第6話
「ところで、あの猪はどうするんだ?」
俺は猪の指差した。
しかしデカいな。
一体何キロあるだ、アレ。
明らかにプリシラよりデカイ猪。
どう考えても、重さが100キロ以上の大物が二頭、地面に横たわっている。
あんな巨体なのに、ボッコボコじゃないか。
猪の体に満遍なく、拳がめり込んだ跡が残っている。
プリシラ本来の力なら、一撃で致命傷を与えられるはずなのに。
おそらくだが、『暴虐』の嗜虐性が顔を出し、痛めつけるのを楽しんだのだろう。
『暴虐』に出会したのが不運。
そう思うしかない。
妹から一方的にやられたであろう獣に、俺は少し同情した。
プリシラはカイルの顔を見上げ、意気揚々と報告する。
「皆んなで、お肉食べようと思って持ってきたんだよ?プリ、偉い?」
褒めて欲しいのか、甘えるように言う彼女の頭を撫でる。
「あぁ、偉いよ。お肉なんて中々食べられないからな。ありがとうな、プリシラ」
「えへっ!お兄ちゃんに褒められた!褒められた!」
プリシラは上機嫌だ。
この手土産、といっていいのか迷うが、狩ってきてくれた食用肉は素直に嬉しい。
ラクラス村でも家畜は飼っているのだが、特別な日にしか、お肉は食卓に出てこない。
飼育数が少ないからな。
仕方のない事だ。
一応、村の周りには自然の獣も居るには居るんだが、狩猟に向いたスキルを持つ者が、俺くらいしかいない。
しかしながら俺は、ティナの為に村から遠くに行ったりはできないから、狩りをするのが難しい。
だからこそ、この猪は貴重だ。
これだけ大物となると、捌くのに時間がかかるだろうな。
食卓に出てくるのは夕飯かな。
それにしても、ウチの家族だけでは食べ切れる量じゃないな。
そう思ったのはカイルだけではなく、父ベイルも同様だった。
「プリシラ。たくさんあるから、村の皆んなに分けてあげてもいいかい?」
「いいよ!お父さんに任せる!」
「ありがとう。良い子だ」
「えへ!」
父にも褒められて、プリシラは更に嬉しそうに笑う。
「カイル!ちょっと手伝ってくれ」
「あぁ」
父に呼ばれ、猪を運ぼうと近づく。
大きいからな。
大人二人がかりで、一頭ずつ動かすのが限界だろう。
しかしプリシラが先に駆け寄り、引きずってきた時と同様に、猪の頭部をガシッと鷲掴んだ。
「いいよ、お父さん!私が運ぶから」
「いいのかい?」
「いいよ!どこまで持って行くの?」
「そうだね、中央の広場まで頼めるかい?」
「は〜い」
返事をすると、大して気負うわけでもなく、ごく当たり前のように引き摺り始めた。
ズルズルズルズル。
プリシラは感情を読み取れないほど、真顔で運んでいる。
これ程シュールな画があるだろうか。
自分の背丈より大きい猪を、華奢な女の子が引き摺る。
二頭もだぞ?
それもまったく重そうに感じさせず、自然に運んでいる。
手伝いたい所だが、俺一人じゃ一頭も運べないだろうな。
妹の横について話をする。
「今回は、いつまでお休みなんだ?」
「えっとね。明後日には仕事に戻らないといけないから、明日のお昼くらいまでかなぁ?」
今回も滞在時間は短いようだ。
仕事を始めた当初は、丸々二日とか三日くらいお休みを貰えていた。
しかし最近は、短い事が多い。
「忙しいんだな」
「そうみたい!あ、お兄ちゃん、今日は一緒に寝てくれる?」
「またか?まぁ、構わないが」
「やったねぇ!えへへっ!」
まったく、プリシラは相変わらず甘えん坊だな。
何かと俺に引っ付き回る。
世の中の妹とは、そういうもんなんだろうか。
まぁ、プリシラの希望は聞いてやらなきゃな。
ウチの大黒柱だし。
俺の家族で、お金を稼いでいるのはプリシラだけだ。
ラクラス村では自給自足の生活が成り立っているから、特段、働いて稼ぐ必要性はない。
だが、プリシラはお金を貯めたいらしく、自らの意思で働きに出た。
どんな仕事内容なのかは、俺も詳しく知らない。
ただ、騎士団の熱烈なスカウトを受けたのだから、変な仕事ではないだろう。
今でも、あの時の事を鮮明に思い出せる。
ラクラス村の近くを通った騎士団がいた。
そこに偶々、機嫌が悪くてスキルを発動していた妹が通りかかってしまい、彼らをボコボコの、メタメタの、ギッタギタにしてしまったらしい。
そのボコボコにされた騎士団の団長さんが、妹を崇拝する様に気に入ってしまい、連日部下を連れてスカウトに来るようになってな。
その度にティナの『絶対人質』が発動して、俺が何とか対処するって事が続いた。
あの時期は本当に辛かったな。
フルプレートの鎧を着た相手だと、気絶させるために、めちゃくちゃ時間がかかって、かかって、かかってな!
一週間程で、俺はやつれてしまったっけな。
そんな俺を見かねて、プリシラはスカウトの話しに乗ったんだ。
やっと解放されると、俺は内心喜んでいたが、妹には申し訳なく思った。
今では望んで仕事をしているみたいだが、最初の頃は嫌々だったと思う。
本当は行きたくない、離れるのは嫌って言ってたし。
そんなだから、休みの日に帰ってきた時くらいは、わがままを聞いてやらないとな。
猪を捌く為、村の広場まで進む。
両親は捌く道具を借りに、村長の家に向かった。
俺とプリシラは、仲良く肩を並べて歩き続ける。
そして、ズルズルと引き摺る猪はよく目立ち、村人は歓喜の声を上げた。
「うわぁ!凄い!大きい猪だなぁ!」
「あんな大きいの、見たことないよ!」
「すっげぇ!」
しかし、引き回すのがプリシラだと気付くと、皆歓喜の声を潜めて視線をずらした。
何故ならプリシラが、彼らを鋭い眼光で睨みつけるからだ。
そして小さく聞こえない様に呟く。
「黙れ、豚共」
えっ?
今、豚共って言った?
聞き間違いか?
「プリシラ?今、何か言ったか?」
「うん?何も言ってないよ!お兄ぃちゃん?」
「そうだよな。空耳か」
そんな事、言わないよな。
こんな可愛い妹が、そんな事言う訳ない。
見てみろ、天使の様な笑顔だ。
疑った俺が悪い。
「この辺りでいいか」
村の中央に位置する広場に辿り着く。
肉を切り分けた時に、皆の家に運ぶなら、ここらが妥当だろう。
「プリシラ、運んでくれてありがとう。助かったよ」
「うん!」
「手、また血塗れになっちゃったな。手を洗う時に、コレ使えよ」
俺は、いつも使ってるタオルを差し出した。
いつもって言ったが、毎日洗ってるやつだからな?
まぁ、使用感は物凄いある一品だが、家族だし、問題ないだろう。
「うわぁ、いいの?貰ってもいい?」
貰う?
どういう意味だ?
もしかして、こういうタオル的な物を、一枚も持ってないんだろうか。
お金を稼いでいるんだから、それで買えばいいのに。
あ、そうか。
節約しているのか?
普段から、無駄なお金を使わないようにしているのかもしれん。
くっ!
なんて健気な妹なんだ!
思わず涙が出そうになるカイル。
「あぁ、これで良いならあげるよ」
「やったぁ!大切にする!」
「大切?大袈裟だな」
「そんな事ないよ?えへへ!それじゃあ、ちょっと手を洗ってくるねぇ!」
「あぁ」
パタパタと水場に走っていく妹。
赤いドレスがユラユラ揺れて可愛らしい。
しかしその服は、農村には少し似合わないようなら気がしないでもない。
周りの大自然に溶け込まない気がする。
まぁ、俺はドレスを着ている女性が好きだがら、別に何の問題もないがな!
「カイル〜」
カイルが服装の好みを暴露したところで、背後からティナの声が聞こえる。
振り向くと、ティナがこちらに向けて走って来ていた。
「うわぁ!これね〜?大きい猪だね〜!」
近くに来るなり、猪を見て驚きを見せる。
どうやら猪を見に来たようだ。
「どうしたんだ?」
「ベイルさんに聞いたの〜。大きい猪がいるって!」
「あぁ、父さんが」
何処かで会ったんだな。
その時、猪がビクッと動いた。
死後の筋肉収縮の類なので、生きている訳では無いのだが、知る由もない二人は驚く。
「ヒャァ!」
「生きているのか!?」
俺は剣を抜いて構えた。
暫く様子をみたが、動く気配が無い。
剣を鞘に収める。
「生きているの?」
ティナは俺の背後にピタッとくっつき、恐る恐る猪を覗いた。
「いや、死んでいる。大丈夫だろう」
ティナを安心させるために落ち着いた口調で話す。
「そっか〜!ビックリしたなぁ」
「ハハッ。そうだな」
そんな談笑をしていると、赤い影が迫る。
「お兄ちゃんに、触るなぁぁ!」
「ふぇぇ?プリシラちゃん!?」
不快感をあらわにした表情で、プリシラは一直線に突撃してくる。
そうだった!
プリシラとティナは、仲が悪かったんだった!
妹を止めないと!
「プリシラ!止まれぇ!」
「お兄ちゃん!?」
全身を使い妹の進路を塞ぎ、確保する為に抱いて受け止めた。
「あぁ、お兄ちゃん!もっとギュッてして!」
そんなの言われなくても、踏ん張る為に力入れなきゃ耐えられねぇよ!!
地面に足がめり込んでいく。
もってくれぇ!
俺の体ぁぁ!
歯を食いしばり、なんとか受けきる。
その後の砂埃混じりの衝撃波に、ティナは吹き飛ばされ転んだ。
「いった〜」
声のトーンからすると、大丈夫そうだな。
「大丈夫か?ティナ」
「うん」
「良かった、何処か痛むか?」
そんな会話にプリシラが割って入る。
「ちょっとお兄ちゃん!そんな人より、私を見て!」
俺がティナに関わると、プリシラは不機嫌になる。
原因は分からないが、今回は転ばせてしまったのだから謝らせるべきだ。
「何言っているだ。プリシラ、ティナにきちんと謝るんだ」
「えぇ?なんで私が」
不服そうなプリシラ。
しかしカイルは引かない。
「プリシラ!」
「お兄ちゃん、怒ってるの?」
「プリシラ!」
「怒らないでよぉ」
ツンツンしていたが、しおらしくなったのでホールドを解く。
ティナは何が起きるか予想できていたので、今すぐ逃げ出したかったが、場の雰囲気に呑まれて動けないでいた。
そんな彼女の前に、プリシラが立つ。
「なんで私が、この女に謝らなければいけないのよ」
「プリシラ!」
「もぉぉ!」
納得のいっていない妹を一喝し、俺は謝罪を促した。
だが、その判断は間違いだったと、後で後悔する事になる。
『なんで私が』とブツブツつぶやいた後、渋々ながら頭を下げる。
「ごめん、なさい」
それを受けて、ティナは手振りをつけながら、「私は大丈夫。ちょっと転んじゃっただけだから、心配しないで?」と言った。
「心配?」
ティナの言葉に、プリシラの目つきが変わる。
俺はこの時、妹の背後にいたから気がつかなかったんだ。
ティナ、ごめんな。
「お兄ちゃんを横取りする奴の心配なんて、するかぁ!!この!無駄乳お化けがぁぁ!!!」
プリシラは腕を思いっきり振りかぶって、ティナの豊満な胸を平手打ちした。
叩かれた勢いで、波打つ胸。
「いったぁ〜〜い!!」
「もう一発ぅぅ!!」
再度振りかぶった所で、俺は羽交い締めにして妹を止めた。
「あん!お兄ちゃん、背後からだなんて!」
「何を言ってるんだ!?ていうか何してんだ!」
「えへっ!」
天使の様な微笑みで誤魔化すプリシラ。
ティナは打たれた胸を押さえて泣き叫ぶ。
「うわ〜ん!おっぱいが痛い〜!ちぎれた〜!」
ちぎれた?
嘘だろう!?
いや、待て待て!
付いてる!
大丈夫だ、ティナ!
付いてるぞ!
「ちぎれてないぞ!ティナ!」
「あら?じゃあ、ちぎれるまで打ったげる!」
「んなっ!?」
必死の力で妹を止める。
「やめてぇ!プリシラちゃんなんか、大嫌い!」
「別に構わないわ!」
「うわ〜ん!」
「フン!」
ティナは胸を押さえて、泣きながら逃げていった。
後でこいつの代わりに、俺が謝らないとな。
まったく。
なんでティナの事を、こんなに目の敵にするんだろう。
とりあえず。
「プリシラ」
「なぁに?お兄ちゃん」
「後で、お説教だ」
「えぇ〜?」
ハァ。
先が思いやられる。
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