隣にーー。居て、欲しい」


 ぐへぇ!

 恥ずかしくて死にそうだ!

 だが良く言った!

 良く言ったぞ!

 俺は凄い!

 凄すぎる!


 心底恥ずかしいが、ティナの質問に答えれた。

 今までなら逃げ出すような場面だが、それ以上の発言をしている為、恥ずかしさは半減していたのだろう。

 しかし、自分で自分を褒めたい。

 そんな気分だ。


 それを聞いたティナは、涙声で、こう言った。


 「私も、ずっと。ずっと、隣に居たい」


 ティナの切実な願い。


 あぁ。

 相思相愛とは、こういう事を言うんだろうな。


 彼女の言葉に、胸の内が熱くなるのを感じる。

 この壁が無ければ、きっと抱きしめているだろう。

 だが今は、それを叶える事は出来ない。

 だから言葉で包んであげよう。


 「ずっと一緒だ。これからも、ずっとな」

 「うん」


 ティナの声質が明るくなった。

 やはり、悲しそうな声より、嬉しそうな声の方が良い。

 もう心配する事はないだろう。

 そんな事を思っていると、カーテンをスライドする音が聞こえ、その後、窓がカチャリと開いた。


 俺は急いで立ち上がった。

 開いた窓には、泣き腫らし、目を赤くした彼女の姿があった。

 長時間泣いていたのだろう。

 目は充血し、涙袋まで赤くなっている。

 水分が少なくなり、やつれたように見える肌。

 酷い状態だ。


 そして、ぎこちない笑顔。

 感情の整理が、まだついていないのだろう。

 それにも関わらず、俺に対して明るく振る舞おうとしている。

 そんな姿が愛おしく感じた。


 俺はティナの輪郭に手を沿わす。


 「大丈夫か?」

 「うん」


 嬉しそうに微笑むが、涙が一筋、頬を流れていく。

 潤んだ瞳。

 紅潮する頬。

 全てが愛しい。


 「カイル。私、カイルのことが好き。小さい頃から、ずっと」

 「そうか」


 冷静に答えたが、俺の脳内議員達は緊急議会を開いていた。


 『ティナ可愛い過ぎだろう!そうは思わないか!?』

 『同意する』

 『だな』

 『目を見つめて、そんな愛の告白されたら、落ちない男はいないだろう』

 『同意する』

 『だな』

 『あの、一ついいか?』

 『うん?なんだ』


 恋愛大臣が提案をした事で、議会は紛糾する。


 『この流れ。キスしても問題ないと思うんだが』

 『貴、貴様!それは言ってはならない禁句だろう!』

 『そうだぞ!今まで守ってきた誓いはどうなる!?』

 『そうだ!そうだ!何の為に、そういった行為を抑えてきたと思っているんだ!』


 恋愛大臣以外は激おこだ。

 しかし、恋愛大臣は引かない。


 『では貴方がたに問おう!何の為なんだ!?』

 『何の為だと?貴様!』

 『そういえば、何の為に?お前分かるか?』

 『いや?』

 『お前は?』

 『何で何だろうな』


 議員達に動揺が広がる。

 恋愛大臣の続く言葉に、大きなうねりとなっていく。


 『あの唇に、自身の唇を重ねたいと思わないのか?』

 『そ、それは、お前。なぁ?』

 『言ったらダメだと、今まで遠慮していたが、キスしたいよな』

 『だよなぁ?これを機に、いっちゃう?』

 『絶好の機会だよ!行こう行こう!』

 『貴、貴様らぁ!』


 唯一、男気大臣だけが歯向かう。


 『そういう行為は、結婚してからだろう!それまで我慢するのが、男の中の男よ!!』

 『いやぁ、男気大臣の考えは古いんじゃない?』

 『なっ!?』


 男気大臣は驚くが、恋愛派の援護が続く。


 『そうだぞ!今時、珍しい事じゃないだろ!』

 『結婚する前に、子供を授かる事も一般的になりつつあると、ハッシュが言っていた。流石にそこまでは進むべきではないが、キスくらいならいいのでは?』

 『いいぞ!いいぞ!』


 恋愛派の勢いが止まらない。


 『しかし、しかしだな!』

 『まったく、爺さんの意見は古いよ』

 『だ、誰が爺さんだ!お前らと変わらんだろう!』

 『はいはい。爺さんは、もう寝る時間だぞ』

 『そうそう。ほら、行きますよ』

 『なっ!?やめろ!どこに連れていく』


 男気大臣が両脇を挟まれて、議場の出入り口に引き摺られていく。


 『やめろぉ!俺は絶対に反対するぞ!ティナが大事じゃないのか!?』


 その台詞を最後に、男気大臣は議場から追放された。


 『大事だから、今のタイミングなんだよ。まったく、男気は分かってないね?』


 恋愛大臣は、スッと席を立つ。


 『それでは決を取ろう。ティナの為、いや。二人の愛を確かなものにする為に、今からキスをする!これに反対する者は挙手せよ』


 議場に残る議員達は、誰一人手を挙げない。

 満場一致かに思われた。

 しかし、一本だけ手が上がった。


 危機管理を司る、防衛大臣だ。

 そんな彼に、恋愛大臣が問う。


 『君だけ反対か。どうしてだい?』


 防衛大臣は、スッと席を立つ。


 『私の危機管理が、何か見落としていると警告している』

 『見落とし?』

 『そうだ』


 彼は、この体の安全を守る為に存在する。

 そんな役割の者が、警告を発しているのは見過ごせない。


 『どの程度、危険なんだ?』

 『それはーー』


 口元を掌で覆い、考え込む仕草。


 『どうした?』

 『すまない。私にも分からぬのだ。何か、重要な事柄を見落としているような気がしてならないのだ』

 『つまり、それが何か、今は分からないということか』

 『そうだ』


 恋愛大臣が思案する。

 そして皆を見廻し、こう言った。


 『防衛大臣の意見は、とても重要だ。しかし、我々には、ここが唯一とも言える好機なのも事実』


 議員達が固唾を飲み見守る。


 『その見落としが何なのか、ハッキリしない今。それに臆していては、この好機を逃してしまう』

 『そうだ!そうだ!』


 同意の檄に、恋愛大臣の語気が強くなる。


 『私は!ティナとキスがしたい!あの柔らかそうな唇に、自分の唇を重ねたい!』

 『いいぞ!』

 『その通りだ!』


 さらに調子づく恋愛大臣。


 『皆、キスがしたいだろう!?したいなら、してしまえば良い!両想いなのだ。何も臆することなどない!』

 『恋愛!恋愛!』


 巻き起こる『恋愛』コール。


 『防衛よ、すまない。これは皆の総意なのだ。我々は突き進む!』

 『そうか。まぁ、実の所、私もしたいし。良いよ!』


 防衛大臣が認可した事で、大歓声が沸き起こる。

 そして自然と巻き起こる『キス』コール。


 『行け!本体よ!今こそ抑圧を開放し、本懐を成し遂げるのだ!』


 真剣な眼差しで、ティナの瞳を見据える。

 俺の本懐に気づいたのか、彼女はそっと瞳を閉じ、顎を少し上げた。

 心臓が高鳴る。

 初めての経験に、期待が高まっていく。

 俺は覚悟を決め、ティナの唇に近づいて行った。

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