第7話

 俺の名はカイル。

 『暴虐』スキル持ちの妹を持つ、二十歳の兄だ。


 ティナの胸をぶっ叩いた妹を説教した後、今は自宅で、家族と夕飯の食卓を囲んでいる。

 今日のメニューは、妹がお土産で持って来た猪肉があるから、いつもより豪華で食いでがある。

 猪肉ステーキに、猪肉スープ。

 久々に食べる肉は、とても美味しく感じる。


 「プリちゃんのおかげで、ご馳走が食べれたわ」

 「そうだね、母さん。プリシラ、ありがとう」

 「良かった!お父さんとお母さんが喜んでくれたなら、凄く嬉しい!また今度見つけたら、ボコボコにして、引き摺ってくるね!」


 十五歳の少女が発する発言ではないだろう。


 「まぁ、嬉しいわ!本当に良い子に育ってくれたわ」


 母は妹の頭を撫でる。


 このズレた感覚が、我が家では当たり前だ。

 ティナの家では、『猪を狩ってきたイコール良い子』という評価にはならないだろう。

 おそらく他の家庭だと、『危ないからやめなさい』と注意するのが普通ではないか。


 まぁ、プリシラのおかげで豪華な食事になっているし、本人もケガ一つしてないから、俺もこの問題を考えるのはよそう。


 頭を撫でられ、嬉しそうに微笑むプリシラ。


 「えへへ!私、二人のこと大好き!あ、もちろん、お兄ちゃんの事も大好きだよ?」

 「あぁ、わかっている。俺もプリシラの事、大切に想ってるぞ」

 「大切!?もぉぉ!お兄ちゃんったら!」


 妹は顔を赤く染め、大いにテレ始める。


 そんな取り乱す様な事、言っただろうか?

 家族を大切に想うのは、当然の事だと思うが。


 しかしこうやって無邪気に笑っていると、本当にウチの妹は可愛い。

 『暴虐』のスキルはちょっとアレだが、それ抜きに考えても、街の方では凄くモテるのだろうな。

 俺の主観だが、街の人達は異性に対して、積極的なアプローチをしている気がする。

 プリシラに言い寄ってくる男も、多いんじゃないかな。

 もしかしたら恋人とか、もう居るのかもしれない。

 ちょっと聞いてみるか。


 「プリシラ。街の生活には、もう慣れたのか?」

 「もう半年くらいになるから、馴染み出してきた所、かな?どうして?」

 「いや、お前は可愛いからな。もしかしたら恋人とか、居るのかなって思って」

 「こい、びと?」


 一瞬で、プリシラの瞳が鋭くなった。

 その視線に、凶々しい殺気の様なものを感じる。


 うっ!

 聞いたらマズイ事だったか!?

 確かにプライベートな事なのだから、例え身内だとしても、もっと注意を払うべきだった!


 俺がそんな後悔を抱いているうちに、妹の鋭さは緩くなる。

 母の『慈愛』スキルが発動したようだ。


 「お兄ちゃんには、そんな事、聞いて欲しくなかったな」


 とても悲しそうな顔をする妹に、俺は焦って謝罪した。


 「すまん、プリシラ。そんな事を興味本位で聞いた俺が悪かった。本当にごめんな」


 妹はフッと笑顔を見せる。


 「いいよ!お兄ちゃんだから、特別に許してあげる!可愛いって言ってくれたし!」

 「あ、あぁ」

 「えへっ!」


 テンションの変わりように、何か違和感を感じるが、いつもの笑顔を取り戻してくれて良かった。

 一瞬、あの視線を向けられた時は焦ったぞ?

 あの時を思い出すようでな。


 しかし、俺の両親も酷い者だ。


 俺がプリシラの恋人の有無を聞いた時、あんなに目を爛々として興味を示したのに、雲行きが怪しくなるとダンマリするなんて。

 『慈愛』で助け舟を出してくれた事は、素直に感謝する。

 しかしだ。

 家族なんだから、もっとフォローしてくれよ!

 まったく。


 両親に若干の不満を抱いていると、母がプリシラに話しかける。


 「いつまで居れるの?プリちゃん」

 「明日のお昼までかな?」

 「そうなの。それじゃあお父さん、プリちゃんのお布団出すから手伝って?」

 「わかった。行こうか」


 二人はスッと立ち上がる。

 そして両親は、プリシラの布団を用意しに部屋を出て行った。


 「そういえば、着替えとか持って来ているのか?」


 俺は妹に聞いた。

 来た時、両手に猪だったからな。

 何の荷物も持って来てないはずだ。


 「あ、そうだった!荷物運んで貰ってたの忘れてた!ちょっと、取りに行ってくるね?」


 取りに行く?

 何処に?

 それに外は、もう暗い。

 心配は無用かもしれんが、付き添ってやらないと。

 なんせ俺は、兄だからな!


 「外は暗いからな。俺も一緒に行こう」


 兄の言葉に、プリシラは嬉しくて、表情がパァッと輝く。


 「いいの?お兄ちゃん、優しいね!そんな所が、私、だぁい好き!」


 言いながらカイルに抱きつくプリシラ。


 フッ。

 そんなに喜んでくれると、兄冥利に尽きるな。

 それに、その天使の様な笑顔を向けてくれるなら、例えどんな苦難でも苦にもならんさ。


 しかし、本当にベタベタと引っ付く。

 街に仕事をしに行って、少しは大人びたと思っていたんだがな。

 まったく、プリシラはいつまでも子供だな。


 「それで?荷物を何処に取りに行くんだ?」

 「えっとね。村の入り口まで運べって命令してあるんだけど」


 命令?

 命令って、どうゆう意味だ?

 あ。

 もしかしたら、仕事仲間か?

 この短期間で出世して、部下が出来たのかもしれんな。

 妹にとっては部下かもしれんが、ここはキチンと挨拶しといた方がいいかもしれない。


 しかしカイルは、一つ懸念していた。


 プリシラが到着してから結構時間が経っている。

 そして忘れていたような言動。


 「もしかして、ずっと待たせる形になっているのか?」

 「うん!今まで忘れていたから!」


 なんでそんなに明るく話すんだよ!

 相手は、ずっと待ってるんだろ?

 いくら部下だとしても、可哀想過ぎるだろ!


 『もう、あんな人にはついていけません!』なんて、嫌われたらどうするんだ!?

 お前は、まだ分かっていないのかも知れないが、仕事仲間との信頼関係って大事なんだぞ!

 こうしちゃおれん!

 早く行かなければ!


 「早く行くぞ!急がないと!」

 「急がなくても大丈夫だよ!あいつは私に逆らえないんだから」


 パワハラ発言出たぁ!

 全然大丈夫じゃないぞ、妹よ!

 一番上司にしたくないタイプを、地で行ってどうする!

 どんな勤め先なのか知らないが、そこで嫌われてしまうぞ?

 プリシラには後で言い聞かすとして、今は俺が謝罪をして、少しでも印象を良くするしかない!


 カイルは変な使命感を帯びた。


 「大丈夫じゃない!行くぞ!」


 俺は玄関の扉を開けた。

 しかし妹が動く気配がない。

 何をしているんだ?と振り向く。


 「お兄ちゃんと、手を繋いで行きたい、な?」


 そう言って瞳を麗し、片手を差し出していた。


 バカヤロウ!!

 そんな場合じゃないだろう!

 時間が経てば経つほど、相手の印象が悪くなるんだぞ!?


 俺は急ぐために、プリシラをお姫様抱っこした。


 「えぇ!?お兄ちゃん!?あぁ、お兄ちゃ〜ん」


 プリシラは驚いていたが、抱かれるやいなや俺の首に手を回し、鎖骨辺りに顔をやり頬擦りしだした。


 少々くすぐったいが、そうしてくれた方が安定して走りやすい。

 さすが俺の妹。

 動きやすいように、ちゃんと考えてくれているんだな。


 落とさないように、しっかりホールドする。


 「よし、行くぞ!」


 俺はプリシラを抱えて家を飛び出した。


 今日はどの家庭からも、肉料理の香りが漂って来ている。

 ティナの家からも、美味しそうな匂いが漏れてきていた。

 おそらく煮込み系の料理だ。


 それは置いといて、明日は妹の代わりに、ティナへ謝らないとな。

 今日は悪いことをした。


 そんな俺の気持ちも知らず、妹は俺の体に頭を擦り付け、恍惚の表情をしている。

 ネコみたいだな。

 まったく。

 だがプリシラのお陰で、村人皆んながご馳走を堪能できているんだ。

 そこには、感謝しないとだな。


 さて、着く前に確認しないと。


 「プリシラ」

 「なぁに?」

 「待たせている人は、どんな人だ?」

 「ゴツゴツしたオジサン」


 オジサン!?

 俺より年上を待たしとんのかい!

 そうなると困ったな。

 年下の子だと、ある程度快く受け入れてくれるだろうが、年上となると、若輩者が謝った所で、許してくれるだろうか。


 ハァ。


 もはや現在進行形だからな。

 難しいかもしれないが、丁重に謝るしかない、か。


 謝罪へ挑むにあたって、事前にプリシラへ釘を指す。


 「お前は余計な事を、口挟まない様にな?」

 「なんで?」

 「いいから!」

 「は〜い」


 そうだ、それでいい。

 お前の為に、俺が丸く納めてやるからな。


 そう決意した所で、門前に佇む人影が見え始めた。

 プリシラが『ゴツゴツ』と表現していた意味も分かり始める。

 シルエットを見るに、ガタイの良さが遠目でも確認出来たからだ。


 生唾を一飲みするカイル。


 妹の将来の為にも、俺は、俺は!

 絶対に、この難局を乗り切って見せる!


 気負って目元が鋭くなる。


 いざ、まいる!

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