第17話

 忘れ物のドレスを持ち、別れた地点まで戻ってきたが、プリシラの姿が無い。


 「何処行ったんだ?」


 辺りを見回す。

 しかし、気配がない。


 何かあったのか?

 もしかしたら、待ちくたびれて、門まで行ってしまったのだろうか。


 そう思い、門まで走る。

 すると門番のハッシュが、門の柱に隠れて村外を見ていた。


 何してるんだあいつは。

 門番が姿を隠してどうする。


 彼の意図が分からず、その視線を追った。

 その先には、我が妹プリシラが、完全武装した人間達に囲まれている。

 俺は焦った。


 なんだ!あの集団は!?

 迎えにしては数が多すぎる!

 明らかに、別の何かだ!


 少女一人、迎えに来たとは思えない人数。

 明らかにおかしい。

 騎士団が来ていたとしても、あんな鎧を見た事がない。

 騎士団とは違う何か。

 揃えの甲冑を身に纏い、統率の取れた行動。

 まるで、軍隊のようだ。


 そして、それを迎え撃つ妹の構図。


 プリシラが危ない!


 ドレスを放り投げ、俺は剣に手を回す。

 そして走りながら剣を鞘からスラッと抜き、俺は力一杯駆け出した。


 「ハーッシュ!」

 「カイルさん!?」


 ハッシュは俺の呼びかけに気付き、振り向いた。


 「門を守れ!」

 「ハ、ハイ!」


 ハッシュに指示を出しながら門を潜る。

 そんな最中、俺の心は迷っていた。

 本当に、人間を殺める事が出来るのかと。


 スキル『一刀両断』。

 どんな物でも、一刀の元、切り裂いてしまう鬼スキル。

 しかし、人間相手に使用した事はない。

 つまり、命を奪った事は無いのだ。


 だが、数の上で圧倒的に劣る状況に加え、フルプレートの鎧を着込んだ連中。

 『一刀両断』を使えば、上手く凌げる可能性があるが、それは相手の絶命を意味する。

 おまけに、剣を振るった範囲全てを切り裂いてしまう為、手加減が出来ない。


 どうする。


 集団に近づきながらも、俺は決意出来ずに迷っていた。

 その時、一際存在感のある先頭の男が、プリシラへ向け動き出した。

 ガタイの良さ、そして豪壮な兜。

 指揮官だと思った。

 そんな人物が、妹に迫っている。


 俺は叫んだ。


 「プリシラァァァァ!」


 妹を守る為、プリシラの元へ一直線に目指す。

 俺は、この時初めて、人を殺める覚悟をした。

 プリシラの危機に直面して、何が大事なのか悟ったからだ。

 そうしなければ、妹を救う事が出来ないと理解したからだ。


 「ウォォォォオ!!」


 裂帛の咆哮と共に、俺は剣を振りかざし、突撃した。

 俺の姿に気付いた、指揮官と思われる人物は、部下に命を下す。


 「魔王様を御守りしろぉ!」


 その言葉に、俺はギョッとした。


 魔王?

 魔王だと!?

 そんな奴が存在するのか!?


 にわかに信じ難い事だが、指揮官が『魔王』と発言したのだ。

 たしかに存在するのだろう。

 おまけに、こいつらは魔王の手下だと分かった。


 俺は少し、ホッとした。

 不謹慎な話だが、魔王の軍勢ならば、命を奪う事になっても、罪悪感が薄れる気がしたからだ。


 だが油断は出来ない。

 というより、危機感が増した。

 この場に魔王がいる。

 その事実が、俺の背筋をゾクッとさせた。


 もしこの世界に魔王がいるならば、討伐パーティーに加入していてもおかしくない。

 そんな自信を持っていたが、実際に魔王と対峙したことなど無い。

 どれ程の強さかも分からぬ存在なのにな。


 だが、今からソレを実証せねばならない。

 やった事もないが、成し遂げなければならない。

 そうだ。

 そうしなければ、妹を守れない。

 俺の背後にある、ラクラス村を守れない。

 そこにいる、幼なじみで許嫁のティナも、守る事が出来ない。

 そう、確かなことは一つだけ。


 負けられない!


 キッと前方を見据える。

 迫り来る軍勢に、俺は決死の思いで近づいた。


 「死ねぇぇ!!」


 長槍を得物とする敵が迫る。

 リーチでは劣るが、初撃さえ躱せば剣が届く。


 避けろ!避けて、一刀両断だ!


 身を捩り、躱したと思ったが、槍先が頬を掠めた。

 相手が手練れなのは明らかだ。


 っ!だが!間合いは此方の物だ!!


 スキル『一刀両断』。

 まさに発動する刹那、プリシラが鬼の形相で割り込んだ。


 「傷を付けたなぁ!?」

 「ぐぅえぇぇぇ!!」


 男はプリシラに胸部を殴られ、吹き飛んだ。

 俺はその時、見たんだ。

 フルプレートの鎧に、くっきりと付いたプリシラの握り拳の跡を。


 わぁ!小っちゃい手の跡、可愛いなぁ!


 緊張感と真逆な物を見て、俺は和んでホッコリしてしまった。

 だがそれも一瞬。

 プリシラの咆哮が、俺を現実へと回帰させる。


 「私の!お兄ちゃんに!傷を!!オマエラ皆殺しにしてやる!!!」


 怒気を孕んで暗雲を呼び寄せる。

 太陽の光が遮られ、昼なのに周囲が薄暗くなり、雷光が轟き始めた。


 「ひ、ひぃぃい!」

 「御許し下さい、魔王様!」

 「魔王様!御許しを!魔王様!」

 「命だけは!命だけはお助け下さい!」


 先程の敵意など、欠片もない様子で狼狽え始める。

 命を懇願し、ひたすら許しを乞う者。

 暗雲を見つめ、絶望に浸る者。

 これから起こるであろう出来事を予想し、涙を流す者。

 皆それぞれの反応を見せる。

 阿鼻叫喚とは、この事を指すのだろう。


 俺?


 俺が思ったのは。


 えっ?魔王って妹の事なの?


 だな。


 どぉいう事なんだぁ!!

 情報が沢山ありすぎて、処理できないだろぉ!!

 なんで妹が魔王なんだよ!

 いや確かに、強い事は認めざるを得ないよ!?

 『暴虐』だしね!?

 だからって魔王になれるんか!?

 そんな十五歳の女の子が、なっていいのか!?

 てゆうか、魔王って何なんだよぉぉぉ!


 俺は苦悩ダンスを踊り続けた。

 もっともっと踊りたかったが、時は止まらない。


 「全員、皆殺しにしてやるぅぅ!!」


 プリシラの咆哮で、俺は我に帰り、プリシラを後ろから羽交い締めにした。

 このままでは、大量虐殺が起きてしまうからだ。


 「プリシラ!プリシラ!」

 「殺してやる!殺してやるぅ!ゴミの分際でぇぇ!!」

 「ひぃぃぃい!」

 「御許しを!」


 ダメだ!正気を失っている!

 俺の呼びかけも届かない!

 このままだと、皆殺しにしないと終わらない!

 両親を呼ばないと!


 俺は村の方向を見た。

 門の所に居たはずのハッシュに頼む為だ。

 だが、そこにハッシュの姿が無い。

 しかし、ハッシュに頼む他ない。

 俺は叫んだ。


 「ハッシュ!ハーッシュ!!」

 「ハ、ハイ!?」


 柱の陰から出てくるハッシュ。


 良かった!居てくれた。


 「頼む!俺の両親を連れてきてくれ!急いでくれ!」

 「ハ、ハイィィ!」


 俺の言葉にハッシュは動き出した。

 しかし動き方が変だ。

 おそらく、プリシラの『暴虐』に当てられ、腰を抜かしているようだ。


 すまん、ハッシュ。

 怖いだろうが頑張ってくれ!


 魔王の手下達の命は、ラクラス村の門番、ハッシュに委ねられた。

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