第5話

 俺の名はカイル。

 甘い物は好きだが、辛い物は苦手な、ラクラス村自警団のリーダーだ。


 今日は両親と共に、村の出入り口である門前で、ある人物を待っている。


 「父さん、母さん。今回も、しっかり頼むよ」

 「大丈夫だ。任せなさい」

 「わかったわ。でも毎度毎度、大袈裟過ぎない?」


 母親のカータが呑気な発言をする。


 「何言いだすんだ、母さん。きちんとやらないと、この村が滅んでしまうかもしれないんだぞ」


 俺の言葉に、両親は否定的だ。


 「あの子は、そんな悪い事しないわよ。ねぇ?貴方」

 「そうだなぁ。少し気難しい所はあるけど、そんな悪いこと、もうしないと思うよ?」


 ハァ。


 呑気な発言に、ため息が出る。


 まったく。

 この両親は何も分かってない。

 あんた達が『ちょっと二人で街に行ってくるわね』って出かけた時に、村が滅びかけた事を忘れているのか?

 まぁ、その原因を作った俺が言うのもなんだが。

 いや、別にアレは俺が悪いわけじゃない。


 まぁそれは置いといて、ほら見ろ。

 自警団の同僚ハッシュなんか、先程から震えているぞ。

 怖いよな。

 そりゃそうだ。

 ホント、申し訳なく思う。


 「ハッシュ、大丈夫か?」

 「うぇ!?」


 異常な反応を見せるハッシュ。


 全然大丈夫じゃないな。

 突然話しかけたのもあるだろうが、緊張しているんだろう。


 彼を安心させる為にも、話を続ける。


 「今日は俺の両親がいる。大事にはならないはずだ」

 「そ、そうなんですけど。分かっているんですけど。僕、あの子にボコボコにされて、崖から吊るされた事があるんで、めちゃめちゃ怖いんです!」


 何それ!?

 知らないんですけど!

 そんな酷い目に遭ってたのかコイツ。


 「知らなかった。すまん。代わりに謝っておく」

 「カイルさんに謝られてもーー。あわわわ!」


 ハッシュの表情が引きつっていく。


 来たか。


 ハッシュの視線の先を追う。

 その先の空に、雨雲のような黒い雲が不自然に存在している。

 今日は快晴のはずなのに、黒い雲は雷光を伴い近づいて来ているようだ。

 スキルが最大レベルで発動している可能性がある。


 そして、その元凶の姿が見え始める。

 暗雲の真下、真っ赤な衣装で身を包む、一人の華奢な女性。


 「ひ、ひぃぃい!」


 ハッシュは逃げ出した。

 崖に吊るされた恐怖を思い出したのだろうが、無関係にアレは怖いよな。


 「まぁ!お土産に、お肉を捕まえて来てくれるなんて!良い子だわぁ」

 「今日は御馳走が食べれるね?母さん」

 「えぇ!」


 無邪気に喜ぶ両親。


 近づいてくる女性は、血まみれの猪を鷲掴みにして、ズルズルと引きずっている。

 右手、左手合わせて二頭も。

 あんな見た目を晒したら、身内でなけれは逃げ出しても無理はない。


 そう。

 彼女こそ、『暴虐』スキルを持つ五歳下の我が妹。

 プリシラだ。


 真っ赤なドレスが良く似合う。

 フッ。

 あんなファッションを着こなすようになるとは。

 すっかり垢抜けて、街の人みたいだな。


 「コフー!コフー!」


 しかし呼吸が荒いな。

 興奮状態らしく、眼光も鋭い。

 いや、鋭すぎる。

 おそらく自我を失っているな。

 それでも、お土産を手放さないなんて、本当に家族想いの妹だ。


 「二頭も引きずってきたから、疲れたのかしら?息が荒いわね」

 「街から歩いてきたら、そりゃ疲れるさ。母さん」


 両親よ、ズレ過ぎだ。

 まったく、親バカフィルター通し過ぎて、プリシラの事をよく分かってないのか?

 あの状態は、スキルが最上級に発揮されている。

 近づく者は、見境なく酷い目に遭うだろう。

 あんな状態でラクラス村に入れば、甚大な被害となってしまう。


 「父さん、母さん。よろしく」

 「はいはい。じゃあ、お出迎えしてくるわね」


 そうして両親は、プリシラの元へ歩み出した。


 近づけば、見境なく酷い目にあって、危険じゃないのかって?

 その点は安心してくれ。

 あの二人のスキルなら、まったく問題ない。

 というか、あの二人にしか止められないだろう。


 母カータのスキル『慈愛』。

 どんな者でも優しく包み込み、精神を落ち着かせる事が出来る。

 まずそれを使い、ひとまずプリシラを落ち着かせる。


 そして父ベイルのスキル『汚れ落とし』。

 このスキルは、お掃除にだけ役立つ訳じゃない。

 心や精神にも、効果が発揮出来るのだ。

 邪悪な感情や思考を、ごっそり除去でき、善良な人間へと変えられる。

 その力を使い、プリシラの膨れ上がった暴虐

の感情を、一旦無に返すのだ。


 俺の両親しか出来ないコンボ。


 草食系のスキルを持つ両親から、何故『暴虐』のような、凶悪なスキルを持つ子供が生まれるのか不思議だったが、この両親だからこそ、妹は生まれてきたのだろう。

 そう思わざるを得ない。

 他の家庭では、プリシラの様な存在は、きっと扱いきれないだろう。


 「プリちゃん、おかえり!元気そうで良かったわ!」


 母の言葉に、妹の目つきが変わる。


 「あれ?お母さん?お母さんだ!お父さんも居る!」

 「ハハハッ!父さんも迎えに来たよ。プリシラ」

 「わぁい!会いたかったよぉ!」


 血まみれの猪を手放し、二人に駆け寄る妹。


 父に飛びつかんとした時に、『汚れ落とし』スキルが発動する。

 ベイルは手にしたハンカチで、プリシラの手についた血や汚れを拭き取る。

 ついでに、服についたホコリも取ってあげる。

 そしてハンカチに付いた汚れを、パンと叩き、作業は完了した。


 「ふぅ。綺麗になった!」


 この間、一秒にも満たない。

 そう、今の瞬間、父は光の速度を超えたのだ。


 バフッと父に抱きつく妹。


 「お父さん、ただいま!」

 「おかえり!お勤めご苦労様」

 「えへへっ!」


 頭を撫でられて、ご機嫌な様子。

 先程の興奮状態からは想像もできない程、にこやかな笑顔を見せる。

 これなら村に入れても大丈夫だな。


 「お帰り。プリシラ」

 「お兄ちゃん!」


 近づいていく俺に、妹は勢いよく走り抱きつく。


 「ぐ!」


 少し助走が長かった様で、衝撃が俺の体を突き抜ける。

 暴虐スキルの影響で、プリシラの身体能力はかなり高い。

 あらゆる残虐行為を実行するために、必須の副作用なのだろう。

 筋トレして鍛えてなかったら、四肢がバラバラになるところだぞ?


 兄として情けないところを見せたくない一心で、痛みを耐えて笑顔をみせる。


 「お兄ちゃん逢いたかったよぉ」

 「あぁ、俺も会いたかったぞ」

 「ホント!?」

 「あぁ」


 嬉しいのか、パァッと笑顔が輝く。

 そして俺の胸元に顔を埋める。

 まったく、妹って存在は可愛いな。


 「お兄ちゃん、大好き〜」


 家族だからな。

 好き嫌いで分けるなら、俺も同じ気持ちだ。


 「俺も好きだぞ」

 「えっ!?もぉ!お兄ちゃんったら!」


 プリシラは俺の胸板に顔を押し付ける。

 ぐっ!

 力が強いな!

 妹の頭が、俺の体にめり込みそうだ!


 胃から何かが込み上げてきてるが、耐え抜き冷静を装う。


 「落ち着け、プリシラ」

 「あ、ごめん!痛かった?」

 「いや、大丈夫だ」

 「良かったぁ」


 いや、痛えよ!

 めちゃくちゃ我慢してたわ!

 お前の頭が、背中から突き抜けると思ったわ!

 でも、兄だからな。

 あまり弱い所を見せたくない。

 そう、兄だからな!


 そんな兄妹を見る両親。


 「二人は仲が良いわね、貴方」

 「そうだね。家族が仲が良いと、幸せだよ」

 「私も幸せよ」

 「あぁ、これからもよろしくな?」

 「えぇ、私からもよろしくね」


 ウチの両親の愛情が深まった。

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