第15話

 私の名はプリシラ。

 『暴虐』スキルを持つ、十五歳の女の子。

 最愛の両親と兄がいる。


 これは兄の物語。

 だから私が私を語るのは、これが最初で最後になる。


 父ベイルと、母カータ。


 私の両親。

 とても大切な存在。

 『暴虐』という恐ろしいスキルを持つ私に、いつも笑いかけ、優しい言葉を掛けてくれる。

 とても優しい人間。

 あの二人に育てて貰っていなければ、私は自我を保てず、邪悪な存在になっていただろう。


 私が私でいられたのは、二人のおかげ。

 だから、とても感謝している。

 成長した今では、『暴虐』スキルを上手く使いこなせるようになった。

 それもあって、二人に迷惑をかける事が少なくなって来たと思う。

 だが時折、我を忘れてしまう事もある。

 それは『暴虐』故に仕方ない事なのだろうが、申し訳なく思う。


 兄、カイル。


 最愛のお兄ちゃん。

 冷静に物事を考え、常に周りを見て行動出来る人。

 そして、いつも私に寄り添ってくれる優しい人。

 私は、お兄ちゃんの大きな手が好き。

 私の頭を撫で、私の手を握ってくれる。

 とても温かく、私の『暴虐』の心に安らぎを与えてくれる。

 そんな彼の存在が、大好き。


 だから、お兄ちゃんが喜ぶ事は何でもする。

 ドレスが好きなら、いくらでもドレスを着てあげる。

 全てを捧げろと言われれば、いつでも捧げる。

 両親を除いて、お兄ちゃんさえ居れば、他の人間など、死のうが何だろうがどうでも良い。


 私が働いているのも、お兄ちゃんの為。

 最初はお兄ちゃんの疲れ切った表情を見たくなくて、受け入れた仕事。

 本当は、騎士団とかいう連中を皆殺しにしたかった。

 私のお兄ちゃんに、苦痛を与える存在を許せなかったから。

 でも両親がスキルを使い、抑えてくれたおかげで、それは実行に移されなかった。


 そのおかげで、私はお金を稼ぐ事が出来る。


 ゴミ共の指示に従うのは、未だに抵抗はあるけど、派遣先で嗜虐の限りを尽くしていいので、スッキリする。

 だから、この仕事を気に入っているのも事実。

 それに稼ぎも良い。

 いつか訪れる、お兄ちゃんとの二人暮らしに向けて、たくさん蓄えておきたい私には、都合がいい。

 家族と離れ離れになるのは、正直嫌。

 しかし目標を達成させるには、仕方ない。

 そう思い、我慢している。


 お兄ちゃんと暮らす為に、大きな家を建てる。

 そして二人で、ずっと一緒に過ごす。

 お兄ちゃんは、兄妹なんだから出来ないと言うけど、出来るなら結婚して、お兄ちゃんの子供を産んであげたい。

 それが私の夢。


 そんな夢を邪魔する存在。


 今の私は、民家の影に隠れている、その存在に向けて歩んでいる。

 おそらく、お兄ちゃんの様子を見に来たんだと思う。


 せっかくお兄ちゃんの為に、お兄ちゃんの部屋に残して来たアイテム。

 それを犠牲にしてまで、あの存在を目指す理由は一つ。

 あの無駄乳女に、思い知らせる事。


 幼なじみという事だけなら、別に構わなかった。

 お兄ちゃんと仲良く遊んでいたのも許せた。


 だけど、許嫁となると話は違う。

 お兄ちゃんは私の愛する人。

 それを奪う奴は許せない。


 正直、殺してしまいたい。

 私の『暴虐』が、それを囁く。

 でも、それは絶対にしない。

 お兄ちゃんに嫌われたくないから。

 そしてもう一つ、お兄ちゃんが悲しむから。

 幼なじみとして、私より長く一緒に過ごした存在。

 お兄ちゃんが悲しむ事はしたくない。

 だから、生かしておいてあげてる。


 しかし、アレが死地に追いやられても、絶対に私は助けない。

 死んでくれた方がいいから。

 だから私は、直接何もしないで傍観する。

 どんな事があろうとも、そう決めている。


 そうやって慈悲を与えているのに、ベタベタと私のお兄ちゃんに触るアイツ。

 抑えてあげてるのに、『暴虐』が顔を出しちゃうじゃない?

 殺したい。

 ボコボコにして引き摺り回したい。

 あの存在を消してやりたい。

 そんな願望が、頭を支配する。


 ーーフゥ。


 落ち着いて。

 今は、あの女に思い知らせるだけ。

 誰が一番、お兄ちゃんに愛されているのかをね。


 ツカツカと歩み寄るプリシラ。

 そして建物の影に隠れていた、ティナの目の前に仁王立ちした。


 「プリシラちゃん!?」


 驚くティナ。

 プリシラは不敵な笑みを見せる。


 「お前に一つ、教えておいてあげる」

 「な、なに?」


 ティナは怯え、唇を震わせる。

 そんな彼女を蔑むように睨み、言い放った。


 「お兄ちゃんはね、私を『愛してる』って言ってくれた。どういう意味か、わかる?」

 「どういう?」

 「お兄ちゃんの隣に居ていいのは、愛されている私だけ。お前じゃない」

 「えっ?」


 ティナは困惑の表情を見せる。


 「もしお前が、お兄ちゃんに『愛してる』と言われたなら、話は違ってくるけど。言われた事、あるの?」


 ティナは思い返す。

 しかし、カイルから『愛してる』はおろか、『好き』とも言われた事はない。

 その事実が、ティナを黙らせてしまう。


 「無いのね」


 非情な言葉に、ティナは傷つく。

 プリシラは嗜虐的な笑顔を見せた。


 「私は、お兄ちゃんとお前の結婚を認めない。愛されてもいないのに、許嫁なんて。お兄ちゃんの幸せに、お前は要らない」


 ポロッと涙が溢れるティナ。

 その涙に、プリシラの口角が上がる。


 「泣いた所で、お前なんて何の価値もない。お兄ちゃんからしたら、迷惑なだけ。お兄ちゃんの周りを飛ぶ、羽虫のような存在。姿を見るだけで、うんざり。お前なんてーー」

 「やめてぇぇぇ!!」


 咆哮と共に蹲り、ガタガタと震えだす。

 その姿に、プリシラの『暴虐』は満足気。

 そして、ティナの耳元に顔を近づけ、囁いた。


 「お前は要らないの。もう、お兄ちゃんの前に、姿を見せないで、ね?」

 「うぅ!うぇぇ!」


 泣き崩れ、言葉も出ないティナ。

 その姿に、ほくそ笑む『暴虐』。


 「さてと」


 プリシラは踵を返し、ルンルンッと歩き出した。

 カイルが戻ってくるからだ。


 「あぁ、スッキリ!早くお兄ちゃんにスリスリしたいなぁ!」


 プリシラは天使の様な笑顔を保ち、待ち合わせ場所に戻って行った。

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