10話:if……
ファミレスを後にして、美奈と一緒に帰り道を歩く。
昔懐かしい夕焼けが、今は宝石のように耀いて見える。
ああ、世界はこんなにも美しかったのか! なんて柄にもないセリフが胸の中に浮かんだ。
横をあるく美奈を見る。
手を繋ぎながら時々、こちらにしなだれかかってくる。
歩いている途中でそれをやられるので、歩きづらいことは歩きづらいのだが、それが嫌ではなかった。
ゆっくり帰ればいい。時間はたっぷりあるんだから。
「達也、優しくなったね」
「ん……そうか?」
「そうだよ。中学生の時なんて、私が歩くスピードに合わせてくれないしさ。いつも先に歩いていっちゃって」
「……はは」
今思い返して見ると、美奈の言うとおりだ。
中学生の俺に、女の子の歩くスピードに合わせるなんて考えはなかった。
子どもの時から一緒に居るから、美奈に対する気遣いみたいなものができていなかったのもあるだろう。
「もう……大人だからな」
そんな言葉がふいにでる。
「ふふ……私たちまだ高校生だよ?」
「ああ……でも、高校生になればもう大人と同じようなもんだろ?」
自分の人生を振り返っても、高校から先の変化は、それまでと比べれば遙かに小さいものだと思う。
確かに、大学生になって、そして社会人になって、多くのことを学んだ。
でも、それが自分の本質的な部分を変えたとは思えない。
こうして美奈をずっと好きでいた事からもそれは明らかだ。
「ん〜……そうかもね」
ただ一つだけ、この先の未来を経験して、大事な事を理解した気がする。
それは自分の気持ちに素直になって、ちゃんと自分にとって大切な物を手放さないようにしなければならないということで──。
「ごめんな、これまで優しくできなくて」
そう美奈に詫びた。
「そ、そんな真剣に受け止めないで良いって……。さっきのは軽い冗談なんだから。……達也はちゃ〜んと昔から優しかったよ」
「そう……かなぁ?」
「そうだよ。覚えてる? 小学生の時──」
そう言って美奈が話したのは、俺がまだ小学校四年生か五年生の時、いじめられていた美奈を助けた話だ。
昔の美奈は大人しかったから、いじめの標的になることも多かった。
幼馴染の彼女を守りたくて、上級生とかと殴り合いとかもしてたんだった。
「……私が困ってるとき……いつも助けてくれたのは達也だもん」
「うん……そうかなぁ」
「そうだよ」
ただ俺が美奈の一番近くにいた男だったってだけなんじゃないだろうか。
確かに、あのときは必死に彼女を守ろうとしてた気がするけど……。
「……今にして思えば、美奈がかわいかったから、男子はちょっかい掛けたくて、女子は嫉妬してたのかもな」
「ちょっ……かわいかった……かなぁ?」
「……美奈はいつもかわいかったよ」
そうだよ、記憶に残っている限りの美奈はいつもかわいかった。
俺が素直に言えなかっただけだ。
「もう……達也、今までそんなこと一言も言ってくれなかったのに」
そう言って、美奈はまた俺に体重を預けてきた。
「その……達也もいつもカッコ良かったよ」
「お、俺が?」
全くもって自慢できる話なんてないし、謙遜するわけでもないが、子どもの頃の俺がカッコ良かった覚えはないんだけど……。
「そうだよ、いじめらから守ってくれたときもそうだし、ほら……野球だってさ、結構、頑張ってたじゃない」
「野球か……」
そうだ。
俺の両親が、タッ○が好きだったこともあって、俺は近所の野球少年団に入れられていた。
子どもの頃は良くも悪くも現実が見えていなかったから、漫画のヒーローみたいになれるんだって張り切ってたのを覚えている。
「……結局、大した事なかったからなぁ」
「も〜、ちゃんとレギュラーで出てたじゃない」
「……チームがそんなに強くなかったんだよ」
中学に入って、自分が大したことないプレイヤーだって分かって、すぐに止めてしまった。
幼馴染を甲子園どころか、県大会すら連れて行けない主人公なんて情けないから。
「それでも……カッコ良かったよ」
そう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。
だけど、過大評価なんじゃないだろうか。
「……そうか……俺……ラッキーだな」
「なんで?」
「いや……美奈が幼馴染でさ。そうじゃなかったら、きっと俺なんて見向きもされてなかったからさ」
「う〜ん……どうだろ?」
「そうに決まってるって」
「ふふっ……そうかもね」
「……おいおい、否定してくれよ」
自分で言っておいて、ちょっと悲しくなってしまう。
「……でもさ、達也と私が幼馴染なのは運命だもん。言ってみれば、運命の出会い……いや、運命の生まれだったのだ! なぁんて」
美奈は演技がかった口調で言いながら笑っている。
「運命かぁ……」
前の人生で俺は、その運命を生かすことができなかった。
今度こそ、つかみ取った糸が逃げていかないように頑張らなければ……。
「美奈……もう離したくない」
そう言って美奈の手をぎゅっと握った。
「達也……その……嬉しい……でも……」
手を繋いだまま二人で見つめ合って──
「も、もう家だよ……!」
気がつくと美奈の家の前にいた。
……さすがにここで手を離さないわけにはいかないよな。
「うわっ……す、すまん」
「ううん……また明日ね」
「うん……」
「もう! そんな顔しないでよ、ほら……」
「んっ……」
そう言って、美奈は俺にキスをしてくれた。
「また明日ね!」
「お、おう」
……また明日もキスしてくれるってことなんだろうか……。
◇ ◆ ◇
美奈と別れた帰り道、俺はスキップするような勢いでもう日が沈みかけている道を歩いていた。
幸せだ……と思った。
断言できるが、おっさんと呼ばれるような年まで生きてきて、これほどの幸せを感じたことがない。
長く生きてきて、俺だって全く女性と付き合ったことがないわけじゃない。
だけど、美奈との時間はそれまでのものとは全く違って……。
世界というメリーゴーランドがぐるぐると回っている中で、俺と美奈の二人だけ乗っているような気分だ。
気がつくと俺は歌い出していた。
「バンザーイ! 美奈に〜、会えて良かった! このまま、一生一緒にぃ──」
昔の流行曲を替え歌にして、大声で歌ってしまう。
気分が良くなって周りも気にせず、らんらんとしながら道を歩く。
「……お……良い曲だなぁ……」
すれ違ったバンドマン風の男がつぶやいているのが、かすかに耳に入った。
……あれ、まだこの曲発表されてなかったっけ……?
……まぁ、大丈夫だよね……俺、オンチだし。
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