19話:事実は波のように

店員にコーヒーの注文をして、涙を拭きながら美奈の席につく。

そんな俺を見て美奈はやさしく微笑んでいた。


「ふふ……達也どうしたの?」


「いや……えーと……」


なんと説明していいか分からず黙り込んでしまう。


「……久しぶりだね……」


「……おう……」


こっちの世界でも美奈とはあまり会っていなかったらしい。


「メールありがとう……でも、突然どうしたの?」


「え〜と……なんとなく美奈の顔がみたくなってな」


「そっか……私も……久しぶりに達也の顔が見れて嬉しいよ」


「はは……すっかりおっさんになっちまったけどな」


「私だって……もうおばさんだよ」


「でも……まだまだキレイだけどな」


「もう……!」


少し赤くなっている。

照れるときの仕草は高校生の頃と変わっていない。


──俺は思い切って切り出した。


「なあ……美奈。今何してるんだ? その……仕事とか……」


「うん……一応、小さな会社でOLやってる……」


「そっか……え〜と……結婚……とかは?」


核心をついていく。


「……ん……予定は……あるよ」


「……鬼黒ってヤツと?」


「……達也……なんで知ってるの?」


「い、いや、ちょっと風の噂でな」


「……ふうん……」


「なあ それってさ──」


少し迷う。

これを聞いてしまって、もし予想と答えならば、俺に残るのは絶望しかないから。

……多分、以前の俺ならここでためらって聞けなかったと思う。


一度悲しみを味わって、高校時代に戻って幸せを味わった。

それを失いたくないし、そのための勇気も手に入れたと思う。


「それって……望んだ結婚なのか? なんか困ってないか?」


俺がそう聞くと、美奈は悲しげに目を伏せた。


「…………参ったなぁ…………。やっぱり、達也には私の気持ちって分かっちゃうのかな……」


「……なぁ……困ってるなら言ってくれよ。そもそも鬼黒とはいつ知り合ったんだ? うちの高校の教育実習生だとは知ってるんだけど……」


「……うん……話すような仲になったのは私が大人になってからなんだけど──」


美奈が言うには大人になってから、家庭科部の部長経由で紹介されたらしい。

そういう意味じゃ、俺が想像していた同窓会云々の仮説と大差はなかった。


「──もともと、私のことは知っていたみたいで──」


そりゃ教育実習中に高校生に手を出しているヤツだもんな。

美人の女子高生に目を付けていてもおかしくない。


「──それから、何人かで一緒に遊びに行くぐらいにはなってたんだけど──」


「うん……」


「十年ぐらい前にね……うちのお父さんが大きな病気になっちゃったの」


「え?」


「……それで……治療費が大変でね……。……その話を知った鬼黒さんが、お金を貸してくれるって……」


「そ、そんな事に……」


「俺ヘタレ世界線」でも同じ事になってたんだろうけど全然知らなかった。


──何やってんだ俺。

……冷静に振り返ると、あんまり美奈の話とか聞くのが怖くて、親ともそういう話をしないようにシャットアウトしていたんだと思う。


「……それでもしばらくは普通に返していけてたんだけど、不況やらなんやらで仕事がなくなっちゃったりしたときに……俺と結婚したらチャラでいい……って言ってくれて」


──美奈みたいな器量がいい人間が、そう簡単にクビになるだろうか?

鬼黒が手を回したんじゃないかと邪推してしまう。


「私も迷ったんだよ……でも……」


美奈の頬から涙がこぼれた。

……悪いのは彼女じゃない。


「……それで……付き合って最初のうちは、こういうのもありかな……ぐらいには思えてたんだけど……だんだんと……その……鬼黒さんってちょっと怖くて……」


美奈はかなりぼやかして話すが、要するに束縛がきつい暴力男という感じらしい。


「それと──」


……多額の金をポンと貸せるだけの人間だ。

普通の仕事ではないだろうと俺も感じたが、美奈からの話からして、半グレのような事をしているらしい。


「ごめん……俺、何も知らないで……」


この世界線ですら俺はヘタレてたと言うのか……。


「ううん……いいんだよ。達也は達也で大変だったんだし……」


「俺が……? 何を……?」


「達也…………覚えてないの?」


何のことだ?


「えっと……ごめん……」


「事故……というか事件なのかな……アメリカで……襲われて……」


「はぁ!?」


思わず大きな声をだしてしまう。

喫茶店の客は多くないが、注目を集めてしまって身を縮こまらせた。


「……記憶が曖昧になってるってのは、ちょっと聞いてたんだけど、本当だったんだね……」


美奈はそう言いながらスマホを操作して、その画面を俺に見せてくれた。


「日本人留学生、刺される」


と言ったタイトルの記事に俺の名前が載っていた。


どういう事だ……?

頭がぐるぐると混乱している。


「ほら……達也って高校卒業したら、親の赴任と一緒にアメリカに行って──」


美奈が話してくれた内容は、にわかには信じられないものだった。

ただ……話を聞きながら、この時代の俺の記憶が微妙に俺の脳に戻ってくるような感覚を覚える。


高校卒業のタイミングで俺の親父のアメリカ赴任が決まって、俺も一緒にアメリカに行くことになった。

どうやらこの世界線での俺は成績が優秀だったらしく、親父の赴任が終わっても一人でアメリカの大学院に残って研究者を目指していたようだ。

そんな折りに、何者かに襲われて、刺された上に後頭部を殴られて意識不明の重体になってしまった。

意識を取り戻すまでに数年かかったらしい。


(……ば、馬鹿げてる……!)


今の俺にとっては、話がブッ飛びすぎてて、そんな感想を持ってしまった。


必死に思い出そうとすると、タイムリープ前の記憶と高校生に戻ったときの記憶までごちゃまぜになって、何がなんだか分からなくなる。


「……それでも回復して、今は大学の先生なんでしょ? 凄いよ、達也は……」


褒められても全然嬉しくない気分だ。

──何やってたんだ俺? とタイムリープ前と同じようにツッコミたくなってしまう。


「……そんなのどうでもいいよ。美奈が困ってるときに何もできないで……俺、情けないよ……」


最初と違って、今度は悔しさで涙が出てきた。


「そんなことないよ……。達也は昔から私が困ってたら助けてくれてたもん……」


──そうだとしても、今助けなければ結局、なんの意味もない──


「……逃げよう」


俺は決意を込めてそう言った。


「えっ?」


「逃げちゃおうぜ。……俺と一緒に暮らそう」




【あとがき】

ちょっとシリアス続いちゃってますけど、早くいちゃいちゃさせたい……。

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