第22話
「カイル〜!プリシラ〜!」
父ベイルが、手を振り呼んでいる。
どうやら話し合いに、一段落ついたようだ。
『魔王』とは何なのか。
そして大人数での出迎えが、何を意味するのか。
色々な疑問が解けている事だろう。
しかし、向かう前に、しなければならない事がある。
「プリシラ」
「うん?」
兄として、いや、家族として言っておかなければな。
「無理はするな。約束だぞ?」
「うん。約束する。いつか、お兄ちゃんと暮らす為に」
「ん?」
プリシラの言葉に若干のズレを感じた瞬間、手を引かれる。
「ほら、お兄ちゃん行こ?お父さん達が呼んでる!」
「あ、あぁ」
ズレを擦り合わせる時間は無く、俺達は両親の元へ急いだ。
再び働きに行く妹の後ろ姿。
大人になりかけだが、まだ頼りない背中だ。
今生の別れではないが、見送りの時間が近付いて来ていることに、寂しさが募っていった。
え?
『世界一の妹』決定戦、『イモワン』はどうなったか、だって?
あれは中々の激戦だったな。
『借り物兄競争』や、『ヌルヌル障害物』、『バンジーアタックピンポン』など五種目で争われた。
押しつ押されつの展開。
さすが決勝に残るだけ、ルシルちゃんの実力は凄まじい物があった。
あの諦めない姿。
危うく、俺も応援してしまいそうになった。
しかし、しかしだ!
俺は『エンジェルスマイル』プリシラの兄!
それに、大会最高責任者でもある!
ルシルちゃんには悪いが、最終種目『フリフリドレスダンス』で圧倒的に勝たせたさ!
フフッ。
そう、最初からルシルちゃんに勝ち目など無かったのだ。
当然だ!
プリシラ以上の妹など、存在する訳ない!
贔屓して当たり前だ!
プリシラこそ、世界一なのだ!
そうだ!
プリシラは、『イモワン』殿堂入りなのさ!
最早大会に出場する事自体、馬鹿げている!
例えどんな妹キャラクターが居ても、勝てるはずはない。
俺の妹は『プリシラ』一択なのだぁ!
宇宙にこだまする、俺の『なのだぁ!』
この星に住む、全ての者に届く魂の叫び。
フッ。
今日を『カイル宣言の日』と制定してもいい。
全世界の『妹』は祝日扱いとし、美味しいものを食べるのも良し。
のんびりと休息を取るも良し。
はたまた遠出して遊んできても良し。
自由に過ごし、休日を満喫してくれ。
俺が全ての資金を提供し、全ての責任を取るから、さ。
「おい!カイル!カイル!」
「お兄ちゃん?」
「カイル?」
あっちの世界に没入してしまい、家族の呼び掛けに反応が遅れてしまう。
君達が結末を聞いたからだぞ?まったく。
「すまん、少し考え事をしていた」
「考え事?そうか、それならいいんだが」
「母さんはてっきり、『脳内大会を実施して、それに関連付けて祝日を制定した』って妄想しているのかと思ったわ」
正確すぎて怖いわ!
なんなの?そんな能力あったっけ!?
まるで心を読む、エスパーじゃないか!
動揺で口角が震える。
「妄想?俺はもう二十歳だ。母さん。そんな子供じみた発想はしないさ」
「そうよね?馬鹿みたいな宣言とかしないわよね?」
最早知っているとしか思えない。
だが、俺は否定する。
「あぁ。その宣言が何なのか良くわからんが」
「え?カイル宣ーー」
「知らん」
「そぉ?」
母の近くでは、変な妄想を抱かない事を誓った瞬間である。
「それでは、行きましょう。プリシラ様」
俺と母の会話の隙を見て、団長は出発を促した。
その様子から、性急な用事があると伺える。
「プリちゃん、気をつけてね」
「プリシラ、怪我をするんじゃないよ?」
その辺りの事情を伺っただろう両親は、妹を素直に見送ろうとしている。
プリシラの身を案じる事から、荒事が待ち受けている事も分かる。
それでもプリシラは、天使のような笑顔で応えた。
「うん!終わったら、お土産持って帰ってくるね!」
「あぁ。楽しみにしているよ」
「母さん魚が食べたいわ」
しっかりリクエストする辺り、ウチの母親も大したものだ。
「魚?分かった!大っきい魚捕まえてくるね!」
「楽しみだわぁ!」
「行ってきまぁす!」
「気をつけてね!」
「うん!」
そしてプリシラは、当たり前の様に馬車に足をかけた。
某国の王族が乗る様な、豪華な設の馬車。
フリフリのドレスが相まり、お姫様を彷彿とさせる。
あれが魔王なわけない。
どうみても、可愛らしいお姫様だ。
そんなお姫様が馬車に乗り込み、開いた窓から、俺の様な下々の者に手を振っておられる。
良い。
最高だ。
あんなお姫様、最高すぎる。
妹でなければ。
いや、何を考えているんだ!
そう!あれは妹だ!
「カイル?」
何かを察する母の視線が刺さる。
ぐっ!表情に出ていたか!?
上手く躱せ!
「いや、やはり離れ離れになるのは、少し寂しいな。それに心配だ」
「そうね」
俺の寂しそうな顔に、母は同調した。
何とか誤魔化せたな。
まぁ、寂しい感情は、本当なんだがな。
馬車は遠ざかって行く。
窓から身を乗り出し、手を振り続けていたプリシラの姿は、もう見えない。
こうして十五歳の女の子は、親元を離れていった。
彼女の家族は、それぞれの想いを胸に、馬車が見えなくなるまで見送り続けた。
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