第8話:一緒に帰ろう!
◇ ◆ ◇
時掛先生の持ってきた体温計で平熱を確認して、保健室を出て教室に行くことにした。
午後からだけど、授業に全く出ないよりはマシだろう。
「失礼しま〜す」
と声をだしながら、身を小さくして教室に入っていく。
空いている席は一つだけで、俺の荷物も置いてあったので、自分の席は簡単に見つかった。
「おう、大丈夫か?」
数学教師かつ俺の担任の佐々木先生だ。
人当たりの良い温和な人だったのを覚えている。
「はい、すいません。ご心配をおかけしまして」
「ん。気にするな」
席に着いて、美奈とタクを見る。
美奈は恥ずかしがりながら俺の方をちらっと見ていた。
タクが、大丈夫か? と言いたげな目線を投げかけてきたので、問題ない、と目線で返しておいた。
授業は難しくなかった。
まだ高校一年が始まったばかりの範囲だし、俺は理系だったので数学はそこまで苦労しない。
一度身につけてしまえば、比較的忘れづらい科目だからだ。
──かっこつけるというわけじゃないけど、一応できる範囲で手を上げてアピールしておこう。
午前中サボってたと思われるのもしゃくだしな(いや、実際サボってたけど)。
授業の後半に、佐々木先生が因数分解の問題を出題して、俺が前に出て黒板に解答したところ、
「おお〜」
という声がクラスメイトから上がる。
「中杉くんって、ぼーっとしてるけど意外とやるのね」
なんて声がヒソヒソと聞こえた。
──おいおい、ぼーっとしてるは余計だぞ。
最後の授業は英語だった。
これもまぁ問題ない。
流石にペラペラというわけにはいかないが、長く社会人をやっていれば多少は使う機会があったからな。
先生が、”I wish” を使って仮定法過去完了の文章を作りなさいという問題を出したので、俺は、
“I wish I could go back in those days” 「できるならあの頃に戻りたいです」と答えた。
またも、
「おお〜」
という声が上がった。
「中杉って、スケベそうな顔してるけど意外とやるな」
なんて声がヒソヒソと聞こえた。
──おいおい、スケベそうってどんな顔だよ。
そんな感じで無事に授業が終わる。
よし……。積極的に美奈との時間を作っていかねば。
美奈は確か料理部に入っていたはずだが、曜日的に今日は部活はないはずだ。
「美奈、一緒に帰ろうぜ」
「うん」
「え……と、タクはどうする?」
「パスだよパス。決まってるだろぉ」
二人きりにしてやるよといった感じの顔だった。
「す、すまんな」
そうして美奈と俺で帰ることになった。
◇ ◆ ◇
「なあ、駅前に寄っていくか」
学校から美奈の家まではそんなに遠くないし、途中によれる場所も少ない。
できるだけ長い時間を過ごしたいし──。
「ちょっとお腹空いちゃってさ」
「ふふっ。達也、朝から何も食べてないもんね」
そう、昼にあんなことがあったせいで何も食べられていなかった。
今更になってお腹が空いてきた。
「いいよ、駅前のファミレスでも行こ」
二人で道を歩き出す。
……恋人になったんだ、ただ歩くだけじゃだめだろう。
「なぁ、手つないでいい?」
「……うん。いいよ」
そう言う美奈の手をぎゅっと握ると、ぎゅっと握り返してきた。
二人でゆっくりと道を歩く。
少し田舎ということもあり、学校から駅までの道は、そんなに人が多くなくて静かだ。
美奈が昔を思い出すように語りかけてくる。
「なんか……懐かしいね。達也と手を繋いで歩くなんて」
「……そうだな。小学校以来かな」
親に、二人で歩くときは手を繋いで歩きなさいと言われていて、それを守っていたんだ。
「それも結構小さい頃までだし。高学年になったら、達也、恥ずかしがってたじゃん」
「……しょうがないだろ」
思春期になれば、女の子と手を繋ぐなんて簡単にはできない。
周りの目だって気になったし。
「ねぇ……達也。なんで私に……告白してくれたの?」
「え、それはその……美奈のこと……好きだから」
改めて言うのは気恥ずかしい。
「で、でも……今までそんな素振り見せてくれなかったじゃん」
「え? う〜ん……」
朝は勢いで告白してしまったけど、自分の中でのちゃんとした理由を探す。
「自信が……できたからかな……」
「……自信……?」
「美奈のこと……この先もずっと、ずっと好きなんだっていう自信……」
「──っ──。ふ、ふ〜ん……」
美奈は、うつむいて赤くなった顔を隠した。
ちょっとしてから、美奈が口を開いた。
「…………ね、ずっとって、どれぐらい?」
「う……少なくとも、美奈がおばさんって言われるような歳になっても好きな自信がある」
「そっ、そうなんだ」
──なんとなしに思ったことを喋ったけど……ふと気になって美奈に言う。
「……す、すまん。俺、なんか変なこと言っちゃったな」
「ううん! そんなことない! 私、嬉しいよ!」
そう言って、美奈は俺に腕を絡ませた。
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