第25話

 「当たり前だ。何故そんな事を聞く」


 再びの無言タイム。

 俺は後悔した。


 しまった!

 聞き返してどうする!

 ここは相手に聞かれた事を素直に答えて、出方を伺うべきだろう!?

 何をやっているんだ、俺は!


 「すまん」


 思わず出る謝罪の言葉。

 しかし、それも言わなければ良かったと思っていると、ティナが言いにくそうに話し出した。


 「カイルは、その」

 「うん?どうした?」

 「カイルはーー」


 その続きが出てこない。

 俺はティナが言うまで待つことにした。


 虫の音が良く聞こえる。

 ティナの声を聞けて、俺の心は落ち着いたようだ。

 周囲を見渡す余裕が生まれている。

 やはりティナには、俺を和ませる力があるんだろう。


 俺にとって、いかにティナが大事な存在か、改めて思い知らされた。


 長い沈黙の末、ティナは話し出す。


 「カイル」


 意を決した声。


 「なんだ?」

 「カイルは、私の事ーー。その、私の事、どう想ってるの?」

 「どう想う?」

 「うん」


 どう想う、か。


 「大事な人だ。ティナとは、ずっと一緒に居たいと思うくらいな。俺にとって。いや、俺の人生には、ティナが必要なんだ」


 ブハァ!

 そんなセリフ良く言えたな!

 それもスラスラと。

 うわ、まだ出るぞ?


 「ティナと居ると、俺は和むんだ。幼なじみとして、長年過ごしてきたから、落ち着くと言ってもいい」


 何故だ?

 思っている事が、次々に。


 「俺はティナを可愛いと思ってる。良い匂いもする。それに柔らかい」


 オイオイ!

 本音を言い過ぎだろう!

 『良い匂い』はギリギリセーフだが、『柔らかい』とか、身体の特徴言うんじゃねぇよ!

 嫌われるぞ!?

 本人が壁越しに聞いてるのに、どうしたんだ俺!


 「そんなティナを俺はーー」


 ちょっと待てぇ!

 その続き、何を言おうとしてるか分かるぞ!


 「俺はーー」


 やめろぉぉぉ!

 自分で自分を恥ずかしめてどうする!


 必死に抵抗したが、俺は何かの力に逆らえず、そして言ってしまった。


 「好きなんだ」


 うぉぉぉい!

 言ってしまった!

 壁越しで、相手が見えないから言えたのか?

 いやいや!そんなの関係なく言えるはずがない!

 誰だと思ってんだ!?

 俺だぞ!?

 おかしい。 

 こんな事、普段の俺なら言えるはずがない、のにーー。


 俺は、ある事を思い出して、我が家を凝視した。

 そして、見つけてしまった。

 見つけたどころか、目が合ってしまった。

 その人物は、バレたと言わんばかりにテヘッと笑い、カーテンを閉めた。


 やっぱり、うちの母親のせいか!

 知らず知らずのうちに、『慈愛』スキルにかかっていたからスラスラと。

 くそ!めちゃくちゃ恥ずかしい!


 スキル効果が薄れ、羞恥心が俺を襲う。

 顔の火照り具合から、紅くなっている事が自分でも分かる。

 この場から消えたいと思うが、ティナの事を放っては置けない。

 『好きなんだ』だからな!


 しかし、何でそんな事を確認したんだ。

 というか、なんか言ってくれ!


 俺の『好きなんだ』発言から、ティナは沈黙を貫いている。

 その沈黙が、俺の冷や汗を助長していく。


 え?どういう状態?

 え?もしかして。

 ティナはいつも、俺の事を大好きと言ってくれていたが、心変わりした、とか?

 そうなるような出来事があったのか?

 いやいや!そんなの無いはず。

 無いはずはおかしいか。

 あったとしても不思議ではないな。

 他に好きな人が出来た?

 いや、話の流れや雰囲気からして、それは考え難い。

 待て、それは俺の考えだ。

 そうとも限らんだろう!

 うわぁ!分からん!

 何か言ってくれぇ!


 混乱する頭を抱えて悶絶する。

 そんな俺の耳に、ティナの泣き声が聞こえる。

 「うっ、うっ」と声を押し殺して泣いている。


 「ど、どうした?泣いているのか?」


 心配で声をかけるが、ティナは泣き続けている。

 泣いているのは察する事が出来るが、理由がわからない。


 俺に『好き』と言われて泣く理由?

 ハッ!?

 横恋慕的なやつなのか!?

 今まで俺に好きと言っていたが、他に好きな奴が出来てしまい、そちらに行こうとした。

 もう心は他の人に奪われてしまっているのに、元好きな人に告白されてしまう。

 もう遅い、もう遅いのよ的な?

 的な!?


 妄想の間へようこそ。


 『ティナ!俺は、お前を愛しているんだ!』


 キラキラした俺が、宮殿で、ウェディングドレス姿のティナに愛を叫ぶ。


 『カイル、もう遅いのよ』


 しかしティナは視線を落とし、冷たく言い放つ。


 『どういう事なんだ!?ティナは、俺の許嫁のはずだ!』


 俺は食い下がる。

 

 『確かに私は、貴方の許嫁。でもそれは過去の事』

 『過、過去?』

 『私は、貴方より愛すべき人を見つけたの。だから、貴方とは結婚出来ない』

 『そんな!俺が嫌いになったのか!?』


 理由を教えてくれ!


 『違うのよ、カイル』


 ティナは涙する。


 『貴方の事は、今でも好きよ』

 『なら!』


 俺はティナの手を取ろうと、右手を差し出した。

 しかし、その手を握ってはくれない。


 『ごめんなさい』

 『どうして!?』


 拒否の言動に、ついには俺も涙を流す。


 『私は、この人を愛してるの。だから、この人と結婚するわ』

 『お前は!?』


 ティナの隣には、タキシードを着たハッシュがいる。


 『いやぁ、カイルさん。すみませんね』

 『そんな、なんでハッシュなんだ!?』


 驚愕の事実に俺は固まる。


 『カイル、さようなら。貴方の事、大好きだったわ』


 ホロリと涙を流し、ティナは俺から視線を外した。


 『行きましょう』

 『はい』


 ティナとハッシュは腕を組み、教会の鐘がリンゴーン、リンゴーンと鳴り始める。

 そして二人は遠ざかって行く。


 『そんな!そこは俺が居るはずなのに!』


 俺は必死に手を伸ばした。


 『ティナ!?行かないでくれ!!お願いだ!ティナ!?ティナー!!』


 現実でも涙がじわる。


 なんで俺じゃなく、ハッシュなんだ。

 そりゃあいつは、誰よりも強くなる可能性がある男だ。

 勇者と呼ばれる奴が居ても、『普通』に勝つ事が出来るかもしれない。

 でも接点なんか、たいして無いじゃないか。

 幼なじみとして、長年一緒に過ごしてきたのに、そんな結末だなんて。


 妄想世界と現実が混沌とする程、俺の精神はボロボロだった。


 ティナを心配していた。

 ティナに初めて『好き』と言ってしまった。

 それを自分の母親に見聞きされた。

 その三代要素が、俺をここまで追い詰めたのだろう。


 そんな中、ようやくティナが口を開いた。

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