△▼トンネルの幽霊の真偽についての検証△▼
異端者
『トンネルの幽霊の真偽についての検証』本文
夏休みが近くなって、高校の教室の外ではセミがうるさく鳴いていた。
「幽霊って、信じる?」
活発そうな女の子、瀬戸由紀は僕にそう言うとニヤリと笑った。
――またか。
これで何度目だろうか。
科学部である僕、森野史郎にオカルト部である由紀は事ある毎に勝負を挑んでくるのだ。
題材は決まって科学VSオカルト。……きっと今までのをまとめたらちょっとした小説一冊分ぐらいにはなるんじゃないだろうか。
「前にも言ったけど、信じない信じない」
僕は追い払うように手を振った。
「でもさあ、本物の心霊写真があっても?」
「本物なんて無いよ。作り物か偶然の産物でしか……」
ここで彼女はちょっと得意げな顔をした。
まずいな。良くない流れだ。またロクでもないものを――
「それが、あったの! 本物の心霊スポットに行って撮ってきた写真に!」
彼女はポケットからスマホを取り出す。そして手慣れた様子で操作した。
「ほらコレ! バッチリ写ってるでしょ!?」
目の前に突き付けられたスマホ画面には、どこかのトンネルの入口のような画像が映っている。その入口の奥の闇に、青白い少女の顔らしきものが浮かんでいる。
「言っとくけど、これ撮った時には、このトンネルには誰も居なかったんだからね」
「はいはい……で、この画像は何なんだ?」
「正真正銘! 有名心霊スポットのトンネルの画像! 場所は――」
彼女は得意げに語りだした。
「……よくそんな下らないことのために、そんな遠くまで行ったな」
「下らないことじゃないよ! 岬先輩に車の運転を頼んでやっと行って撮ってきたんだから!」
この岬先輩というのは、正確には去年卒業したOB。オカルト部の部長だった男だ。
「……お前、そんな夜中に男と車で遠出して何か言われなかったか?」
「え? 何かおかしい?」
――駄目だこいつ。
由紀は危機感というか、もう少し気を付けるべきだと思う。年頃の女の子が、男と深夜に外出など何もなくても疑われる。
まあ、こいつは頭のネジが何本か飛んでいるところがあるから、深く考えてもしょうがないのかもしれないが――いつか痛い目に遭うと心配してしまう僕がおかしいのだろうか……。
彼女が言うには、その場所は実際に殺人事件、というか死体遺棄が行われた場所なのだという。
二十三年前の夏に女子小学生が誘拐され、行方不明。その後、暴行を受けたと思われる状態でトンネルの入口付近で死体となって発見された。犯人は未だ不明。
それからしばらくして、その時期になるとトンネル付近でその少女の幽霊がさまよっているという噂が立った。傷だらけの裸の体で、足を引きずるようにして歩いているのだという。一説によると、自分を殺した犯人を捜しているとか。
その噂は事件から二十年以上たった今でも途絶えることがなく、心霊スポットとして深夜に訪れる不謹慎な若者が絶えないとか――死んだ人間にとっては迷惑な話だ。
「――それで、トンネルの入口まで行って、写真を撮ったら心霊写真が何枚も撮れて……」
彼女はスマホをスワイプして別の画像を表示させた。
今度は、俗にオーブ(単なる埃だろ)と言われる光が写り込んでいる。
「それで? よくこんな不謹慎な噂ばかり仕入れてくるな。そもそも、その事件自体本当にあったのかどうか……」
「それがね……このアプリなんだけど――」
彼女は今度は何かのアプリを起動して見せた。
都市伝説を表示するノベルゲームのようなアプリで、実際にあった事件だとして紹介されていたという。
「こんな怪しいアプリの真偽なんて分かったもんじゃないな……」
「え~! これ結構ダウンロードされてる人気アプリだよ! 他にも、これを見て実際にその場所に行って心霊写真を撮ったって人が居るらしいよ!」
「そんなのあてになる訳が――」
僕はそこまで言ってから「しまった!」と思った。
「そこまで言うんだったら、証明して見せてよね!」
彼女は仁王立ちになってそう言った。
……ハア……結局こうなるのか……。
あの後、僕はギャーギャーうるさい由紀からスマホを半ば強引に借りて帰宅すると、早速検証を開始することにした。
検証……と言っても、そんなに複雑な手順を踏むわけじゃない。まずは、問題の画像をスマホからPCに取り込んでExifに不審な点が無いか確認したりするぐらいだ。接続するにはパスワードが必要だが、彼女のスマホは何かある度に直してくれと泣きつかれたから、パスワードは知っていた。
――後から加工された形跡はほぼ無し。更新日時は聞いた撮影日時とほぼ一致する。GPS座標もそのトンネルで合ってる。
まあ、これは小手調べだ。
次に、例のトンネルについてPCで検索を掛ける。
心霊スポットを紹介するサイトが多数引っかかる……が、どれも事件当時よりずっと後で作られた物のようで、信憑性は低い。当時は今ほどネットが普及していなかったからだろう。憶測交じりの記事が多いが、中には真面目に書かれた物もあった。
僕はその中から、比較的まともだと思われる情報をメモすると図書館に行くことにした。図書館なら、死体の見つかった日時さえ分かれば、古新聞からその記事を読めるだろうと思ったからだ。
図書館では、エアコン目当てで涼みに来た客が多数居た。僕はそんな連中に脇目も振らず、古新聞から目的の記事を探す。日時はある程度、まともなサイトから特定できたからそうまで時間は掛からなかった。
少女、死体遺棄、トンネル――確かに合致している。あのトンネルで事件があったのは間違いないようだった。被害者の少女の写真があったので、それを自分のスマホのカメラに収めた。
結局図書館では、凄惨な事件が実際に起こったという情報と被害者の写真ぐらいしか収穫は無かった。
――まあ、予想通りか。
凄惨な事件があった現場での心霊写真――並の人間なら、ここで幽霊の仕業だとしてしまってもおかしくないだろう。だが、僕にはまだこれからだ。
帰宅するとすぐに由紀のスマホを再びPCに繋いだ。
「さて、面倒なことにならないと良いが――」
僕は独り言を言った。
ここまではまだ準備段階。本当に面倒なのはここからだ。
「ねえ、そろそろスマホ返してよ」
三日後、登校するなり、由紀に抱き着かれた。明らかに誤解している周囲の視線が痛い。デリカシーというものがこいつにはないのだろうか。予想以上の弾力と熱さに少しめまいがした。
「ああ、いいよ。もうだいたい分かったし」
僕はあっさり彼女にスマホを手渡した。
「……分かった? もうあの心霊写真の謎は解けたってこと!?」
「そう」
「すごいすごい! ……で、本物だったでしょ!?」
「ああ、後でな」
僕は周囲の視線が気になってその場で説明できそうになかった。
放課後、オカルト部部室。
僕と由紀はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「で? どうだった? 本物だった!?」
彼女は前のめりになって、瞳を輝かせながら聞いてくる。
「結論から言うと、偽物だった」
「え~! その根拠を見せてよ!」
そう言いながらも、彼女は明らかに落胆した表情を見せた。
僕のことを根拠のないことを言うような人間だとは思っていないからだろう。
「まず、由紀のインストールした例のアプリ、あれはトロイの木馬だよ」
「え? トロイの木馬って何?」
「トロイの木馬っていうのは、一見役立つソフトに見せかけて悪さをするプログラムを仕込むソフトで、パソコンでは昔からある」
「ふ~ん。でも、それがなんで心霊写真になるの?」
彼女には少し難しいことを説明することになりそうだ。
「あのアプリは、スマホのカメラ機能と連動して起動する別のアプリを仕込むんだ。そのアプリはAR……拡張現実を画像に反映させ――」
「ちょ、ちょっとストップ! もうちょっと簡単に!」
彼女が顔をしかめた。彼女はこういう専門的なこと、特に工学分野には鈍い。オカルトの知識ならあるのに……。
「分かった。もっと簡単に、端的に言うと、『合成』と言えばいいかな。動画や写真に画像を合成する技術があることは知ってるだろう。それと同じことで、あのアプリがインストールされたスマホで写真を撮ると一定確率で画像が作成される時にありもしない画像が合成される……幽霊とかね」
「ふむふむ」
ようやく話が先に進めそうだ――僕は内心ほっとした。
「でも、それなら他の所で撮った写真にも写ってないとおかしいんじゃない? たまたま心霊スポットだけで写るなんてことあり得るの?」
「そこがこのアプリの凝ったところ……一番解析に苦労させられたところさ」
僕は一呼吸置くと言った。
「このアプリはスマホのGPSと日時を参照してる――内部を解析するのには骨が折れたけど――特定の場所で、特定の日時にしか作動しない」
「それってつまり……あのトンネルに夜行ったからアプリが作動したってこと?」
「そう! おそらく、夏の夜中にあのトンネルに行った人が写真を撮ることで作動するんだろう」
「そんなことできるなんて――」
彼女には信じられないという様子だった。
「で、でもさ……全部が全部偽物とは限らないし、中にも本物もあるかも」
そう言っているが、自信なさげだ。
「それなんだけど……この写真は間違いなく偽物だと思う」
僕は、彼女が最初に見せた写真を印刷した物を見せた。例の幽霊の部分だけ拡大してある。そして、もう一枚写真を取り出した――
「こっちは当時の新聞に載ってた写真……倍率を合わせてあるから分かると思うけど、この幽霊の写真は当時の新聞の写真を取り込んで加工した物だ。見比べてみるとそっくりだろう?」
二つの写真は片方が加工してあるとはいえ、原形の部分ではほぼ同じに見えた。
「そ……そんなぁ、一番自信のあったのが偽物だなんて……いったい誰がどうしてこんなことを?」
「さあ……単なる愉快犯か、事件を風化させたくない誰かの仕業か。犯人、まだ捕まってないんだろ?」
僕はそう言ったが、もう彼女には聞こえていないようだった。
「そんなぁ……今度こそ本物だと思ったのに……そんな……」
僕は彼女を放っておくと帰ることにした。
「ねえ! 今度こそ本物見つけたよ!」
一週間後、由紀がそう言って僕の所にまたやってきた。
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