第3話 あなたと僕の好きなもの
夏休みが明けて。
僕たちは講義の隙間を合わせてはカフェに集まり、お互いの好みを教え合った。
――あなたの好きなものは何ですか?
「私は〝羊雲〟が好きです。青い空に秩序的にばら撒かれた白い雲。青と白のバランスにおいて、これより美しいものを見たことがない」
彼女が答えて。
「僕は〝飛行機雲〟が好きです。青空を一直線に切り分ける、自然界では絶対にあり得ない自然。人が作った自然の最高傑作だと思うんです」
僕が応えた。
「〝0〟が好きです。何もない、を表現することに、円を文字として用いる。その粋な発想が私にはありません」
「〝100〟が好きです。誰もがそこを目指す終着点。でもほとんどの人が届くことのない、惹かれ続けるゴール。僕もそこに惹かれている一人です」
「〝信号の止まった交差点〟が好きです。深夜、もう人も車も通らない無法地帯。時間の停止した世界のようなモノクロ感が切ない気持ちにさせます」
「〝道のない草原〟が好きです。この星は人間のものじゃないということを再認識させる圧倒的自然。その原初の表情はあまりに壮大で恐怖すら感じます」
「〝ライオン〟が好きです。王はただそこに在るだけで価値がある、というのを体現している真の王だからです」
「〝シマウマ〟が好きです。元は擬態としての縞模様で今や動物園の人気者という地位を確立している、その先見の明にはただただ脱帽です」
「〝青〟が好きです。空や海といった、この星の大部分を占める色味にロマンを感じます。きっと神様もこの色が大好きだったんでしょう」
「〝赤〟が好きです。太陽や熱さを感じるこの色には不思議な力を感じます。普段より力が発揮できるような、何かを成し遂げられる気持ちになります」
「〝子供〟が好きです。何事にも縛られず自由な翼で駆け回れるからです」
「〝大人〟が好きです。何事も自分で決めて、自分の翼を作れるからです」
「〝生クリーム〟が好きです。甘くて美味しいからです」
「〝チョコレート〟が好きです。甘くて美味しいからです」
「甘いものって美味しいよね」
「わかる」
***
『ごめんなさい。今日はどうしても行けそうにありません』
そうメッセージが入ったのは金曜日の3限目だった。この講義が終わった後に会おうと約束していたが、初めてのキャンセルの連絡だ。
何かあったのだろうか。
少し心配になって、僕は返信する。
『全然大丈夫ですよ。体調でも悪いんですか?』
返事はすぐに来た。
『いえ、その、お恥ずかしながら……次の講義の課題が間に合ってなくて(泣)』
ははっ、と声を出して笑ってしまった。何人かがこちらを向く。
いや可愛すぎるな、この文章。今まで読んだ小説の中でも、これより微笑ましい文章があっただろうか。
スマホの画面を見ながらニヤニヤしていると、バイブレーションが小さく震える。
東雲さんからもう一通メッセージが届いた。
『お詫びといってはなんですが、良かったら明日甘いものでも食べに行きませんか?』
ええっ、と声を出して驚いてしまった。さっきより多くの人がこちらを向く。
え、いや、これってまさか。
僕は大いに戸惑ったが、優秀な僕の指は勝手に返信してくれた。
『喜んで』
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