第19話

 しかし、この状況はどうすれば良いのか。

 俺達家族を取り囲む、武装集団。

 プリシラは正気を取り戻しているが、未だに怯える者。

 生を諦め、呆けてしまった者。

 そして、吹き飛ばされて気絶する者が混在する。


 ここ、ラクラス村の近くなんだよな?

 なんなんだよ、この末期の戦場みたいな感じ!

 いや、それよりもだ。

 何で妹が魔王やってるんだよ!

 そもそも魔王って何!?


 俺はプリシラに疑問をぶつけた。


 「プリシラ。お前、魔王をやっているのか?」

 「魔王?」


 妹は首を傾げる。


 「この人達が、お前を『魔王』と呼んでいたが」

 「お兄ちゃん。魔王って何?」


 いや、俺が聞きたいわぁ!

 『魔王をやってるのか』なんて、アホな質問した俺が報われんだろうが!

 分からん!

 魔王って何!?

 誰か教えてくれぇ!!


 両親が口を開く。


 「プリちゃんが魔王!?」

 「プリシラが、魔王だなんてーー」


 母は驚き、父は絶句した。


 それはそうだろう。

 魔王をしているなど、一切思うはずがない。

 いや、思う親などいないか。


 それに魔王のイメージと言えば、何となく悪い奴だ。

 そんな者に、なって欲しくなどない。

 当然だ。


 その筈なんだが。


 「プリちゃん、魔王になったの!?凄いわねぇ!」

 「きっと大物になるだろうと思っていたが、まさか魔王とは!凄いぞ、プリシラ!」


 俺の両親は大喜びする。

 そんな両親の喜び様に、妹は嬉しくて照れ始める。


 「えへへっ!そんなに凄いかなぁ?」

 「凄いぞぉ!頑張ったんだな?偉い偉い!」

 「えへ〜!」


 父に頭を撫でられ、プリシラは褒められている。

 妹はとても嬉しそうに、鼻の下を伸ばしていた。


 うぅむ。

 俺の感覚が、おかしいのだろうか。

 もしかしたら、魔王とは、俺のイメージとはかけ離れた違う者なのかもしれない。

 あの両親の喜び様。

 本当は素晴らしき職業なのかもしれない。

 いや、称号か?

 どちらにしろ、俺が変に誤解しているだけなんだろうな。


 諸手を挙げて喜ぶ両親に、俺は自分の知識不足を恥じた。

 本当は両親の様に、妹が魔王になった事を喜ぶべき場面で、訝し気にしている自分が場違いではないかと思った。

 だが、魔王とは一体なんなのか。

 その疑問が解消できなければ、俺は納得して家族の輪に入れない。


 「あの、父さん」

 「何だい?カイル」


 妹と喜び合う父が返事をする。

 俺は、恥を忍んで聞いた。


 「魔王って、その。何をするんだ?」

 「えっ?」


 『お前、何でそんな事聞くの?』って顔をする父ベイル。


 くっ!

 だって、知らないんだ!

 そんなの誰も教えてくれなかったし、話題にも挙がらなかったし!


 無知な息子と思われただろうか。

 もしくは、体だけは大人だが、まだまだ子供だなと失望させてしまっただろうか。

 どちらにせよ、父を落胆させてしまったと思った。


 「カイル」


 諭す様な声量。


 無知な息子ですまん。

 反省している。

 これからは色んな所にアンテナを張り、たくさん情報を得る様に努めるから。

 どうか、どうか。

 至らない息子だが、受け入れて欲しい。

 頼むよ、父さん。


 祈る様に父を見据える。

 父は、おもむろに人差し指を出し、自らの側頭部に持っていった。

 そしてポリポリと掻いた。


 「父さんも分からん」


 ん?


 「母さん、魔王って何するのかな?」

 「えぇ?知らないわよ。王様だから凄いんじゃないの?」

 「だよね?」


 知らんのかぁぁい!

 『王』が付くから凄いって、その安易な判断基準は何なんだ!

 ズレ過ぎだろ!ウチの両親はぁぁぁ!


 俺の心の叫びは、喉まで出掛かった。

 だが、勝手に色々反省していた自分が恥ずかしく、その叫びを喉の奥へ押し戻す。


 くそ!色々悩んで損した!

 俺の反省を返して欲しい!

 何が『努めるから』だ!


 ふつふつと怒りが沸く。

 しかし。


 いや、待て!

 その心構えは間違っていない。

 日々研鑽を積むのは当然の事だ。

 そうだろ?カイル。

 そうやって一人前になっていくんだ。

 フフッ。

 そうだ。

 俺は一人前になる。

 いや、凄い男になる!

 そしていつか、父さんを越えるような、世界一の男になるんだ!

 俺はなるんだっ!!


 何故その世界に行ってしまったのか不明だが、俺は自分の世界で、未来の展望を叫んだ。

 おそらく、目の前で妹が『凄い凄い』と褒められたのを見たからだ。

 一人前になり、いつか自分も、両親に凄いと褒めて欲しい願望が出たのだろう。


 そんな俺を置き去りにして、話は進んでいく。


 「プリちゃん?魔王って何するの?」

 「え?知らないよ。あいつらが勝手に、そう呼ぶから」


 プリシラは集団を指差した。


 そこには、プリシラに殴られた指揮官の男が、フラフラと立っていた。

 それを見た母が驚く。


 「あら!団長さんじゃない!どうしたの、こんなに顔を腫らして」


 母が団長と呼んだ男は、顔半分がパンパンになり、内出血で皮膚が紫色に変化している。

 痛そうだ。

 しかし生きている。

 プリシラの本気の拳を顔に受け、未だ生きている。

 団長という肩書を持つくらいだ。

 相当な強者なのだろう。


 「魔王様の母君。お久しぶりで御座います」

 「挨拶に伺った時以来ですね!それより、顔、大丈夫ですか?」


 挨拶よりも、怪我の心配をする母。


 まぁ、当たり前の対応だな。

 というか、当たり前の様に『魔王』というワードを使うな!


 俺はそう思ったが、母は何も気にしない。

 というより気付いていない。


 「痛そうね?喧嘩でも、されたんですか?」

 「私などを心配して下さり、有難う御座います。これは私への罰なのです」

 「罰?」


 この会話の流れ。

 俺はヤバイと思った。


 「プリシラ様の兄上様に、刃を向けた罰なのです」

 「刃、だとぉ?」


 即座に妹が反応し、目つきが鋭くなった。


 フッ。

 俺は読んでいた。

 俺はこの展開を、読んでいたぞ!


 即座にプリシラの視界に立ちはだかり、俺は言った。


 「プリシラ!今日も最高に可愛いぞ!」

 「えぇ!?もぉ!お兄ちゃんったら、急に何!?」


 頬を染めて照れ出す妹。


 「ほら、おいで!」


 俺は両手を目一杯広げ、妹を誘った。


 「わぁい!お兄ぃちゃ〜ん!」


 テケテケと駆け寄るプリシラを、抱き寄せてホールドする。


 「えへへ!お兄ちゃ〜ん」


 ネコの様に擦り回る妹。


 フフッ。完璧だ。

 当然だろう?

 伊達に十五年、兄をやっておらぬわ!

 ハーハッハッハッ!

 アーハッハッハッ!


 ーーハァ。


 今のうちに、色々聞いといてくれ。母よ。


 俺はプリシラを抱いて、その場を離れた。

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