第8話
妹を抱いたまま俺は、門前に佇む人物の目の前に行き、即座に頭を下げた。
こういうのは、一秒でも早く行動する事が肝心だ。
「お待たせして申し訳ない。プリシラが迷惑を掛けました」
「あぁん?何だ、テメェ」
少しガラが悪い様だな。
騎士団関係の仕事なのだから、荒っぽくなければ勤まらないのかもしれない。
しかしそんな事は、今は関係ないか。
無礼を働いたのは此方なのだから、低頭姿勢で行かなければ。
「本当に申し訳ない。どうか許して欲しい」
「だからお前は何なんだよ!」
男は大声で叫んだ。
相当怒っているなと思い、どう切り返すべきか考えを巡らそうとした時、耳元で確かに聞こえた。
「ゴミ虫が」
そしてプリシラが自ら立ち、男の方へツカツカと歩み寄り、男の襟首を掴んだ。
「おいゴミ虫。プリの!お兄ちゃんに!!舐めた口聞くんじゃねぇぇ!!!」
「ぐぅえぇぇぇ!!」
叫ぶと同時に、男の顔面を思いっきり殴りつけ、男は勢いよく吹っ飛んだ。
あまりの出来事に、俺は体が固まってしまった。
久々に『暴虐』スキルを目の当たりにしたのもあったが、何より同僚をゴミ虫扱いする妹に驚いた。
いや、だって酷くない?
荷物持って来てくれてさ、おまけに長時間待たされてんだよ?
それで労うどころか、ぶん殴るなんて!
「プリシラ!何やってんだ!」
俺は急いで男の元へ駆け出そうとしたが、妹に手を握られ引き止められる。
「お兄ちゃん、帰ろう?ほら!荷物は回収出来たから!」
妹は満面の笑みで、小さめのボストンバックを見せた。
白いフリルが付いて、可愛らしいバックだな。
プリシラに良く似合うよ。
一泊するだけなら、この大きさで十分だろうな。
明日の着替えと、寝るときの軽装と。
それだけ入ればいいのだから。
って違う違う!
あの男はガン無視か!
「介抱しないと。あの人、お前の部下なんだろう?」
「えっ?」
「えっ?」
何だ、その反応。
違うのか?
「なぁに?部下って」
「あの人、仕事仲間じゃないのか?」
「違うよ?」
じゃあ、あの人何者なんだよ!
命令に従う立場なんだろう!?
関係性が、わかんねぇよ!
あ!
いや、あり得るのか?
だいぶ年上に見えたが。
え?ああゆうのが、タイプなの?
しかし恋人の事を聞くと、また睨まれるかもしれん。
だが、もしそうなら、兄として正式に挨拶しなければならないし。
えぇい!
「あ、あのな、プリシラ」
「なぁに?お兄ちゃん」
「その」
「どうしたの?」
プリシラは瞳を麗して、俺を見る。
その瞳は月明かりに照らされ、とても綺麗だ。
クソォ!
聞きづらい!めちゃくちゃ聞きづらい!
だが、いつまでも先延ばし出来ないぞ!
ストレートに聞いてしまえ!
「その。あの人とは、どんな関係なんだ?」
言えた!
凄いぞ、俺!
ここ最近で、一番勇気を出した!
さぁ、聴かせて貰おうか!
「知らない人だよ?」
「えっ?」
予想外の答えに、思考が停止する。
「プリが帰ってくる時にね?『金目の物を寄越せ』みたいな事を言って近づいて来たから、ボッコボコにしてやったの!殺してやるつもりだったんだけど、『何でもするから命だけは〜!』って言うから、特別に生かしてあげたんだよ?」
いや、言ってる事が怖ぇよ!
改めて『暴虐』スキルが恐ろしいと思わせるわ。
だけどアレだな。
殺さないで生かしてあげたんだ。
スキルの影響を受けようが、心の中は優しいんだな、プリシラは。
本当に、良い子に育った。
「そうか。プリシラは優しいな」
俺は妹の頭を撫でた。
「うにゃ〜。もっとプリを褒めてぇ」
プリシラは、嬉しそうに俺の手を受け入れる。
暫くそうしていたが、そろそろ帰らなければな。
俺と妹は、父さんと母さんが待つ我が家へと、歩き出した。
そんな二人を、月明かりは幻想的に照らすのだった。
って違う違う!
危うく、そのまま帰るとこだったわ!
あの男を介抱しないと。
「プリシラ。少しここで待っててくれ。俺は、あの男を介抱してくる」
「お兄ちゃん、必要ないよ?」
いやいや!あんな所で死なれても困る!
毎日パトロールしなきゃ行けないんだから、死亡現場なんてあったら気味が悪いだろう!
「死なれても困るしな。それに、命だけは取らない約束なんだろう?」
「あんなゴミ虫と、約束なんかしないよ」
冷酷だな!
困った。
上手く丸め込む方法はないかもしれん。
「そうか。なら、俺が助けたいと思ったから、介抱してくる。だから、少しだけ、な?」
「お兄ちゃんが言うなら。うん、ここで待ってるよ」
良かった、素直に応じてくれて。
しかし派手に飛んでいたからな。
生きているだろうか。
俺は不安と共に、男の元へ駆け寄った。
地に伏す男。
仰向けにさせると被害状況が見えた。
殴られた箇所の頬は腫れ上がり、歯が何本か折れている。
さっきは頭を下げていたから気がつかなかったが、他に何箇所も、殴られたような跡が体にある。
「オイ、オイ!大丈夫か?」
軽く肩を叩いて呼びかける。
すると、男は気絶から回復した。
「うぇぇ!?あれ?ここは?イテテテ!」
良かった、生きている。
男は頬を抑えながらも、動き出した。
多少、意識の混濁があるようだが、大丈夫そうだ。
「生きていて良かった。命を拾ったと思い、人生を見直せ」
これに懲りたら、強盗など生業にせず、真っ当に生きて欲しい。
そう思い、思わず出た言葉だった。
「あぁ?なんでテメェにそんな事、言われなきゃなんねぇんだよ!?」
ダメか。
俺の言葉など、大して響くわけないな。
まぁ、いつか懲りる時が来るだろう。
そう思い立ち上がったが、背後に異様な圧力を感じて振り返った。
「お兄ちゃんに口答えするなんて!この!!ゴミ虫が!!!」
血管を浮き立たせ、鬼の形相で仁王立ちするプリシラ。
「死ねぇぇぇええ!!!」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
拳を振りかざし突進しようとする姿に、男は慄き恐怖する。
「待て待て!プリシラ、やめるんだ!」
「あん!お兄ちゃん、もっと抱きしめていいよ!」
俺は二人の間に入り、妹を抱きしめて止めた。
そして男に目線を送り、早く逃げろと顎で合図する。
「す、すみませんでした!もう、もう、しませんから〜!」
男は腰が抜けたように、ヨタヨタしながら逃げていった。
「お兄ちゃ〜ん」
静かになり、プリシラの猫なで声だけが響く。
ふぅ。
なんとか、凌いだな。
あれだけの恐怖に当てられたのだから、あの男が改心してくれたら良いが。
まぁ少なくとも、か弱そうな女の子を狙う事は、無くなるだろう。
世の中には、プリシラのような女性もいるのだから。
「帰ろうか、プリシラ」
「うん!お兄ちゃん、さっきみたいにお姫様抱っこして?」
そういえば、そんな事したな。
急がなければと、勢いでやったが、よく考えれば恥ずかしい事をしたもんだ。
あれは、ちょっと抵抗がある。
どうしたものか。
あ、たしか、家を出る前に、手繋ぎをして欲しそうだったよな。
「あれは、少し恥ずかしい。手繋ぎでいいか?」
「うん!手繋ぎでもいいよ!えへへ!」
俺は妹の手を取り、歩き出した。
相変わらず、小さい手だな。
まぁ、女性らしいと言えば、その通りなのだが。
「お兄ぃちゃん?」
プリシラが俺の顔を覗き込む。
「うん?どうした」
「何でもないよ!えへっ!」
「そうか」
俺と妹は、帰宅の路を辿った。
そんな二人を、再び月明かりが幻想的に照らすのだった。
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