第3話

 俺の名はカイル。

 二十歳の長男だ。


 今日の俺は、この村独特の儀式を手伝う為に、自警団の仕事を休んでいる。

 恐らく他の村や街では行われない、特殊な儀式だろう。

 そう、俺の許嫁『ティナ』関連なのだから。


 「おはようカイル」

 「おはよう、母さん」


 身支度を済ませて、自室を出た所で母親のカータに出会す。


 「今日は、ティナちゃんをしっかり守ってあげてね?」

 「あぁ、わかってるよ」

 「頑張ってね」


 全てを包み込む、慈母の様な笑顔。

 スキル由来のものだが、母親なのだから無関係に俺を和ませる。

 母のスキルは『慈愛』。

 相手がどんな精神状態でも、優しく包み込み、気分を落ち着かせる。

 あんまり役に立ちそうに無いスキルだが、我が家では必須の能力だ。

 それはまた、別の機会に説明しよう。


 「それじゃあ、行ってくる」

 「しっかりね!」


 母親の見送りを受け、玄関のドアノブに手をかけた。


 「おい、カイル!忘れ物だぞ?」


 父親のベイルだ。

 手に赤ん坊をあやす、玩具のガラガラを持っている。

 早く行きたくて、うっかり忘れていた。


 「すまない父さん。助かったよ」


 危ない所だった。

 これが無ければ、儀式で苦労していただろう。


 「将来の義父として、当然のことをしたまでよ!」


 マジかよ。

 もう義父としての自負が芽生えているのか。

 というか、キメ顔でグーサインするな!

 大体、俺はそれに、どう応えたらいいんだよ!

 『早く孫の顔を見せれたらいいな』とでも言わなければならないのか?

 いやいやいや!そんなの恥ずかしくて言えるか!

 父よ、頼むから息子を困らせないでくれ。


 「あ、あぁ。それじゃあ、行ってくる」

 「おう!しっかりな!」


 顔を引きつらせながら、俺は家を出た。


 持ってきた玩具のガラガラを見る。

 汚れが一つもなく、ピカピカに輝いている。

 所々に付いた小傷が無ければ、新品と言っても疑われないほどの綺麗さだ。


 「父さん、さすがだな」


 この異常なまでに磨き上げられた要因は、父ベイルのスキルだ。

 強力無比な家事向きスキル『汚れ落とし』。

 どんな汚れでも確実に落とし、シミすら許さない至高のスキル。

 おかげで我が家は、父親によって常時磨き上げられ、側から見たら新築物件の様だ。

 本当は築二十年以上で、ただの木造平家建てなんだがな。

 まぁ、綺麗なのはいい事だ。

 住んでいて気持ちがいいし、豊かな暮らしを感じさせる。

 って、話が脱線しすぎた。

 要は、父ベイルのスキルは戦闘にこそ役に立たないが、我が家に必要という事だ。

 これとは別の意味でもな。


 「さて、ティナの家に行くか」


 儀式はティナの家で行われる。

 張り切って『行くか』なんて言ったが、ティナの家は我が家の隣。

 いわゆる『お隣さん』ってやつだ。

 ティナの家は俺の家と同じくらいの大きさだ。

 ティナの母親ニーナさんのスキルで、膨大な富があるはずなのに、『この村に豪華な建物は似合わないでしょ〜?』と、俺にはよく分からない理由で、質素な家で生活をしている。

 まぁ、もしお隣が豪邸だったら、俺とティナは仲良くなる事が無かっただろうな。

 気軽に遊びに行く様な事も出来なかったと思うし、今考えると、ありがたかったのかもしれん。


 そんな環境と、元々親同士が仲が良かったのもあって、ティナとは幼なじみとして育ってきた。

 歳も近かったから、良く遊んでいたんだが、今では許嫁として話が纏まっている。

 いや、まぁ俺は構わないんだ。

 ティナの事、好きだし。

 ただ、アイツの相手が本当に俺でいいのか、それだけが気にかかる所だ。


 そうこうしている内に、ティナ家の玄関に着く。


 少し緊張するな。

 何度も尋ねているが、ティナが許嫁になってから、何となくだが気恥ずかしい。

 好きな異性の家に行くんだから、当然なのかもしれない。


 しかし今日は、大事な儀式の日だ。

 気を引き締めねば。


 トントンと軽くノックし、木造りのドアを開ける。


 「おはよう!カイル〜」


 扉を開けてすぐ、間延びした声で出迎えられる。

 緊張感のない、隙だらけの雰囲気。

 彼女の声には不思議な力でもあるんじゃないか?

 例え殺伐とした場でも、一瞬で空気が弛緩するだろうな。

 あぁ、落ち着く。


 「あら〜?カイル君おはようね〜」


 ティナと同様、間延びした話し方。

 声の主は、おっとりとした雰囲気の美人だ。

 彼女がティナの母親ニーナ。

 ティナの話し方は、母親の影響が強いようだ。

 まぁ親子だから、当然なのかもしれない。


 「おはようございます、ニーナさん。今日は、しっかりサポートします」

 「お願いね〜」


 あぁ、和む。

 親子が揃うと、相乗効果で二倍だ。

 おっと、油断するな。

 ニーナさんの期待に応える為、しっかりしないと。


 気を引き締め直し、部屋の中を見る。


 そういえば、ティナの父親ガイナスの姿が見えないな。

 あの人は筋骨隆々だから良く目立つんだが、何処かに出掛けたか?


 「あの、ガイナスさんは、どうしたんですか?」

 「お父さんなら、街に行ったよ〜」

 「街に?」

 「そう。お母さんが〜、ちょっと失敗しちゃったの」


 失敗?


 ニーナさんの方を見ると、照れ臭そうに下を向いている。

 テヘヘと恥ずかしそうに笑いながら、内容を話し出す。


 「今日の朝ね〜?畑でつまづいて、転んじゃったのよ〜。その時、土に触ってしまってね〜?たくさん実ってしまったの〜」


 おっちょこちょいで、ただ転んだだけに聞こえるが、大変な事なのだ。

 ニーナさんのスキルは『豊穣』。

 あらゆる作物を、実り豊かに育てることができる。

 それ故に、この村の野菜や果物は、全てニーナさんのスキルで賄われているほど。

 それぐらい『豊穣』スキルの効果は凄まじいのだ。


 効果の発動条件は、畑の土を触るだけ。

 触った途端、畑全体に効果が波及し、植えられた作物全てが、瞬時に収穫できるほど成長してしまう。

 極端な話、撒いたばかりの種が、一瞬で完熟までいってしまうのだ。


 「それで街に売りに行ったんですね」

 「そうなの〜」


 ガイナスさんが居ないのは、そうゆうことか。

 大して驚くようなことでも無かったな。


 なんでかって?


 こんな事が、しょっちゅう起きているからだ。

 ニーナさんは良く転ぶ。

 おそらく足元を見ずに、呑気に歩いているからだ。

 その度に畑がとんでもない事になり、腐らすわけにもいかないから収穫し、街へ売りに行ってるからな。

 ガイナスさん位の屈強な男でなければ、ニーナさんのパートナーは務まらないだろう。


 まぁガイナスさんが居なくても、今回は何の問題もない。

 しっかりと俺が努めさせていただく。


 壁に掛かる時計を、チラリと見るカイル。


 「そろそろ時間ですね。ティナ、準備はいいか?」

 「大丈夫だよ〜!しっかり守ってね?」

 「あぁ、任せろ」


 そして玄関の扉が開くのを待った。

 すると、微かに荒ぶる声が聞こえてきた。

 ウニャウニャと喚き散らしている。

 何と言っているのか分からないが、恐らくこうだろう。

 『人質を寄越せ!』とな。


 フッ。


 しかしお前の目論見は、俺が看破してやる。

 どれだけ暴れようとも、貴様の思うようにはならない。

 俺の手には、この!玩具の!ガラガラがあるのだからな!


 光り輝くガラガラを構え、気持ちを引き締める。


 トントントン。


 玄関の扉を叩く音。


 「どうぞ〜。準備は出来てますわ〜」


 ニーナさんの間の抜けた応答を合図に、儀式は始まる。


 さぁ、勝負と行こうじゃないか!

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