第16話

 俺の名はカイル。

 家族認定の、ドレスフェチ長男だ。


 妹の忘れ物を取りに来た俺は、今、苦悩の最中にいる。

 目の前には、わざとらしく広げたドレスが一着、ベットの上に置いてある。

 昨日、プリシラが寝るときに着ていた、純白のドレスだ。

 抜け殻の様な、そのドレスが妙に艶かしく、触っていい物かどうか悩んでいた。


 落ち着け!俺よ。

 昨日、プリシラと一緒に寝ていた時は、意識する事は無かっただろう?

 その時、普通に触っていたじゃないか!

 そう、一度触っているんだ!

 平気なんだ!


 だが、腕は伸びていかない。


 しっかりしろ!

 カイル!あれは、ただの服だ!

 なんなら布だ!

 そう、綺麗な布だと思え!

 触ってもいいんだ!

 行けぇぇ!


 グワッと勢いをつけ、掴もうとした。

 だが、既のところで手が止まる。


 「くぅぅ!やっぱり触れない!」


 なんなんだ!

 なぜかプリシラの顔がチラつく!

 妹に変な事をしているようで、罪悪感が半端なく押し寄せてくる!

 お、俺は、どうしたらいいんだ!?

 うわっ!!


 突如、ドレスが神々しく輝いて見える。

 そんな事あるわけないのだが、カイルは幻覚を見る程、追い詰められていた。


 なんなんだ、コレは!?

 もはや神のお召し物なのか!?

 こんな物、恐れ多くて触れないぞ!


 それでも時間は、無情にも流れていく。


 おい!カイル!

 プリシラが待ってるんだ!

 時間が無いんだぞ!

 俺がやらねば、誰がやるんだ!!

 長男だろう?覚悟を決めろ!


 「行っけぇぇぇ!!」


 俺は目を瞑り、勢いをつけて、ドレスの端をチョンと摘んだ。


 行けた!

 やれば出来るじゃないか!

 よぉし!後はこのまま持ち上げてっと!

 あとは袋に入れれば!

 ん?袋?


 俺は袋を探す為に、目を開けた。

 その瞬間、視界に飛び込んできたのは、ドレスのスカート部分。

 俺が摘んだのはスカートの端らしく、ペロンとめくれて裏地が見え、ドレスの内側が脳裏に焼き付いた。

 胸の膨らみ部分の縫製が見える。

 それが、妹の裸姿を連想させた。


 『もぉ!お兄ちゃんのエッチ!』


 胸を隠して、膨れっ面を見せる幻プリシラ。


 「ち、違うんだ!プリシラァァ!」


 罪悪感から思わず叫んでしまう。

 何事かと、父が部屋に飛び込んできた。


 「どうしたカイル!?」


 その時、二人の時間が止まった。


 父は思う。


 『妹のドレスで、何をやってるんだ。我が息子よ。ドレスが好きなのは分かるが、それはダメだぞ』


 それを感じ取り、息子は目で訴える。


 『そうじゃないんだ!ドレスは好きだが、俺は間違った事はしていないんだ!』


 それを返す父。


 『じゃあ、その手にしたドレスは何だと言うんだ?現行犯じゃないか』

 『これは!忘れ物なんだ!』

 『そんな言い訳、見苦しいぞ!男なら、認める所は認める気概を持て!』

 『ち、違うんだ!』


 全て親子しか出来ないアイコンタクト。

 無言での不毛なやり取りが、永遠と続くかに思われた。

 だがそこに、慈母の女神現る。


 「二人とも、何をやっているの?カイル。プリちゃんの忘れ物って、そのドレスの事?」

 「そ、そうなんだ!どうやら、このドレスみたいです。はい」


 俺は焦りすぎて、言葉がおかしくなった。


 「ドレスを、そんな持ち方したらダメでしょう?まったく、男の子は無頓着なんだから。ほら、貸してごらんなさい」


 母はドレスを奪い取ると、綺麗に折り畳んだ。


 「ハイ!プリちゃんが待ってるわよ?」

 「あ、あぁ。ありがとう、母さん」


 先程まで、触るのにあれだけ葛藤し、苦労していたのに。

 母の手を介して渡されると、何も感じない。

 上質な生地なのだから、サラサラとした肌触りが心地良いのは感じる。

 だが、ただの服なのだ。


 一体、俺は何と戦っていたのだ?


 幻と対峙した奇妙な感覚。

 改めて見ると、ただの服だ。


 俺はどうかしてるな。

 妹だぞ?

 変に意識しすぎてるな。

 改めなければ。


 俺が考えを改めていると、母が声をかける。


 「カイル!プリちゃん待ってるわよ!」

 「あ、あぁ。すまない、すぐ行く」


 部屋を出ようとした時、父と目が合う。


 『すまんなカイル。早とちりだった』

 『気にしないでくれ父さん。ただ、俺の妹なのだから、変な感情は抱かない事は、覚えておいて欲しい』

 『わかった。覚えておくよ』

 『まったく、父さんのプリシラ愛には困ったもんだ』

 『当然だろう?息子よ』


 完璧なアイコンタクト会話。

 それを見ていた母は言う。


 「見つめ合って何をしてるの!?カイル!父さんは母さんを愛してるんだからね!?」


 何の勘違いをしているのだ、母よ。

 そんなボーイズラブ、あるわけないだろう。


 「何を言い出すんだい、カータ。僕が愛するのは君だけさ」

 「貴方」


 母は瞳をウルウルさせて、父の瞳を見つめる。


 「その。俺、行くよ」


 両親は無言で頷き、その場で見つめ合い続けている。


 まったく、見てるこっちが恥ずかしい。

 イチャつくなら、子供が見てない所でして欲しいものだ。


 俺は駆け足で、その場を離れた。


 玄関の扉を勢い良く開ける。

 外に出た時の一瞬の出来事。

 ティナが自宅に入る所が見えた。

 一瞬なので確かではないが、泣いているようだった。


 何かあったのか?

 うぅ、気になる。


 もし泣いているのだとしたら、話を聞いてあげたい。

 だが、妹が待っている。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、俺はプリシラの元へ急いだ。

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