死んだ魔王の話

谷町悠之介

死んだ魔王の話

これは或る魔王の話である。

とある剣と魔法の世界に君臨した魔王の話である。

魔王には名はあったが、今は意味の無いものなので割愛しよう。

何故なら、その魔王は既に死んでいるからだ。


「やったぞ! ついに僕は魔王を倒したんだ!」

「これで世界は救われたのですね! 勇者様、本当にありがとうございます」

若い人間、男に女が一人ずつ。さも嬉しそうに話している。

男は勇者と呼ばれ、光り輝く剣を手にしている。女は姫と呼ばれ、王族にふさわしい高貴な雰囲気を醸し出している。


そして床には死骸が一つ。

この世界を手中に収めるべく悪逆非道の限りを尽くした魔王である。

袈裟懸けにばっさり、と身体を斬られ青い血が周囲に溜まっている。目はかっ、と見開いたまま。見るも無惨な姿である。


その魔王は、魔王という存在は誇り高きものだと信じていた。

人間との覇権争いは抜かりなく。誘拐という手を使いたくは無かったが、姫を攫った。

己が力で魔物を生み出した。頼りになる腹心も、人間を襲う鉄砲玉のような存在も生み出した。

目的は世界征服。そう、世界征服だ。この世界の全てを手に収め……手に収めるのだ。

高らかに人間共へ宣戦布告をし、人類を駆逐して、魔王と魔族の世界を作るのだ!


魔王は目的実現のためにありとあらゆる手を打った。悪逆非道と人間共に蔑まれようとも。

しかし、魔王は己が心の奥底で疑念を抱いていた。些細な、些細な疑念を。


「それは真に己が起こしたい行動であったのか?」


世界征服の計画は順調に進んでいた。世界に魔物ははびこり、人類は徐々に数を減らしていった。

人質である姫が手中にあるため王国軍もうかつには動けない状況だった。

そう、人類に反抗する手段はない。この戦いは最早雌雄が決したと言えよう。


「それは真に己が起こしたい行動であったのか?」


誇らかに戦況を伝える腹心の言葉。しかし、そんな事は千里眼を使えば一瞬で把握できる。

全く意味の無い報告を聞き流す魔王。心は其所にあらずだった。


「それは真に己が起こしたい行動であったのか?」


問いかけが思考から離れない。何故、我はこの様な事を考えている。

我は我が思う通りに世界を求めている。その筈だ。なのに何故この様な問いかけが頭から離れない!?

魔王は苛立ち紛れに手にした人間の血入りのゴブレットを破壊した。


それから暫くして人間共に大きな動きがあった。

腹心の報告によると、光の加護を得た勇者と呼ばれる人間が、神から授かった光の剣を手に魔王を倒すべく立ち上がった、と。

光の加護を得た勇者? 神から授かった光の剣?

全く意味がわからなかった。何故今頃になってその様な存在が現れる?

そもそも光の加護とは何だ? 神から授かったという光の剣。神が何故人間にその様なモノを与える?

それ以前に神という存在が、何故今頃になった現れ、人間に荷担する?

理解し難い話であった。


勇者という人間は破竹の勢いで配下の魔物を屠り、ついには魔王の居城まで辿り着いてしまった。

そして、魔王は勇者という人間と対峙する。腹心も勇者に斃されてしまった。

あれだけ人間共を苦しめた魔王の配下は総て勇者によって駆逐されてしまったのだ。

魔王は勇者を視る。冷静に。手にした光の剣は確かに厄介な存在であると認識した。

勇者は魔王を視る。怒りに満ちた目で。この存在こそが世界を脅かす悪だ、倒すべき相手なのだ、と。


魔王と勇者は二言三言、話をした。そして"最後の戦い"が始まった。

勇者の義憤に燃えた斬撃。魔王の冷静な魔法。

激しい戦いのように見えたが、それは全くちぐはぐなものだった。

魔王は理解に苦しんだ。確かに我は人間を殺しすぎただろう。それは紛れもない事実だ。だが、どうしてこの若者なのだ?

千里眼で視た。この若者の家族も友人も健在である。ただ、或る日、唐突に光の加護を得て光の剣を授かり、国の王により魔王討伐を命令されただけなのだ。

ただ、それだけである。なのに何故、こんなにも、怒っているのだ?

この様な人間を何故我は殺さなければならない? 部下を倒した恨み? 正当防衛?

いや、違う。そもそも我は……


「それは真に己が起こしたい行動であったのか?」


それが魔王と呼ばれた存在の最期の思考だった。

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死んだ魔王の話 谷町悠之介 @y_tanimachi

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