17話:危険な後草さん

俺たちが降りた駅は高級住宅街として栄えている地域だ。

駅ビルはショッピングモールになっており、綺麗なスーパーやブランドショップが並んでいる。


その駅の出口に、改札を出た鬼黒おにぐろが立っていた。


俺と後草うしろぐさが距離をおいて様子を見ていると──


「──っ──」


うちの高校の制服を着た女子が現れた。

ここで待ち合わせをしていたと思われる。

知らない顔だが恐らく上級生だろう。


二人は並んで近くのレストランに入っていった。

俺と後草は外で待つことにした。


「むう……教育実習生のくせに生徒に手をだすとは……」


「そうですね……実習期間の短い期間で……落とすとは……なかなかやりますね……」


「えっ? そこ?」


後草の反応は、俺とちょっとズレているようだ。


「やっぱり……大人っぽい男性に……女の子は惹かれるもんなんですよ……」


「おいおい、だからと言って、教師が手を出したらダメだろ……」


「禁断の愛にこそ……人は惹かれるもの……」


なぜか後草は俺の事を、潤んだ瞳で見てくる。

俺との顔の距離も近くなっていた。


……なんかヤバくね?


「とっ……とりあえずだな、コンビニでなんか食いもん買ってくるわ。お前、何にする?」


「ラブジュース……じゃなかった……オレンジジュースと、愛液……じゃなかった……果汁たっぷりメロンパンを」


「お……おう……」


後草の突然の下ネタにたじろぎながら、俺は近くのコンビニに向かう。


棚の商品を見ていて気がついた。


……そうだ。

使い捨てカメラを買っておこう。

鬼黒の決定的な瞬間を、これで納めれば、あいつを失脚させるのに役に立つだろう。


おにぎりとコーヒー、後は頼まれたオレンジジュースとメロンパンを買って、元の場所に戻る。


「待たせたな。様子はどうだ……?」


そう言ってジュースとパンを渡す。


「ん……お金は……」


「いいよ、そんなもん。それより……二人の様子は?」


「女の子の方は……もうメロメロ……って感じだね」


「そ、そうなのか。よく分かるな」


透明なガラスで中の様子が見えるとは言え、ここからでは二人で談笑しているようにしか見えない。

女ならではの表情の読み取り方があるのだろうか。


「まだ時間……かかりそう」


二人は頼んだ料理の半分ぐらいしかまだ食べ終わっていない。


「それじゃ、今のうちに撮っておくか」


「……なに?」


「使い捨てカメラを買ってきた。携帯電話でもあれば良かったんだが」


「……そうだね」


窓の外から念のため写真を二枚ほど撮っておいた。

この距離で使い捨てカメラだと、どれだけ鮮明に写っているか、若干疑問ではあるが。


「ねぇ……今更なんだけど……なんで鬼黒先生を調べてるの……?」


「え……う〜ん……」


さすがに未来の話はできない。


「……生徒に手を出すような教師を放ってはおけないだろ」


「……美奈ちゃんのため?」


「えっ? な、なんで?」


「なんとなく……。中杉くんが頑張るとしたら……美奈ちゃんのためしか考えられないし……」


「か、関係ないよ」


「……はぁ……幼馴染って羨ましいなぁ……」


そう言って、後草は大きく溜息ためいきをついた。


それ、どういう意味だろう……と考えていたら、レストランから二人が出てきた。


「……行くぞ」


「うん……」


尾行を続けると、行き着いた先は駅から徒歩十分ほどの高級マンションだった。

二人が玄関に入っていくところを、バレないように距離を詰めて写真を撮る。


もう夜にさしかかっているが、この周辺は街灯も多くて明るい。

十分、個人を判別できるぐらいの写真は撮れたと思う。


「ここまでだな……」


まぁ、生徒を部屋に連れこんでいる写真があれば十分だろう。


「ん……分かった」


「……ありがとな……助かったよ」


帰る途中で、俺は後草に礼を言った。

こいつがいなかったらここまでスムーズに事は運ばなかっただろう。


「ん……こちらこそ……楽しかった」


……尾行が楽しいってことか? やっぱ、こいつ変わってるなぁ……。


◇ ◆ ◇


次の日の朝は休日だったので、早速フィルムを超特急でその日のうちに現像して貰うと……


「よし……」


間違いなく鬼黒と認識できるだけの写真になっていた。

これであいつを失脚させられるだろう。


「ただ……」


そもそも美奈とどうやって知り合ったのかが分からない。


「……ぎりぎりまで調べてみるか」


……実習期間はあと一週間ちょっとのはずだ。

少し猶予はあるため、様子をみてみることにした。


──結果、分かったのだが、鬼黒はかなりの女生徒に声をかけている。

携帯を買った生徒なんかとは、学校でもアドレス交換をしているのを見かけた。


そして──


「そういうことか……」


放課後の家庭科部に、鬼黒が入っていく姿を確認できた。

教育実習の先生は部活見学というものも出来るらしい。

鬼黒は男にもかかわらず、家庭科部にも顔をだしていた。


その次の日の帰りに美奈に話を聞いてみた。


「なぁ……鬼黒って知ってる?」


「あ〜……昨日、部活に来てた先生かな? 話はしてないけど」


「ふぅん……なんか変わった事とかなかった?」


「変わったこと……? う〜ん……そう言われても……」


「なんか家庭科部の誰かと仲良くなってたりさ……」


「あ〜、そう言えば、部長と携帯電話の番号交換してたっけな?」


「へぇ……」


「ねぇ……達也。私たちも携帯買おうよ!」


「う、うん、いいな」


「達也……興味ないの?」


「え……そんなことないよ……俺だって美奈といつでも話したいし」


「ホント? 嬉しい!」


そう言って、腕を絡ませてくる。

そんなわけで、俺たちの話題は携帯をいつ買うかという話に切り替わってしまった。


◇ ◆ ◇


「もう猶予はないな……」


教育実習が終わるまであと数日になっていた。


なんで未来の美奈とヤツが結婚することになったのかの詳細は分からない。

俺が漠然と考えたのは、家庭科部の部長と鬼黒がその後も連絡をとり続けていて、なんらかの理由で、大人になった美奈と会う機会があったんじゃないかという事だ。


……例えば、家庭科部の同窓会みたいなものがあって、皆で集まったとか。

ただ、一度部活に来ただけの教育実習生がそんなところに顔を出すだろうかという疑問もある。


「いずれにしろ……だ」


疑問が残っているとは言え、あいつを失脚させれば事は収まるはずだ。


そして、授業が終わるとすぐに鬼黒の写真をもって職員室に向かうのだが……


「うっ……!!」


突然、ぐるぐると世界が回るような酷い頭痛が襲ってきた。

壁に手をついて、なんとか姿勢を保つ。


「……保健室……」


幸運なことに、頭痛を感じたのが保健室の前だった。

……少しだけ休ませてもらおう。


「すいません……」


中に入ると時掛ときかけ先生がいる。

きっと相変わらずのクール美人っぷりを発揮していると思われるが、よく見る余裕もない。


「おう中杉か……大丈夫か……酷い顔色だぞ」


「す、すいません……ベッドを貸してもらえますか」


「ああ、こっちだ」


そう言って肩を貸してくれる。


「ありがとう……ございます」


そのままドサッとベッドに倒れ込んだ。


「どうだ……少しは楽になったか?」


「え、ええ……なんだか眠くなって……」


「いい、寝ていろ」


「……はい……」


意識が混濁していく。

自分の周りの世界がものすごいスピードで、回転している。


……これって前に似たような感覚があったような……。

薄れゆく意識の中でそんなことを思った。


◇ ◆ ◇


「……んん……」


窓から差し込んだ光で目が覚めた。


しばらくして意識が戻ってきた時、思ったこと……


「くそっ!! なんなんだ?」


知らない天井に知らない部屋だった。

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