第4話
ギギギギ。
ゆっくりと開く扉に固唾を飲む。
ついに始まる。
儀式、いや。
俺の、萌え萌えタイムが!
姿を現したのは、乳飲み子を抱く夫婦一組。
乳飲み子は、腕の中で悪人ヅラをして、ティナを凝視して叫ぶ。
「ウニャウニャ!ウニャウニャウニャニャ!」
グハッ!
可愛い!!
クッ!
早速ダメージを負ってしまった。
俺のニヤけ耐久値減少が止まらない。
値がゼロになってしまったら、ニヤけ面をさらしてしまうぞ!
しっかりしろ、俺!
しっかし、ろくに喋ることが出来もしないのに、必死に何かを訴えるとは。
こんな小さな子まで影響してしまう『絶対人質』め!
ありがとう!
カイルはニヤけを必死に堪える。
そんな中、ジャスター夫婦は、我が子の行動に驚いていた。
「すごい効果ですね!だいぶ遠くても急変しましたよ」
「そうよね。こんなに活発に動く姿、初めて見たわ」
驚くのは当然だろうな。
首が座った程度の乳児が、あれほど意思を示すのだから。
見ろ。
届きもしないのに、必死に腕を伸ばしてバタバタしているぞ。
「あぅ!あぅ!あぅぅ!!」
グハァ!
短い腕が可愛いぞ!
今のは効いたぜ!
クッ!
俺をどうしたいんだ!
早くも陥落しそうだぞ!
防戦一方のカイルとは対象的に、ニーナは攻めに出る。
「あんまり長引かせると、赤ちゃんに負担がかかっちゃうわよね〜?ティナちゃん、早く終わらせてあげないと〜」
「そうだね!いいですか〜?」
そう言ってティナは、赤ちゃんを受け取る。
ナイスな展開だ。
早く終わらせてくれたら、俺のニヤけ耐久値も保つだろう。
今までの流れを見て、感づいた人も居るだろうか。
儀式とは、この村で赤ちゃんが産まれたら、ティナに面通しをして、絶対人質スキルの対象を終わらせる事なのだ。
幼い内に済ませた方が御し易いし、怪我を負わせる可能性が低い。
その利点を活かすために、首が座った赤子に挑ませる。
この村に住まう者としての通過儀礼。
成人の儀式ならぬ、『村人の儀式』だ!
ネーミングセンスがイマイチなのは分かっている。
何か良い名称があれば教えてくれ。
ティナに触ったおかげで、次の行動に移る赤子。
小さい手を使い、ティナの服の襟元を掴むと、こちらを睨み凄みだす。
「ウニャウニャウニャ!あっうぅ!」
会心の一撃!
カイルは三十パーセントの耐久値を削られた。
マジかよぉ!
手、小っちゃすぎだろ!
それになんだ?
つぶらな瞳を、こっちに向けんじゃねぇ!
確かに俺が助ける役割だが、それを分かっているのか!?
クッソォ!
口角がピクピクしてきたぁ!
しっかりしろ、俺!
決着を早めなければ負けてしまう。
カイルは表情をキリッと固め、ビシッと言った。
「おい!その娘を離せ」
「ウニャウニャ?あぅあぅ。あっうぅ」
赤子は何かを必死に訴える。
グハァ!
何て破壊力だ!
今の絶対『なんだ貴様。こいつは人質だ。離さんぞ』だろ?
そんなクリっとした目で見ないでくれ!
クッ!
強すぎる。
俺の耐久値よ、保ってくれ!
最早、顔面が痙攣しまくりのカイル。
歯の食いしばりをやめたら、確実にニヤけてしまうような状況だ。
そんな追い込まれた彼を救う女神が、俺の前に現る。
「いや〜ん!早く助けて〜ん」
間の抜けた言い方。
空間を弛緩させる絶大なる威力。
大根役者にも程があるな。
しかし助かった。
耐久値が尽きかけていたが、大幅に回復する事が出来た。
これなら最後までいける。
ありがとうティナ。
俺は玩具のガラガラを、赤子の前に構えた。
「悪いな、ここらで幕を引かせてもらおう」
「あぅあ?」
耐久値、十パーセントダウン。
「クッ!これをくらえ!必殺!ガラガラの舞!」
カイルは赤子の前で、ガラガラを揺らす。
一定のリズムで、視線から外れないように、左右にガラガラ、ガラガラ。
その動きに赤子は釘付けになった。
フッ、容易いな。
最早、目が虚になって来ているじゃないか。
ここまで来れば、勝利を宣言してもいい。
誰も俺の表情を崩すことなど、出来やしないのだ。
相手が悪かったな。
ゆっくり眠るといい。
四肢の力が抜け、夢の世界に誘われる赤子。
完全勝利の瞬間だった。
先程の悪人ヅラからは想像できないほど、安らかな寝顔を見せ、とても可愛い。
ふぅ。
今回は危ない場面が多々あったな。
なかなかの強敵だった。
しかしなんだ?
ティナの様子がおかしい。
ティナは赤子と俺を、交互に見ている。
「どうかしたのか?ティナ」
「ううん!何でもないよ」
幼なじみとして、長い年月そばにいたカイルは、ティナに違和感を感じてしまう。
何でもない訳ない。
間延びした口調でもないし、頬が少し赤みがかっている。
体調が悪いのか?
「何処か具合が悪いのか?」
「ううん。大丈夫だよ〜」
「そうか」
何か違和感を感じるが、口調が戻ってる。
気にしすぎか?
「終わりましたか?」
心配そうに眺めていたジャスター夫婦が、儀式が終了したかどうか問いかける。
ティナに感じた違和感は、一旦置いておく事にした。
「えぇ、終わりましたよ」
「お疲れ様でした〜!赤ちゃん返しますね〜」
ティナは夫婦に赤子を渡す。
「あんな顔になるなんて。女の子なのに表情が戻らなかったら、どうしようかと思いましたよ」
耐久値が五十パーセント下がりました。
女の子だったんかよぉ!
髪が薄いから男の子だと思ってたわ!
もう二度と、あんな凶悪な表情を見る事は無いだろうな。
ハァ。
めっちゃ萌える。
「カイル君、大丈夫ですか?」
フリーズしていた俺を心配して、赤子の母親が声をかける。
そりゃそうだよな。
急に動かなくなったら心配するよな。
「問題ないです。無事終わって、一安心していたんです」
「そうだったの。手伝ってくれて、ありがとうね」
「いえ、役目ですから」
「フフッ。良い旦那さんになるわね」
サラッと笑顔で旦那発言するな!
どう答えたらいいんだよ。
困ったな、どうしよう。
返答を考えていると、ティナと視線が合う。
ティナは直ぐ様視線をそらし、顔を赤くしながらモジモジしだした。
その姿を見て、俺の顔面の体温が上がりだす。
なんだ?
なぜか俺も気恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
というか、心臓の音、凄くないか!?
バックバクしてやがる!
うわぁ、たぶんこれ、顔が赤くなってるぞ。
そんな二人を見て、赤子の母親とニーナが話し合う。
「あらあら、何の問題もないわね」
「そうでしょ〜?嫁ぎ先が決まってるから、一安心なのよ〜」
「良かったですね。それじゃあ、私達はこれで」
「は〜い。今日は、ありがとうございました〜」
ジャスター夫婦は帰って行った。
いつまでも赤面していても仕方ない。
それじゃあ俺も、そろそろ帰ろうか。
ん。
儀式が終わったと思ったら、なんかドッと疲れが出て来たな。
気疲れだろうか。
そんな疲労を感じつつ、玄関のドアノブを回す。
「俺も帰るよ」
「カイルちゃんも、ありがとうね〜」
「いえ」
ニーナさんの間延びした見送り言葉を受けて、ティナの家の玄関をくぐる。
そんなカイルの後を、ティナは追う。
近づいてきた彼女に、カイルは気遣いを見せた。
「疲れたか?ティナ」
「ううん。私は平気だよ」
「そうか」
ティナはカイルと目を合わせようとしなかった。
何故か俯き、前髪が表情を隠している。
カイルは感情を読み取ることが出来ないでいた。
「どうした?」
「何でもないよ」
「そうか」
絶対、何かあるだろう。
いつもの感じがしないし、どことなくぎこちない。
しかし、言わないなら聞くべきでも無いか?
たが、この無言の間がキツイな。
何か話さないと。
「そういえば、赤ん坊、可愛かったな」
「うん」
再び無言の空間が流れる。
何か言ってくれよ!
むぅぅ。
どうしたんだティナ?
様子がおかしいが、良くわからん。
こうしていても変化はなさそう。
そう思い、ティナから離れる。
「それじゃあ、な?」
「うん」
ティナは俯いたままだったが、俺を見送った。
何だったんだろうな。
あの赤ちゃんが関係していると思うんだが。
考えても分からないので、そのまま歩く。
ふと気づくと、俺の家の玄関で、両親が待ち構えているのが見えた。
ニコニコしながら、浮かれているようだ。
どんな感じだったのか、土産話が聞きたいのだろうな。
特段変わった事はなかったが、話を聞かせてやるか。
俺がそんな事を思いつつ、両親の元に辿り着こうとした時、ティナの大声が俺を呼んだ。
「カイル〜〜!」
振り向きティナを見る。
「どうした?そんな大声で呼ばなくても、聞こえてるぞ」
「カイル。今日は、ありがとう。私、赤ちゃんを抱いて思ったの」
「うん?」
ようやく話す気になったか。
それで、何を思ったんだ?
普段の間延びした口調ではないし、真剣な顔つきをしている事から、真面目な話だと予測する。
俺の知らないところで、何か起きていたのか?
それとも違う何か。
分からんから聞くしかないな。
どんな内容が飛び出してきても良いように、グッと身構える。
そんなカイルに、ティナは赤ん坊を抱く仕草をしながら言った。
「赤ちゃん、可愛いなって」
「あ、あぁ。そうだな」
何を言い出すかと思ったら、そんな事か。
身構えて損したな。
しかし、改まっていう事なのか?
「だから」
ん?
まだ続きがあるのか。
「私とカイルの赤ちゃんも、きっと可愛いなって!」
「ブハッ!」
赤面と同時に噴き出すカイル。
大声で、何言いだすんだコイツ!
お、お前、俺の両親が観てるんだぞ!?
チラッと玄関にいる両親を見る。
案の定、ニヤニヤが止まらない様子だ。
めっちゃ見てるじゃないか!
あわわわ!
どうすんだ、この状況!
「だからね」
まだ続きがあんのかよ!
これ以上恥ずかしめて、どうするつもりだぁ!
世の中には、それを喜ぶ奴も居るらしいが、俺は違うんだぞ、ティナ!
そんな魂の叫びを知らないティナは、ハキハキとした大声で、こう言った。
「私頑張って、カイルの赤ちゃん産むからね!」
「両親の前で、そんな事報告するなぁぁぁ!!」
二十年の人生の中で受けた、恥辱の最上級を受けた俺は、赤面魔人と化して逃げた。
俺だって思う。
ティナと俺の子供なら可愛いに決まっている。
男の子なら『リッシュ』、女の子なら『マリル』という名前にしたい。
どちらかと言うと、六対四の割合で、女の子希望だ。
でもお嫁に出すときは、きっと泣いてしまうんだろうな。
それでも俺は、マリルが幸せになるなら、喜んで送り出すよ。
そう。
それが親の務めだ。
マリル、幸せにな。
って、妄想し過ぎだ!
これも全部、ティナのせいなんだからな!
ティナの考えなしぃぃぃ!
人生の中で、最高速度を叩き出すカイルを追いかけるティナ。
「待ってよカイル〜!」
その背中を見ていたカイルの両親は、肩を寄せ合う。
「孫が早く見たいね、母さん」
「フフッ、そうね!楽しみだわ。きっと私に似てるわよ?」
「いや、僕に似るさ。男の子ならハンサムになるぞ?」
「そうだといいわ、ね?」
二人は幸せそうに眺めていた。
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