第20話

 両親と団長が話しているのを遠目に、俺はプリシラに話しかけた。


 「なぁ、プリシラ」

 「なぁに?お兄ちゃん」


 相変わらず俺の体に、顔を頬擦りしている妹は、兄の呼びかけに顔を上げた。


 「この人達は、騎士団の人なのか?」

 「う〜ん」


 プリシラはチラリと横目で集団を見、悩まし気に考えた。

 まるで知らない事を考察する様に。

 そして口にする。


 「たぶん」


 あやふやだな。

 知った顔とか、居ないのか?


 そんな事を思っていると、妹は団長と呼ばれていた男を指差した。


 「あの人間は、見た事があるよ?他は知らない」

 「そうか」


 見た事がある、か。


 妹の記憶に残る人物。

 プリシラが何度も会っているからこそ、覚えられているのだろう。

 団長。

 騎士団の中で最上位の存在。

 いわゆる上司ってやつか。


 「あの人と一緒に、仕事してるのか。しかし魔王って一体、何のーー」

 「お兄ちゃん」


 プリシラは、俺の話しを遮り呼び掛けた。


 「どうした?」

 「やっぱり、お兄ちゃんから離れたくない」


 そう言うと、俺をキツく抱きしめた。


 妹の言葉に、俺の心はキュッと締まった。

 まだ十五歳。

 本格的に仕事をするには、少し早い年齢だ。

 遊びたい盛り。

 それに、仕事で辛い事もあるのだろう。

 そんな無理を押してまで、一人暮らしをしながら働いている。

 辛そうな素振りは見せなかったが、本音が滲み出たのだろう。


 元はと言えば、俺が疲れた姿を見せたからだ。

 俺がもっと、兄として、しっかりしていたら。


 責任は全て俺にある。

 それを妹が背負う必要はない。


 「仕事、辞めてもいいんだぞ?」

 「お兄ちゃん」


 潤んだ瞳。

 やはり辛い事があるんだな。


 「俺が全て責任を取る。例え何があろうとな」

 「でも」


 プリシラは視線を落とした。

 何かを憂う様に。

 その姿に俺は気づいた。

 稼ぎが無くなる事を、懸念しているのだと。

 辞めてしまえば、貯えをする事ができなくなると。

 健気な妹。

 俺は泣きそうだった。


 「いざとなったら、俺が働く。だからプリシラが無理する必要はないんだ」


 そう。

 元は俺の問題なのだ。

 それにお金が必要なら、俺が働いたらいい。


 「だから、街に行かず、ここに居ればいい。離れたくないなら、ずっと側に居ていい」

 「お兄ちゃん」


 プリシラは頬を赤く染めた。

 とても嬉しそうに。

 その反応を見て、俺は確信した。


 やはり、そうするのが一番いい。

 妹の人生を、俺が邪魔してどうする。

 お金なら心配するな。

 俺には『一刀両断』スキルがある。

 いくらでも稼ぐ方法はあるはずだ。


 「プリシラ」

 「うん?」


 妹を安心させる為に、俺は、こう言い放った。


 「お前一人くらい、俺が養ってみせるさ!」

 「お兄!ちゃん」


 ボッと顔を紅潮させ、プリシラは俺の胸元に顔を埋めた。

 熱い吐息を感じる。


 この喜び様。

 やはり、これが一番良い解決法だな。


 しかし、仕事をするとなると、ティナを如何するべきか、考えなければな。

 守る為の人員。

 それを雇うお金も必要になる、か。

 ふむ。

 何処か、良い働き口があれば良いが。


 そんな思案をしていると、顔を埋めながら、プリシラが質問をしてきた。


 「お兄ちゃんは、プリと一緒に、大きいお家に住みたい?」


 唐突な質問だった。

 俺は生まれ育った実家しか知らない。

 だからこそ、安易に答えた。


 「そうだな。一度で良いから、そんな家に住んでみたいな」


 この村で、一番大きな村長の家。

 我が家の三倍はあるだろう。

 大きな食卓テーブルや、客人をもてなす応接室。

 なによりも、家族一人一人の自室がある事。

 俺も自分の部屋が欲しかったっけ。

 そんな子供の頃の記憶が懐かしい。

 しかし、何でそんな事を?


 「それが、どうかしたのか?」

 「うぅん。聞きたかったの」

 「そうか」


 質問の意図が分からないな。

 しかし、大きな家か。

 村長の家までとは言わないが、暖炉がある大きな部屋があったらいいな。

 そんな部屋で、家族皆んなで過ごすのは幸せだろうな。


 ティナが隣でほんわかと笑い、子供達がはしゃいでキャッキャッ言う。

 俺は『リッシュ』と『マリル』に揉みくちゃにされてな。

 フフッ。


 妄想レベルが上がっていく。


 「いっぱい作ったよ〜!」

 「美味しそうだなぁ」

 「いただきまぁす!」


 ティナが作った夕食。

 それを食べようと、皆で手を合わせた所で、現実の時間が進んだ。


 「お兄ちゃん。プリはね?」

 「んぁ?」


 思わず変な声が出る。

 小さく咳払いをして、仕切り直す俺。


 「すまん、どうした?」

 「プリはね」


 プリシラは顔を上げ、俺の目を見る。

 その瞳は、何かを決心した、強い決意を感じた。


 「お仕事頑張る。お兄ちゃんの幸せの為に、プリは頑張る!」


 決意を宣言し、パァッと輝く笑顔を見せた。


 「お兄ちゃん?」


 俺は空を見上げていた。

 晴れ渡り、雲一つない青空。

 まるで、妹の清らかな心を表すような、どこまでも、どこまでも続く青い空だ。

 あぁ、とても綺麗だ。

 だけどおかしいな。

 雨など降ってないのに、頬を水滴が伝う。

 雨など。

 降ってないのに、な。


 うぉぉぉぉん!!


 なんて良い妹なんだぁぁぁ!

 『お兄ちゃんの幸せの為に』?

 俺がティナと一緒にいる為に、自ら犠牲になると言う事か?

 くぅぅ!!

 そんな事まで考えてくれるなんて!

 考えてくれるなんてっ!!

 うぅ!

 涙が止まらん!

 ティナと仲が悪そうに見えたが、本当はティナの事も気にかけてくれていたのか!?

 愛情の裏返し。

 そう言う事なのか!?

 そう言う事なのかぁぁぁ!?


 俺はプリシラの優しさ。

 そして、プリシラの自己犠牲の精神に感動して泣いた。

 ボロボロと溢れる涙。

 それはプリシラの頬に落ちた。


 「お兄ちゃん!?どうしたの?泣いてるの!?」


 突如降り注いだ涙に驚き、動揺する妹。

 しかし、俺は顔を下げる事が出来ない。

 そして想いが詰まり、声も出す事が出来なかった。

 そんな異常な兄の様子を、妹は心配する。


 「大丈夫!?お兄ちゃん!」


 動揺レベルが上昇していくのが分かる。

 このままでは、余計な心配をかけてしまう。

 そんな心労、かけるわけには行かない。

 俺は顔を見られないように、妹を強く抱きしめた。


 「あ!」


 プリシラは驚いて声を出したが、それを受け入れる。

 俺は声が震えないように息を整え、今の気持ちを言葉にした。


 「ありがとう、プリシラ」


 色々な意味を重ねた『ありがとう』だった。

 今まで発した中で、一番気持ちがこもった言葉だった。

 それを受け取ったプリシラ。


 「お兄ちゃんの為なら、プリは大丈夫だよ!お兄ちゃんの為なら」


 自己犠牲の女神。

 尊き存在。

 俺は思った。


 プリシラこそ、『世界一の妹』に相応しいと!

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