幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

第1話

 俺はカイル。

 今年で二十歳になった男だ。


 生まれ育ったラクラス村で、自警団のリーダーとして働いている。


 この世界では、一人に一つ固有のスキルが備わる。


 俺の場合は『一刀両断』のスキルが、生まれながらに習得されている。

 このスキルは、どんなものでも切断してしまうという、鬼スキルだ。

 それを使いこなす為に、身体を鍛えて、かなりの筋肉質になった。

 剣術のレベルも、相当な物だろうと自信もある。


 この『一刀両断』のスキルと、鍛え抜いた身体があれば、もしこの世界に魔王ってやつがいるとしら、その討伐パーティーに加わっていてもおかしくない存在。

 もしくはどこぞの国で、騎士団長やら、バトルマスターなんかがお似合いの職業だろう。

 こんな小さな村で、自警団など似合わない。


 似合わないが、俺はここにいる。


 なぜかと言うとーー。

 原因はアレだ。


 「だれか〜、たすけて〜!おねが〜い」


 旅人の格好した男の脇に抱えられ、半ベソをかく女。

 間の抜けた声を出して、助けを呼んでいる。

 その女を抱えているのは、先程村に入った行商人だ。


 「この女は俺の人質だ。近寄るんじゃねぇ!」


 いかにも悪人と言った感じの表情で、周囲を威嚇している男。


 「突然どうしたんですか?止めましょうよ!」

 「ええい、邪魔をするな!」

 「うわ!危ないですよ!」


 行商人の仲間が彼を止めようとするが、手にした棍棒で彼を追い払う。


 ハァ。


 毎度のことながら、この繰り返される光景に、ため息が出る。

 大体今日は、行商人が来るから家で大人しくしてろって、言ってたのにな。

 それなのに、なんでここに居るんだ、あいつは。


 ふつふつと彼女に対する怒りが沸いてくる。


 「だれかたすけて〜」


 相変わらずの間抜け声で助けを求める彼女に、「黙らないか!」とお尻を平手打ちする男。


 「いた〜い!お尻ぶたれた〜!うぇ〜ん」


 緊張感の無い声が辺りに響く。


 あの無様に泣く女。

 あれが俺の幼なじみで許嫁でもある、一つ年下の『ティナ』だ。

 あいつがいるから、俺はこの村を離れる事はできない。

 なぜならティナは、『絶対人質』のスキルを持っているからだ。


 やれやれ。

 起きてしまった事は仕方がない。

 怪我人が出る前に、対処しなければな。


 そう思い、群衆の中から歩を進める。


 「おい、その娘を離せ」

 「なんだ貴様。こいつは人質だ!離さんぞ!」


 お決まりの文句が決まった所で、野次馬達が騒ぎ出す。


 「来た来た、旦那が来たぞ」

 「解決ね、良かったわ」

 「これでいつもどおり、あとは旦那がなんとかするさ」


 この事態を収束させる見通しができ、安堵からくる発言内容。


 そんな安堵の源になるなら、自分を誇り高く思う。

 しかしだ。

 一つだけ訂正しておこう。

 まだ結婚したわけじゃないから、旦那ではない。

 現時点では『許嫁』だ。

 だから旦那と呼ぶのはやめてほしい。

 まったく。


 まぁ、反論した所で茶化されるだけ。

 あえて何も言わんがな。


 群衆の言葉をスルーして、目の前の二人に集中する。


 「痛い目を見る前に離せ、と言っても無駄だろう。だから力ずくになるが、手加減はする。少し痛いだろうが、我慢してくれ」


 俺の言葉を理解できず、行商人の男は眉を歪ませる。


 「あぁ?何言ってんだ?おま」


 彼が喋っている途中だが、俺は鍛え上げた体で瞬発力を爆発させ、男の腹に拳を打ち込む。


 「うっ!」


 男は衝撃で気を失い、ドサッと倒れ込んだ。

 ティナと共に。


 「いった〜い!」


 倒れ込んだ衝撃を痛がるティナ。

 だが、まだ終わりではない。

 すまんな、しばらく放置だ。


 いや、別に彼女を心配していないわけではない。

 なぜかと言うとだな。


 近くに居た、もう一人の行商人。

 彼も仲間と同様に、悪人ヅラを披露してティナの手を掴む。

 そして周囲に対して威嚇し始めた。


 「この女は人質だ!近寄るな!」


 ハァ。


 先程まで、仲間を宥めようとしていた姿は何処にいったんだ。

 この変わりよう。

 まぁこれで今回は終わりだ。

 堪えよう。

 諦め半分、解決まで半分ってな所だから、さっさと済ましてしまおう。


 そしてまた言う。


 「おい、その娘を離せ」

 「なんだ貴様?こいつは人質だ。離さんぞ」


 お決まりのパターン。

 一言一句、間違いの無いセリフ。

 まったく。

 コレを言わなきゃ終わらないって、どんなスキルだよ!

 しかも助けようとした奴は、自動でこのセリフを喋るのも、ツッコミどころ満載だよ!

 スキルに対して苦情を言いたい。

 別に無言で助けてもいいじゃないか。

 それの何がいけないと言うのだ。

 結果は一緒なのに。


 まぁ仕方ない。

 愚痴を言ったところで、変更できるわけでもないしな。


 深く一回呼吸をする。


 「二回目なんでな。省略します」

 「あぁ?何言ってんだ?ウッ!?」


 同じく腹パンチを決めて気絶させる。

 パタリと倒れ込む男。

 巻き添えで、同じように倒れるティナ。

 そんな彼女に手を差し出す。


 「大丈夫かティナ。どこか痛むか?」

 「お尻ぶたれた〜。痛かったよ〜」


 相変わらずの間の抜けた声で、お尻を押さえながら泣き出す。

 泣いてはいるが、見た感じ大きな怪我はなさそうだ。

 ひとまず、安心だな。


 彼女のスキルは『絶対人質』。


 ティナは他人に近づくと、必ず人質として捕らえられる。

 捕まえた方は、特に人質にしたい理由はなく、そうしなければならない使命感に駆られて、勝手に動いてしまうというものだ。


 対象は必ず一人と決まっていて、スキルに巻き込まれてしまった人物が意識を失うと、自然にスキルは解除される。

 解除された場合、先程のように、ティナの近くにいた人物に、その対象が移る。

 永遠に続く連鎖に入りそうなものだが、一度スキルに巻き込まれた人物は、対象から外れるらしい。

 この村の人は、スキルの対象外になっており、新しく出会う人が巻き込まれるのが現状だ。

 というか、村人が対象外になっているのは、みんな一度巻き込まれているからだがな。


 そういう経緯があって、俺は巻き込まれる人が出ないように、自警団として村の出入りを管理しているんだが。


 「ティナ!今日は行商人が来るから、家に居ろって言っただろ?」

 「だって〜」


 まったく、何が理由なんだ?

 聞かせてもらおうじゃないか。


 などと思っていたら、野次馬が再度騒ぎ出す。


 「始まったよ、夫婦喧嘩が」

 「喧嘩するほど、仲がいいって言うじゃない」

 「そうだな!仲良し夫婦だな」


 いやいやいや!

 まだ夫婦じゃないから!

 『許嫁』!『許嫁』だからな?

 言わば、まだ他人みたいなもんだ!


 反論したい気持ちをグッと堪えて、間延びした声を聞く。


 「だって〜、お父さんもお母さんも出かけちゃって、一人が寂しくて。そしたらカイルの顔が浮かんできてーー」


 ティナは急に俯き、押し黙った。

 その様子に、言いようの無い居心地の悪さを感じる。


 なんだ、なんなんだ?

 何故俺の名前を出して、そこで止まる?

 この間が気恥ずかしいじゃないか!

 早く続きを言え!

 何が言いたいんだ!


 そんなに長い時間では無い。

 実際は数秒の出来事。

 しかしそんな数秒が耐え難く、カイルは早く早くとティナが口を開くのを切望した。

 それに応えるように、彼女は顔を上げ、ニコッと笑いながら口を開く。


 「会いたくなったから来ちゃった!」


 グハッ!

 何言いだすんだ!

 そんな事、今言うなよ!

 あぁでも可愛い!

 笑顔が最高に可愛い!

 だが!

 そんな笑顔でキュンキュンする事言うんじゃねぇよ!

 クッ、ヤバイ!

 顔がニヤついてしまう!

 でも、野次馬どもには見られたくない。

 どうする?

 どうしたらいいんだ!


 突然の事で動揺が止まらない。

 それなのにティナは、追撃の手を止めない。


 「助けてくれて、ありがとう。カイル、大好きだよ?」


 グッハァァァ!!

 バカヤロウ!

 とどめの一撃刺すんじゃねぇよ!

 ダメだ!

 もうニヤけが抑えられん!


 「もう無理っ!可愛いすぎだろぉ!」


 俺は耐えられず、その場を逃げ出した。

 可愛すぎだ。

 あぁ、ティナ。

 俺も大好きだよ。


 そんな俺を、ティナは追いかける。


 「待って〜カイル〜」


 お願い、付いてこないで!

 こんなニヤけ面、見せられねぇよ!


 その様子を見ていた野次馬は、呆れる様に言う。


 「ラブラブだな」

 「やれやれ、見せつけてくれるよ、まったく」

 「早く結婚しちまえ」


 そんな言葉を二人の背にかけ、二人を見送った。

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