第13話

 家に戻ると、食卓に料理が並び始めていた。


 「カイル、これ運んで頂戴」

 「あぁ、わかったよ」


 母の手伝いをする。

 我が家の朝食は、焼きたてのパンと、新鮮な野菜のサラダ。

 そして季節の果物が、デザートの定番だ。


 ほとんど、ティナの母親ニーナさんからの貰い物だ。

 なんせ小麦はパラパラッと撒いて、土に触るだけ。

 野菜は種を撒いて、土に触るだけ。

 果物は、すでに生えている果樹に触るだけで勝手に実る。


 本当に助かっている。

 この村が自給自足出来ているのは、ニーナさんの貢献が大きい。

 まぁ、頻度高めでつまづいて、予期せぬ収穫をもたらしてしまうのは、少し問題となっているがな。


 今日の朝食は、プリシラのおかげで、いつもより香ばしい匂いが追加されている。

 昨日食べきれなかった猪肉が、スープとして調理されてるからな。

 美味そうだ。


 「お待たせ!」


 プリシラが寝室から出てきた。


 くぅぅぅ!

 可愛い!

 今日は、お姫様風ドレスじゃないかっ!

 昨日の令嬢風ドレスも良かったが、俺はこっちの方が好きだ!!


 フリッフリの柔らかそうなドレス。

 某国のお姫様が着ていそうなデザイン。

 ほんのり黄色がかった色彩が、高貴さを感じさせる。

 まるで、お伽話の絵本から抜け出してきた、物語の主人公のようだ。


 「わぁ!プリちゃん、可愛いわね!」

 「うんうん!お姫様みたいだよ、プリシラ!」


 両親は大絶賛する。


 当然だろうな。


 「えへへっ!」


 ハニカム笑顔が、ドレスを引き立てる。


 「どう?お兄ちゃん!プリ、可愛い?」

 「あぁ、可愛いよ。父さんと母さんが言うように、本当にお姫様みたいだ」

 「えへへ!嬉しい!」


 フフッ。無邪気だな。

 はしゃいでる姿は、子供みたいだ。

 しかし二日続けてとは、余程気に入ってるファッションスタイルなんだな。


 俺は一つ質問した。


 「ドレスを着るのが、街で流行っているのか?」

 「街で?そんな事ないと思うよ?お兄ちゃん」


 そうなのか、当てが外れたな。

 それなら、ただ単に気に入って着ているのか?


 「それじゃあ、何でドレスを着始めたんだい?前は、そんなの持って無かっただろう?」


 父が疑問に思って問うた。

 その答えは、俺に精神的ダメージを与える。

 それも、深刻なダメージだった。


 「お兄ちゃんが、ドレス好きだから!」

 「えっ?」


 両親の視線が俺に注がれる。

 俺の口角は、ピクピクと痙攣しだす。


 えぇぇぇ!?

 何で知ってるんだよ!この妹はぁぁぁ!?

 俺、言った事あったっけ!?

 いや!

 無い!断じて話したことなど無い!

 そんな自分の恥部を晒す程、俺は間抜けでは無い!

 そうだ!そんな間抜けではない!!


 いや、待て待て待て!

 今はそんな事、どうでもいいだろう!

 いや、どうでも良くないが、どうしたらいいんだ!?


 俺の頭は大混乱だ。

 会議室では、脳の重鎮達が紛糾している。


 「何故知られたのだ!」

 「わからん、誰かスパイがいるのではないか?」

 「それはあり得ん!我々の誰かが裏切ると思うのか!?裏切ったとして、其奴が得られる利益が、あると思うのか!?」

 「それもそうか。皆、俺なのだからな」

 「今は、その議論をしている場合ではなかろう?」

 「そうだそうだ!どうやって、この場を切り抜けるんだよ」

 「うぅむ。わからん」

 「わからんで済むわけないだろう!」


 答えの出ない議論が繰り返される中、父が『妹に性癖を押し付けるとは』と目で訴えてくる。


 「どういたすのだ?父上が怒っているぞ!」

 「そうは言ってもだな。こちらは何もしていないのだぞ?」

 「そんな理屈が通る相手ではなかろう!対策を!対策を!!」

 「ええい!黙らないか!冷静に!冷静に考えるのだ!」


 議論が纏まらない。

 ダラダラと冷や汗が流れる俺。

 手足が指先から凍り付いていくような感覚がする。

 そんな苦境を、『慈愛』が救ってくれる。

 母がスキルを使用した途端、肩の力が抜けた。


 「そうか、俺の為だったのか。でも、何でそんな事を知っているんだ?俺は喋った事、無いんだけどな」


 『慈愛』すげぇな!

 言いにくい事でもスラスラ言える。

 核心に迫る内容だ!

 でも、自分で言っていて恥ずかしい!

 何の辱めなんだぁ!

 こんな拷問、酷すぎる!!

 俺が何したってーー。


 二回目の『慈愛』を確認した。


 「お母さんが言ってたよ?」

 「母さんが?」


 家族の視線が、母カータに集まる。


 「あぁ。もしかして、あの時の。よく覚えていたわね?」

 「えへへ!」


 二人だけの思い出なのか、よくわからない。


 「どういう事なんだ?」


 いや!俺よ!

 別に聞かんでいいだろ!!

 深堀した所で、傷口が広がるだけだーー。


 三回目の『慈愛』発動。


 「ほら、プリちゃんが街に働きにいく事になって、住む場所を母さんが一緒に見に行った時よ」

 「あぁ、半年前の」


 そんな事あったな。

 大事な娘が、どんな待遇で迎えられるのか、確かめて来るって街に付き添って行った時の話だ。


 「街を歩いていたら、ドレスを纏ったお嬢さんが居て、『お兄ちゃんは、ドレスを着た人が好きなのよねぇ』って言った気がするわ」


 俺の口角が再び痙攣しだす。


 母親にバレてんじゃねぇか!

 でも、俺は言った覚えはないぞ!?


 やめておけばいいのに、深堀を続けてしまう俺。


 「母さんに言った事、無いはずだが」

 「フフッ!何でも知ってるわよ?お母さんだもの。カイルを街に連れて行って時、貴方、ドレス着た人を、ずっと目で追うんだから、わかっちゃったの」


 議場は大荒れだ。


 「間抜けめ!自ら行動で示して悟られるとは!」

 「なんだと!?間抜けは、お前も一緒だろう!」

 「何を言う、この青二才が!」

 「すまん、俺が油断したばかりに!」

 「待て待て!仕方ないだろう?母親の洞察力が優れていたんだから」

 「しかしだな」

 「言っても仕方ないだろう?もうバレているんだ。私は潔く認めた方が良いと思う」

 「むぅ」

 「それしか、ない、か」

 「うむ」

 「では、満場一致で、潔く認める事とする!」

 

 頷く脳内議員達。


 「閉場!」


 採択が為された事で、俺の混乱は一段落した。

 もう知られているのだ。

 隠しても仕方ない。


 「この村では、見る事がほとんどないからな。綺麗な服があるもんだなと、衝撃を受けて以来、ドレスは好きだ」


 俺の告白に、食卓は静まり返る。

 瞬きすら許されない、緊張した空気が流れた。


 何を言ってるんだ、俺はぁぁ!

 自ら進んで自白するなど、どうかしてるぞぉ!


 そんな苦悩に苛まれる俺に、プリシラが声を掛ける。


 「お兄ちゃんが好きな物だから、プリは着てあげるの。お兄ちゃんが喜んでくれるなら!」

 「プリシラは、お兄ちゃんに優しいな」

 「えへっ!」


 妹の言葉に、父は感動の涙を流した。

 兄が喜ぶ為に、してあげている。

 なんと優しい娘に育ったんだと。

 先程まで『妹に性癖を押し付けるとは』と軽蔑していた姿はどこにも無い。

 その様子に、俺は安堵した。


 父の誤解が解けたようだな。

 危うく、俺が頼んで着させているという事になる所だった。

 しかし。


 ふと思った。


 昨日の寝る時に、着ていたドレス。

 『我慢』という言葉を使ってまで着ていたが、あれも俺の為に?

 俺が喜ぶから、寝にくいのに我慢して着てくれていたのか?

 そう考えると、なんて健気なんだ。

 だがな、俺の為に、それもどうしようもない趣味趣向の為に、そんな我慢などする必要はないだろう。


 「プリシラ」

 「なぁに?お兄ちゃん」

 「可愛い姿を見れて嬉しいが、無理はしないでくれ」

 「無理?」


 人差し指で頰を突き、首を傾げるプリシラ。


 どうやら分からないようだな。

 もう少し、噛み砕くか。


 「我慢してまで、俺の為にしなくていい、という事だ」

 「うん!わかったよ、お兄ちゃん!」


 パァッと明るい笑顔を見せる妹。


 なんだか、いやに素直だな。

 もう少し、何かこう、意見を言ってくると思ったのだが。

 まぁ、理解してくれたなら、それでいいか。


 こうして、ドレス騒動はハッピーエンドで終わりをむかえた。

 得た物は『恥ずかしさ』と、俺の『ドレスフェチ情報』を、家族で『共有』出来たこと。


 フッ。全ては収まるところに収まった、な。


 まったく。


 全然、ハッピーエンドじゃねぇよ!!

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