第18話

 俺の名はカイル。

 自警団リーダーで、魔王の兄、二十歳だ。


 今の俺は、足が地面にめり込むほど、踏ん張っている。

 何故かって?

 見れば分かるだろう。

 十五歳の女の子を抑える為だ。

 フッ。

 まったく止めれる気がしない。


 必死に堪えているが、プリシラは止まらない。

 怒りで我を忘れ、『暴虐』に身を委ねているようだ。

 華奢な身体の、何処にそんな力があるのか、不思議でならない。

 そんな妹は、ブツブツと喋り出す。


 「殺す。踏み殺す。握り殺す。捻り殺す」


 怖っ!

 殺意の塊じゃないか!


 もはや目の前の人間達を、殺す事しか考えていない。

 しかし希望はある。

 両親さえ到着すれば、プリシラは正常に戻れるはず。

 要は時間を稼げばいいのだ。


 要は俺の怪我が発端だ。

 つまり、俺の無事を伝えたら収まる可能性がある。

 そう思い、声を発した。


 「プリシラ!俺は何ともないぞ!?痛くないから、な?」

 「殺す。ゴミ共。許さない。一匹も」


 ダメか。

 俺の声が届かないのか?

 いや待て。

 『俺』が良くないのか?

 プリシラは、いつも『お兄ちゃん』と呼ぶよな。


 一人称を変えてみる。


 「プリシラ!お兄ちゃんは何ともないぞ?痛くないから、な?」

 「お兄、ちゃん?」


 プリシラの行軍が止まった。


 止まった?

 効果あって良かったぁ!

 自分で自分を『お兄ちゃん』って言うの、恥ずかしかったんだぞ?

 まったく、世話の焼ける妹だ。


 俺は安堵と共にたたみかけた。


 「そう!お兄ちゃんだ!これ位の傷なんて、怪我の内にも入らないぞ?だからーー」


 俺は禁句ワードを使ってしまった。

 それに反応したプリシラは、一段階上の激昂を見せる。


 「傷?」


 大地がプリシラの憤怒に鼓舞されるように、激しく揺れ出す。


 「プリの!お兄ちゃんに!!傷を付けやがってぇぇぇぇ!!!」


 咆哮が衝撃波となって、魔王の手下に襲いかかった。


 「ぎゃぁぁ!」

 「ひぃぃ!」


 手前の集団が、紙切れの様に飛んでいく。

 揺れる大地に、他の者は立っていられずにしゃがみ込む。

 そんな彼らに、ズン!ズン!と足音を立てて近づいていく。


 「ひぃぃぃい!」

 「お助けを!お助けを!!」


 慈悲を求める彼らは、極度に震えていた。


 その頃、俺は。


 今日の晩ご飯何かなぁ?

 まだお肉あったよねぇ?

 もう一回、ステーキが良いなぁ!

 こう、片面ずつじっくり焼いてさ?

 ほら、俺、生焼けとか無理じゃん?

 レアとか苦手なんだよねぇ〜。


 どうしようもない状況に、現実逃避を始めていた。


 だって俺が喋ってもさ、状況悪くなっちゃうしぃ?

 犠牲者増やしちゃうかもだしぃ?

 それだったら、喋らない方が良くなくない?

 皆んなも、そう思うよ、ねぇ〜?


 俺がキャラ崩壊している時に、現実世界では動きがあった。

 ガタイの良い身体に、豪壮な兜。

 指揮官の男が、プリシラの前に立った。

 そして跪き、頭を垂れた。


 「魔王プリシラ様。どうか御許しを。兄上様に謝罪する機会をお与え下さい」


 どうやら出来る人物の様だ。

 所作、話し方、雰囲気。

 どれを取っても、申し分無い。

 おそらく高貴な出なのだろう事が伺える。


 妹は、その男を睨み付けながら近づいていく。

 そして、目の前で止まった。


 プリシラの興奮していた呼吸が鎮まって行く気がする。

 この男には、何かあるのだろうか?

 そう思い、俺は妹を拘束していた力を緩め、二人のやり取りを見守る事にした。


 妹が口を開く。


 「死ねぇぇ!」

 「ぶほぉぉぉ!」


 ボッコーンと容赦なく顔面を殴った。


 「やめたげてぇ!」


 俺は再び妹を拘束した。


 あの雰囲気で、殴るの!?

 あの人、重鎮なんじゃないの!?

 話しを聴いてあげる場面だろ!

 完全に、そんな流れだったでしょうよ?


 世の中のセオリーを無視し、我が道を行くプリシラ。

 男として憧れなくもないが、今はイレギュラーでしかない。


 父さん、母さん。

 早く来てくれ。

 俺、もう帰りたい。


 カオスな状況に、俺は涙ながらに願った。

 そして、その願いが叶い、天使の声が聞こえた。


 「お兄ちゃん?どうしたの?抱きついて」


 暗雲が霧散し、太陽の光が二人を包む。


 「プリシラ?」

 「なぁに?お兄ちゃん」


 いつもの口調だ!

 母さんが近くにいるのか!


 拘束を解くと、妹は振り返る。

 そして、俺の顔を見た。

 すると、みるみる顔つきが険しくなっていく。


 「その傷、どうしたの!?」


 再び『暴虐』が顔を出し始める。

 しかし記憶が無いのか、怪我の経緯を知らない様だ。


 「ちょっと転んでな。大した事ないから大丈夫だぞ」


 収めるためにも軽い嘘をついた。


 これくらいの嘘は許してくれ。

 これで犠牲者が出なくなるなら、良い嘘なのだから。


 プリシラの顔つきが心配そうな表情に変わる。


 「痛くない?本当に大丈夫?」

 「あぁ。大丈夫だ」


 その返答に、妹は笑顔を取り戻した。


 「良かった!」

 「プリシラは優しいな」


 いつもの様に妹の頭を撫でる。


 「もっともっと褒めて!」

 「あぁ。プリシラは良い子だ。可愛い」

 「うにゃ〜!お兄ちゃ〜ん!」


 はしゃぐ無邪気な天使。

 こんなに変わるのは、『暴虐』の反動なのだろうか。

 だが、どちらもプリシラだ。

 家族である俺は、受け入れるしかない。


 「良かった。とりあえず」

 「うん?何かあったの?」


 妹は記憶が無い様子。

 村を滅ぼしかけ、騎士団を壊滅させた時と同じ。

 そこにプリシラの記憶は存在しない。

 全ては『暴虐』に飲み込まれて終わる。

 俺は、妹のスキルを、とても悲しく思う。


 「いいや、何でもないさ」


 諦め半分で、俺はそう言った。

 そこに両親が現る。


 「プリちゃん!」

 「プリシラ!」

 「あれ?お母さんとお父さんだ!」


 妹は両親に抱きついた。


 「プリちゃん、大丈夫?」

 「うん?大丈夫って?」

 「何とも無さそうね。良かったわ」


 的を得ず不思議な顔をする妹。

 そんなプリシラを母は優しく包んだ。

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