第14話
「プリシラ、忘れ物はないか?」
「えっと?あ!お兄ちゃんの部屋に忘れ物!」
「何を忘れたんだ?」
「お兄ちゃんは待ってて?プリが取ってくるから!」
「そうか」
プリシラは、ボストンバックを持ったままパタパタと走り、俺の部屋に入っていった。
「プリちゃんが居なくなると、母さん寂しいわ」
「僕もだよ」
両親は別れを惜しんでいる。
我が子が家から居なくなるのだ。
当然の反応だろう。
しかし時間という物は、意識しないと、あっという間に過ぎるな。
朝食を食べ終わり、家族で妹の話を聞いていたら、十二時が近づいていた。
プリシラは仕事の為に、もう街へ帰らなければならない。
天使の様な笑顔振りまく妹が、また居なくなると思うと、やはり俺も寂しいな。
しかし、プリシラの仕事内容がイマイチよく分からない。
両親が妹に、仕事内容を聴いた時の返答だ。
『プリも、よく分かんない!ここに行って下さいって言われるから、行くだけなの。大体変な奴が居るから、ボッコボコにしてやるの!』
悪者退治って事なのだろうか。
妹の『暴虐』スキルを活かせる仕事なのだから、適任なのかも知れない。
しかし、家族の立場からすると、心配だな。
実際、両親は『危ないなら、辞めてもいい』と言っていたし。
それでもアイツは『お金を貯めておきたいの!だから頑張る!』なんて、健気な事言うもんだから、両親と俺は涙ぐんでしまった。
貯めたお金で、プリシラは何を買うんだろうな。
妹の事だから、きっと両親に、何かプレゼントでもあげるんだろう。
本当に良い娘だな。
そんな事を思っていると、プリシラは戻ってきた。
「お待たせ!」
「あぁ。もう大丈夫か?」
「うん!」
俺は玄関の扉を開けた。
「プリシラ、無理は禁物だぞ?」
「うん!」
「プリちゃん、母さん寂しい」
「プリも寂しいよ」
母と妹は抱き合う。
「プリちゃん、いつでも帰って来ていいんだからね?」
「うん!お父さん、お母さん!大好き!」
「プリシラ!」
笑顔で愛情表現するプリシラに、父ベイルも抱きつく。
まるで今生の別れの様な場面。
いや、別に俺はいいんだ。
もう二度と逢えないというわけでは、ないのだからな。
家族なのだから、いつでも逢えるんだ。
「お兄ちゃん」
プリシラが俺に手を伸ばし、潤んだ瞳を向ける。
「プ、プリシラァァ!」
俺は家族の輪に加わった。
「お兄ちゃんも大好き!」
「俺もプリシラ、大好きだぞぉ!」
バカ家族完成である。
俺も寂しいに決まってるだろぉ!
可愛い大事な妹だぞ!?
それも家族の為に、頑張る健気な妹なんだぞ!?
くそぉ!完全にキャラ崩壊だぁ!!
俺の滝の様な涙は、両親の琴線を震わせた。
思わずホロリと涙を溢す両親。
「もぉ、カイルったら」
「しょうがない兄だな」
四人の間に、幸せな空間が生まれる。
家族として、より強固な絆が生まれた瞬間だった。
いや!恥ずかしいわ!
こんな所、見ないでくれ!
家族のプライベートだぞ!?
俺がカメラマンなら、映さない様にカメラ下げる気遣いをする場面だ!
堂々と映すのは、マナー違反だぞ!
なんなんだ!まったく。
「そろそろ行くね!お兄ちゃん、いつもの様に、門までエスコートしてね?」
「あぁ、任せておけ」
俺は涙を拭った。
「父さん、母さん。プリシラを送ってくる」
「わかった。プリシラ、怪我しないようにな?」
「うん!」
「プリちゃん、無理しないのよ?」
「うん!お父さんとお母さんも、元気で居てね?」
妹は天使の笑顔を炸裂させる。
「プリシラ!」
「プリちゃん!」
再び始まる抱擁。
何回やる気だよ!
こんなんじゃ、いつまで経っても出発出来ないぞ!
そうだろ!?
俺は冷静にそれを眺め、そっと輪に加わった。
「プリシラァァ!」
「お兄ちゃん!」
いいんだ。
別に『バカ家族』と呼ばれても。
悪い事ではない。
むしろ素晴らしい事なのだから。
そう、俺達家族は、これでいいのだ。
家族の絆レベルが、二つ上がった。
暫くそうしていたが、いつまでも抱き合っている場合ではない。
それに気付いた父が、出発を促す。
「そろそろ行かないと」
「そうね」
両親はプリシラから離れた。
「気をつけて、帰るのよ?」
「うん!今日は、お迎えが来てるはずだから、心配しないで?」
「そうなの?それなら安心ね」
「うん!」
両親は、迎えが来ている事に安堵する。
「送ってくる」
「えぇ、頼むわね」
父も俺の目を見て『頼んだぞ』と言わんばかりに頷いた。
「行ってくる」
「また、お土産楽しみにしててねっ!」
「えぇ!行ってらっしゃい」
両親に見送られ、俺達は家を出た。
その瞬間、隣家のティナと目が合った。
俺の姿に、パァッと笑顔を咲かせたが、妹の姿を見るや、焦って家の中に引っ込んだ。
彼女には謝罪しなければならない。
身内のした事だ。
本来はプリシラが謝るべきなのだが、ティナと仲が悪そうだから、それは望めない。
プリシラを見送ったら、後で会いに行こう。
そう心に決め、先ずはプリシラを優先する事にした。
門に向かい、村の中を歩く。
村人達は、プリシラの姿を見ると、一様に身を潜めた。
俺はその姿を見るのが、悲しかった。
たしかに、妹がした事を思えば、当然の結果なのだろう。
だが、それは『暴虐』スキルのせいだ。
それさえなければ、心根の優しい妹なのに。
プリシラの頭を、そっと撫でる。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「ちょっと、な」
「うん?」
俺が口を濁したのを、不思議そうに眺める。
しかし、撫でられるのが嬉しくて、甘えるプリシラ。
「えへへ!お兄ちゃん大好き」
胴回りに抱きつく妹。
普通にしていれば、これだけ愛嬌のある子なのにな。
俺は、キュッと締め付けられる感覚を、胸の内で感じた。
門まであと少し、という所で、突如プリシラが声を上げる。
「あ!いけな〜い!」
「どうした?」
「忘れ物、思い出しちゃった!」
「忘れ物?」
どうしたんだ、まったく。
出る前に確認を促したのに。
「お兄ちゃんの部屋にあるから、取って来てくれる?」
俺の部屋に?
変だな。
最後に、忘れ物を取りに戻っていたはずだが。
まぁ、仕方ないか。
「どんな物だ?」
「布団の上に置いてあるから、すぐ分かるよ!」
「布団の上に?何をーー」
「いいから早くぅ!ね?お願い、お兄ちゃん!」
「あ、あぁ。わかった。それじゃあ、少し待ってろ」
「うん!」
何故か、品物名を言わない事に違和感を感じつつも、俺はプリシラにせがまれ、自宅へと足を向けた。
それが全ての始まりとは知らずに。
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