18話:おっさんの俺

怒鳴りながらも、この感覚はタイムリープした後のものだと悟っていた。


高校生に戻ったのは夢だったのか?

その夢が覚めてしまったのか?


──一瞬そんな考えがよぎったが、すぐに違うと悟った。


部屋の様子がタイムリープする前──つまり「俺ヘタレ世界線」のものと異なっている。

以前の部屋は、オンボロアパートの一室でもっとボロかったのだが、今俺がいる部屋はもっとキレイで広い。


窓から外の風景を眺めていると、高層マンションの一室のようだ。

外は夜になっていて、夜景がキレイだった。


もちろんこの部屋が俺の物でないことも考えられるが──


「俺のスマホか?」


ベッド脇においてあったスマホの黒画面に映っている俺の顔は、予想通りおっさんの姿だ。


そのスマホも自分の指紋認証でロックが解除できた。

ディスプレイに表示されている日付は、タイムリープする前よりも半年ほど早い日付だ。


他に、書類などが置いてある大きなテーブルの上に財布がおいてあった。

中身を確認すると俺の免許証が入っている。


部屋においてある書類を良く見ると、論文が多いようだ。

いくつかの論文の著者名を確認すると、「東都理科大 応用物理学科 助教 中杉達也」と書いてあるものが多い。


もう一度、財布を確認すると同じ肩書きの名刺が入っていた。


──ええ〜、俺大学の先生になってるの?

全然記憶にないんですけど。


以前はブラックな中小企業でプログラマとして働いていたから、かなり出世したもんだ。


……と言ってもこの世界線での記憶がないから、大学で働くなんて無理な気がするが。


「ひょっとして、美奈と二人で暮らしてるとか……」


そんな楽観的な考えも持ったけど、どう見ても一人暮らしだ。

歯ブラシは一人分しかないし、シャンプーやらも男物だけ。


「だめか……」


予想していた事とはいえがっくりしながら、今度は机の上や部屋の中をひっくり返して、「美奈からの手紙」がないか探す。

……が、見つからなかった。


過去に持っていった写真は、自室にしまってあった。

それが一緒に、時間を飛んできていればいいと思ったのだが、見つからなかった。


それに、もしかしたらこの世界線でも美奈から手紙が届いている可能性も考えたが、それもない。

以前より日付が早いので、美奈はまだ手紙を送っていないのだと思う。


自分自身のことすらよく分からない状態だけど、とにかく彼女と連絡をとって会いたい。

どこで何をしてるんだろうか。


もしかしたらと思って、スマホのアドレス帳を確認してみると──


──あった。


美奈のメールアドレスが入っている。

これなら連絡が取れそうだ。


早速メールを送ろうとしたが、


「う〜ん……なんて送ればいいんだろう?」


と、悩んでしまう。


こっちの俺が美奈と、どの程度の関係なのか全く分からない。


──いきなりメールを送って変だと思ないか?。

──逆に意外と親しかったらどうする? かしこまったメールはおかしいか?


いやいや、そんな事で悩んでる暇はない。


ただ一言、


「会いたい」


とだけメールを送った。


数分後に、


「私も」


とだけ書かれたメールが返ってくる。

短いメールなのに、とんでもなく嬉しかった。


「今、どこに住んでるの?」


とさらに返すと、幸いなことに俺の住んでいるのと隣の県に住んでいる事が分かった。


「いきなりだけど、明日でもいい?」


カレンダーを確認すると、明日は平日のようで、恐らく俺は大学で仕事があるんじゃないかと思ったが、今の俺はそれよりもこっちの方を優先だ。


美奈も大丈夫と言うので、美奈の家の近くで翌日に会うことになった。


◇ ◆ ◇


結局、その日は一睡もできなかった。

適当にテレビを見て、世界自体は大きく変わっていないことを確認して時間を過ごした。


朝になって、名刺に書いてあった大学の電話番号に電話をして、電話口に出た秘書のような女性に風邪ですと伝えてから出発する。

休むこと自体はスグに了承が得られたのだが、妙に体調を心配された。

……ホワイト職場のようだが、仮病だったので申し訳ない気持ちになってしまった。


とはいえ最優先事項は美奈に会うことだ。

電車を複数乗り換えて、待ち合わせ場所の喫茶店に到着する。


店の中に入るとすぐに分かった。


「美奈……」


一番奥の席だ。


歳はとってしまっているが美人さは相変わらずだった。

髪はロングヘアーだが、彼女独特のかわいらしさも残っている。


この年齢の美奈を直接見るのは、タイムリープする前も含めて初めて。

つい昨日まで高校生の美奈を見ていたというのに、凄く久しぶりに彼女を見た感覚に襲われる。


店の入り口にも関わらず、


「う……うぅ……」


感動で涙をこぼしてしまった。

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