第2話
俺はカイル。
ラクラス村で、自衛団のリーダーをしている。
今日は村に訪れる者がいないから、村外に出てパトロールをしている。
この村は大自然にポツンと存在するため、とても空気が美味しい。
天気も良いし、こうして歩いていると、すごく和む。
あぁ、今日も平和だな。
そんな風に思っていたのに、まったく。
なんでこんな事になっているんだ。
「うぇ〜ん。離して〜!」
「静かにしないか!」
ティナが筋肉モリモリの男の肩に担がれ、いつもの様に尻を平手打ちされている。
「いた〜い!お尻ぶたれた〜」
彼女は無様に泣き散らし、間抜けな声が森に響き渡る。
ハァ。
何で村の外に出ているんだ?
危ないから一人で出るなと、いつも言っているのに。
それに、今日は『お母さんに料理を教えて貰うんだ〜!』って、はしゃいでいたじゃないか。
益々ここに居る理由が分からない。
そんな俺の考えをよそに、時間は進んでいく。
「親方!どうしたんですか!?」
「やめましょうよ!その子が何したって言うんですか?」
ティナを人質に取る人物と同じく、筋肉モリモリの二人が、『親方』と呼ぶ存在を説得をしている。
「近寄るじゃねぇ!こいつは俺の人質なんだ!」
しかし、手にした斧を振り回して、二人を近寄らせようとしない。
「斧。そして親方か」
その二つの情報で思い出す。
そういえば、門番をしているハッシュが言っていたな。
『今日は木こりを雇って、薪を調達するみたいですよ。村長が言ってましたけど、もし見かけたら愛想良くしなさいと、カイルに伝えて下さい、と』
恐らくあの三人が、雇った木こりだな。
しかし失礼な話だ。
今思い出しても、少し腹立たしい。
何がって?
まるで俺が、無愛想みたいに言うじゃないかって事だ。
そりゃ村一番の賑やかし、リッキーに比べたら大人しいし、感情豊かではないだろう。
だが、俺は一般的に普通だと思うぞ?
考えを脱線させていると、親方達に動きがあった。
「人質を奪おうってんなら、お前ら、ぶった斬ってやるぞ!」
「わ、わかった。近づかないから落ち着ついてくれ!」
斧を振りかざされ、木こり達に緊張感が走る。
おっと、そうだった。
今はそんな事を考えている場合ではない。
早く解決しないと、怪我人が出てしまうな。
しかし三人か。
面倒だな。
「すまない、迷惑をかけた。後は俺が引き受ける」
背後から声をかけ、木こりの二人は振り向いた。
「うん?アンタ誰だい?」
「この村の自警団の一人、カイルと言う者だ」
「この村の人かい。どういうわけか、親方が別人の様になってしまったんだ。何かわかりますか?」
訳がわからず動揺する木こりは、希望に縋るように聞いてきた。
狼狽える彼らを安心させるため、落ち着いた口調で伝える。
「あぁ、任せてくれ。元に戻る方法は知っている」
「そうか!頼んだよ」
「あぁ」
解決方法を知る人物の登場に、木こり達の表情から、少しだけ緊張が解ける。
そしてカイルの後方に移動した。
とりあえずこれで、大怪我をする可能性が減ったな。
しかし三回連続か。
気が滅入る。
今回は、この場に三人の初顔がいる。
つまり三回のやりとりが必然となってしまう。
しかしここで、カイルは閃く。
「そうだ!」
思わず声に出してしまったが、良い事を閃いた!
あの二人を遠ざけたら、一回で済むんじゃないか?
もしそれでいけるなら、今後も使えるぞ?
ヤバい!
俺って閃きの天才かもしれん!
早速行動に移すカイル。
「あの、一ついいか?」
「なんだい?カイルさん」
俺は三十メートル離れた木を指差した。
「少し離れててくれないか?あそこの大きな木の所まで」
「わかった、そうしよう」
素直に応じてくれ、二人は離れていく。
よし、作戦成功だ!
これでスキルが伝染する事がないぞ!
何で今まで気がつかなかったんだ、俺は!
今まで必ず、全員がかかるまで終わらないという固定観念が強すぎたんだ。
フッ。
まぁいい。
さぁ、救出と行こうか!
意気揚々と進む俺に、ティナが気付く。
「カイル〜!たすけて〜!」
「静かにしないかっ!」
間延びした声に反応されて、再びお尻を叩かれるティナ。
「いた〜い!うわ〜ん、またぶたれた〜」
お尻を摩り、痛がる彼女。
『絶対人質』スキルの対象者になってしまった人は、彼女のお尻を平手打ちしたくなるそうだ。
ただ、何の意味もなくするのは気が引けるらしく、彼女の行動に難癖をつけてやるらしい。
大体は黙らせる口実に実行だな。
などと真面目に解説してみたが、どんなスキルだよ!
『お尻に平手打ちをしたくなるそうだ』って自分で言っててバカバカしいわ!
まったく。
まぁいい。
さっさと片付けるか。
キッと親方を睨みつけ言い放つ。
「おい、その娘を離せ」
「なんだ貴様?こいつは人質だ。離さんぞ!」
お決まりのパターンが決まったが、ガタイの良い人間が言うと迫力があるな。
手にした斧も、良い雰囲気を醸し出しているし、スキルの影響を受けた表情が相まって、最早悪役にしか見えない。
しかし素人だな。
武器を手にしているが、隙だらけだ。
木こりなのだから、戦闘経験など無いのだから当然なのだが。
「終わった後は覚えていないだろうが、一応伝えておく。多少痛いだろうが、我慢してくれ」
「あぁ?貴様、何を言って」
親方が喋る間に、いつもの要領で脚に力を込め爆発させる。
「ウッ!」
加速した拳がボディに突き刺さり、親方は崩れ落ちる。
そして肩に担がれていたティナは、カイルが受け止めた。
「カイル〜」
「大丈夫か?」
俺の言葉に、ティナはポロッと涙を溢す。
「お尻ぶたれたよ〜」
「そうだな。もう大丈夫だ。安心していいぞ」
「うん、ありがとう」
ティナを立たせて、全身を確認する。
今回も大した怪我は無いみたいだ。
まぁ、絶対人質スキルで守られているから当然なんだがな。
どういう事かって?
どうやらこのスキルには、人質に出血を伴う怪我をさせてはならない、と言う制約が存在するらしい。
そのおかげで、今まで大した怪我はしてこなかったんだ。
ほぼ毎回、お尻を打たれるくらい。
そう考えると本当に、何の為のスキルなんだろうな。
謎すぎる。
俺はティナに質問した。
「ティナ、何でこんな所に居るんだ?」
「あ!えっとね」
ティナは近くに落ちていたバックを取りに行く。
あのバックは、去年ティナの誕生日に、俺があげたやつだ。
使ってくれているんだな。
フフッ。
かなり嬉しい。
しかし、あの中にここへ来た理由が詰まっているのか。
それが何なのか興味を引いて見ていたが、俺は背後から聞こえた声に、焦って振り返った。
「終わったのか〜?親方は大丈夫なのか〜?」
「ダ、ダメだ!今は来たら、また」
すでに遅かった。
先頭の男の顔が、見る見る悪人ヅラに変化していく。
そして一直線にティナを目指した。
「人質だ!あれは俺の人質になってもらう!」
「お、おい!?どうしたんだ!?」
後に続く木こりの仲間が驚くのも、無理はないだろう。
突然、別人の様になるのだから。
ハァ。
ため息をつく俺の横を、悪人ヅラが通って行く。
なんで止めないのかって?
それは、あのやりとりをしない限り、『絶対人質』スキルは解除されないからだ。
仮に今、彼の意識を刈り取ったとしよう。
その場合、気絶から目覚めたら、彼はすぐにティナを目指して走り出すだろう。
それは過去の事例から、そうなのだと分かっている。
そういうスキルなのだから、もう諦めるしか無い。
「カイルさん、止めなくていいのか!?」
「もう遅いんだ。アンタだけでもかからない様に、またあの位置に居てくれ。終わったら合図出すから」
「わかった。すまんが頼む」
ティナのスキルは説明していないが、最後の一人は色々察してくれた様だ。
そそくさと離れ、遠くから見守っている。
正直、あの男も対象になる気がする。
かなり高い確率で、そんな気がする。
むしろ、そうで無ければ終わらない気がする。
そんな展開など望んでいないが、そうならないでくれと祈るしかない。
俺がそんな嫌な気配を感じている頃に、ティナは捕まった。
「カイル〜!たすけて〜!」
「ハッハッハッ!人質を確保したぞ!ハーハッハッハッ!」
今回は高笑いするタイプのやつか。
お尻を打たれる前に、助けないとな。
「おい、その娘を離せ」
「なんだ貴様。こいつは人質だ。離さんぞ。ハーハッハッハッ!」
高笑いと共に上に視線を移した隙に、いつもの腹パンをめり込ませる。
その場に突っ伏しそうになる男を受け止め、そっと横に寝かせる。
「ティナ。もう一人いるから、先に村に入ってくれ」
「うん、わかった。ごめんね〜」
パタパタと走り、ティナが遠ざかって行く。
これだけ距離があれば、もう大丈夫だろう。
俺は最後の木こりに手を振り、大きな声で呼び掛けた。
「もう大丈夫だ!仲間を介抱してやってくれ!」
「わかった!そっちに行く!」
生き残った一人が走り出す。
その姿に、俺は額の汗を拭った。
今回も終わったな。
作戦のかいがあって、一人分やらなくて良かったから、少し楽が出来た。
しかし恐ろしいスキルだ。
強制力が絶対的だし、効果範囲広すぎだろ。
そんな事を考えながら、親方の介抱に向かう。
すると親方の足元に、ティナに贈ったバックが落ちているのが見えた。
嫌な予感が走る。
俺は慌てて、ティナが走って行った方向を確認した。
「カイル〜!忘れ物しちゃった〜」
「バッ!こっち来るんじゃ」
急いで反対方向を見ると、案の定な状況が生まれていた。
「人質!人質を寄越せぇ!」
三人目の悪人ヅラ。
いや、そうなる気はしたよ。
ベッタベタな展開だけど、そうなって欲しくなくて、心の中で祈っていたんだよ俺は!
これは俺が悪いのか?
最後の最後で、油断した俺が悪いのか?
色々考えながら、俺、頑張ったよ!?
誰か『違うよ?』と言ってくれ!
などとのたまっても、状況が変わる訳でもない。
ハァァ。
ちょっと長めの溜息くらいは許してくれ。
「ティナ、あと一回するぞ」
「えぇ?もう一回?やだなぁ」
ティナは露骨に嫌そうな顔をする。
それはそうだろうな。
お尻を叩かれるリスクがあるのだから、当然嫌だろう。
だが一つだけ、分かって欲しい。
同じくらい、俺も嫌なんだって事をな。
三回目なんで、時系列だけ説明する。
まず男がティナを掴む。
そしてティナが『助けて』を言う。
それで俺が口上をたれる。
最後に腹パン。
解決、万々歳。
呪われしパターン。
俺は、あと何回コレを辿るのだろう。
まぁいつものパターンと違うのは、門番のハッシュが騒ぎを聞きつけて、村の人を呼んできてくれた事か。
おかげで木こり達の介抱が、容易に行えたから助かった。
本気では打ち込んでいないから、その内目覚めるだろう。
目覚めたら、事情を話して許しを請おう。
村人が慌ただしくする中、ティナがバックを拾い上げ、俺に近づいて来た。
「ごめんね?バックを忘れちゃったから、取りに戻ったんだけど、迷惑かけちゃったね」
なんだ?
珍しく間延びした口調じゃない。
何処となく、いつもと雰囲気が違う気がする。
あぁ、そうか。
村人が沢山出張ってしまったから、責任を感じてしまったのかもしれない。
『絶対人質』スキルのせいなのだから、ティナが悪い訳じゃないのにな。
「気にしないでいい。無事、終わったしな」
そう言うが、ティナは申し訳なさそうに「うん」と一言だけ返事をした。
しおらしいな!
もっとこう『ごめんね〜』とか『そっか〜』とか、えへへ〜みたいな感じを出してくれよ!
ティナがそんなだと、俺も調子が狂ってしまうぞ。
「本当に、気にしないでいいからな」
「うん」
だから『うん』じゃねぇよ!
ほかにも、こう、なんかあるだろう!
それに何だ、この空気感!
間が保たないだろう!
何か話題は?
あ、そうだ!
結局バックに何が入ってるんだ?
会話の糸口を見つける為にも、バックに注目する。
「ティナ。そのバックに何が入ってたんだ?」
「あ!コレをカイルに渡したかったの〜」
ティナはバックから、小さい巾着袋を取り出した。
「はい!カイルにあげるね〜」
良かった。
いつもの間延びした口調に戻ってくれた。
この声が一番落ち着く。
しかし、何をくれたんだ?
ゴソゴソと袋を広げる。
「カイル、甘いもの好きでしょ〜?お母さんに教えてもらって、クッキー作ってみたの〜」
「そうなのか。ありがと、う?」
袋から出て来たのは、ハート型にくり抜いたクッキー。
それも赤やピンクに色付けされている。
「可愛いでしょ〜?私の気持ちを込めたの」
「えっ?」
ティナがニコッと笑う。
そしてプルンとした唇が動こうとしている。
ちょっと待てぇ!
その続きを、ここで言わないでくれ!
沢山の村人が見ているんだぞ!?
俺を恥ずかしめてどうする!
しかし空気を読まないティナは、カイルの目を見ながらハッキリと伝える。
「カイル。大好きだよ?」
「んまぁ!?」
変な声と共に瞬時に赤面するカイル。
あまりの恥ずかしさで、体がピキッと固まる。
そんな姿を見て、村人が露骨にイジる。
「まった見せびらかして。お熱いね?火傷しちまうわ」
「もう誕生日待たずに、結婚しちゃえばいいじゃない」
「ほら、カイルも好きだ〜!って言ってやれよ」
馬鹿野郎!
恥ずかしくて、そんな事言えるか!
俺だってティナの事は好きだ!
可愛いし、良い匂いするし、柔らかいし、言うことねぇよ!
だけど、こんな衆人環視のもとで言えるかぁ!
何も悪い事してねぇのに、何でそんな、最大級の罰ゲームみたいなの受けなきゃいけないんだ!
しかし村人は、更に囃し立てる。
「ほら、ティナちゃん待ってるぞ?早く言え〜」
その言葉に、ティナへ視線をやる。
するとティナは視線を外し、顔を紅潮させてモジモジした。
そう、モジモジしたんだ。
「可愛いすぎんだろぉ!!」
俺は脱兎の勢いで逃げ出した。
「あ!待ってよカイル〜!」
後を追いかけるティナを見て、村人は口々に言った。
「ホント、ラブラブだねぇ」
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