第24話

 俺の名はカイル。

 今はただ、幼なじみのティナを心配する二十歳の男だ。


 妹を見送った後、俺は、ティナの元へ急いだ。

 泣いている姿を見ただけに、何が起こったのか知りたかったからだ。

 しかし、ティナに会う事は出来なかった。


 ティナの母、ニーナが言うには、泣きながら帰って来たと思ったら、そのまま自室に籠もってしまったらしい。

 心配して何度か声をかけたが、問いかけに答えは帰って来ず、啜り泣く声だけが続いているとの事だ。


 『何か悲しい事があったと思うのだけど〜。今日は、そっとしておいてあげようと思うの。ごめんね?カイル君』


 彼女の母親に、そう言われれば、従うしかない。

 そう思い、俺は家に帰って来たんだが。

 正直、落ち着かない。

 あんな悲しそうな顔、初めて見た気がする。


 今まで、泣き顔はたくさん見て来た。

 『絶対人質』スキルの影響で、お尻を叩かれる度に、無様に泣き喚くからな。

 だが、あの時の顔は、明らかにそれとは違っていた。

 まるで、絶望の淵に立たされたような、そんな感じだった。

 一体、何があったんだ。


 そんなモヤモヤを抱えて考えを巡らしていると、あっという間に夜が訪れる。

 自室の窓から、ティナの部屋の窓を見た。

 しかし彼女の部屋は暗いまま。

 あの暗い部屋で、未だ泣き続けているのだろうか。


 どうしたらいい。

 落ち着かない。

 しかし、明日になるまで、どうしようもない。


 そう自分に言い聞かせ、ベットへ横になる。

 だが、やはり落ち着かない。

 頭の中がグルグルと回り、胸のあたりも回転しているように感じ、気分が悪い。

 それでも目を瞑り、朝を待とうとした。

 しかし。


 くそ!

 眠れない。


 暫く我慢してみたが、寝付けない。

 ベットから上半身を起こし、窓から月を見た。

 いつも見ている光だが、今は悲しげに映る。

 まるでティナの感情に同調しているかのように。


 「ティナ。何があったんだ」


 話を聞きたい。

 声を聞きたい。

 顔を見たい。

 何より、寄り添ってあげたい。


 そんな想いが募る。

 そして、あるものを見て、その感情が行動を起こす。


 ティナの部屋に灯された、蝋燭の光。

 とても小さな暖色のゆらめき。

 だが、俺を動かすには、十分過ぎる光だった。


 「ティナ!」


 ベットから飛び起きる。

 俺は着の身着のまま部屋を出た。

 両親は寝ているのか、リビングに火の気はない。

 俺はリビングを通り過ぎ、外へ出ると、ティナの部屋にある窓辺を目指した。

 そんな俺を、母親カータは、夫婦の寝室にある窓から見ていたのだった。


 ティナの部屋に近づく。

 カーテン越しだが、まだ明かりは点いているのが確認出来る。

 俺は窓をコンコンと叩いた。


 「ティナ、大丈夫か?」


 声をかけた途端、蝋燭の灯りがフッと消える。

 拒絶の証のように。

 悲しい感情が押し寄せてくる。

 それでも声をかけた。


 「何があったんだ?話を聞かせてくれ」


 だが返事はない。


 ニーナさんが言った通りだ。

 余程言いたくない事なのだろう。

 しかし、俺の我儘かもしれないが、ティナには幸せそうに笑っていて欲しい。

 その為にも、辛い事があるなら、解決してあげたい。


 俺はティナ家の外壁を背に、座り込んだ。


 「ティナ。お前が泣くなら、俺も一緒に泣いてやる。だから、理由を教えてくれ」


 静寂。

 またもや返事はない。


 しかし、壁にもたれかかり、俺と同じように座り込む音が聞こえた。

 壁一枚を二人の背で挟む。

 そういえば子供の頃、こんなことがあったな。


 「なぁティナ。覚えてるか?子供の頃に、こうやって話したのを」


 返答は無いが、俺は話し続けた。


 「あの時は、毎日ティナが来てくれたな」


 あの時。

 俺が反抗期真っ盛りの十歳の頃。

 『一刀両断』スキルが面白くて、村の周りに生えていた木を、悪戯に斬りまくった事がある。

 子供だったからな。

 バサバサと斬れる事が楽しくて、夢中でやってしまった。

 それは冬用の薪木として、大切に育てられていたとも知らずに。


 俺は父さんに怒られて、一週間外出禁止になった。

 鍵をかけられて、閉じ込められた訳じゃないが、父に怒られた時、母の悲しそうな顔を見て、本当に悪い事をしたと反省し、大人しくしていたっけな。


 しかしながら遊びたい盛りの子供。

 家の中は退屈で、暇を持て余していた。

 そんな中、ティナは毎日来てくれた。

 当時は背も低かったから、窓まで顔が届かず、こうやって壁越しで話したんだよな。


 「ティナは、いつも新しい話題を持って来てくれて。俺は、それを聴くのが楽しみだった。今日のご飯はどうだったとか、雲の形が動物に似ているとか、畑に新しい野菜を植えたとかな」


 そうだ、あの時からだ。


 「俺がティナの側に居たいと思ったのは、あの時からなのかも知れないな」


 普段は言えないような事が、スラスラと口を通り過ぎていく。

 ティナの事を心配するが故なのだろうか。


 「ティナに悲しい事があるなら、俺が何とかしてあげたい。だから、話をして欲しい。お前の声を聞かないと、落ち着かないんだ」


 何かおかしい。

 何故こうも恥ずかしいセリフが言える。


 自分自身に違和感を感じるが、その言葉がティナに届く。


 「私は、カイルの側に、居ていいの?」


 泣いている。

 涙曇った声が、俺の耳に響いた。

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