ソフィーナ 1-3
「殿下といえど、絶対に許しません」
ソフィーナが夕飯を食べ終え、自室でのんびりしているとギバートの強い口調が聞こえた。
誰かがやってきたのは知っていたが、いつも穏やかなギバートがこんな口調になるなんてどんな人がきてるのか。
心配と好奇心で自室から出ると、美しい男性が2人いた。2人とも今まで会ったことがない若い男性だった。
「ソフィー、どうして出てきたんだ!」
ギバートに怒鳴られ立ち止まっていると、黒髪の美青年がスッとソフィーナのそばまできて跪いた。
「ソフィーナ嬢、急の訪問を許して欲しい。私はアザラル王国第一王子エマニュエル・ステュアート。どうか私と末永いお付き合いをよろしくしたい」
王子と名乗る男性に声をかけられて驚いたが何度もエルとやった王子様との出会いの場面を思い出し、男性がスッと出した手を両手で包み込み瞳を見つめた。
「エマニュエル王子、私の名前はソフィーナ・フーリエと申します。私もあなた様との素晴らしいお付き合いをよろしくお願い申し上げます」
一つのつまりもなく微笑みを浮かべ、エルに教わった王子との挨拶を完璧に言うことができた。エマニュエル王子の言葉はエルと何度もやり取りしたセリフとまったく同じだったため、口が自然と動いていた。
エマニュエル王子の切れ長の黒い目が、エルによく似ていたから余計に。
ギバートは驚いた顔をして固まってしまっている。田舎育ちの娘がこんな礼儀作法を知っているなんて思っていなかったのだろう。エマニュエル王子の隣にいる茶髪の眼鏡をかけた男性も驚いた顔をしていた。
「よかった。ソフィーにはずっと会いたかったよ。実は王都で開かれるパーティーの誘いに来たんだ。いつも宰相に断られてしまうから、ソフィーと直接話がしたくて。そんな気難しいものじゃないから、ぜひどうかな」
エマニュエル王子がソフィーの手を握りしめたままゆっくりと立ち上がり話を続ける。
「ソフィーはパーティーに一度も出たことがないよね」
「パーティー……私には縁のないものだと思っていました」
「そんなことないよ。次のパーティーは国中の人が集められるんだ。誰でも参加していいし、きっと楽しめると思うんだけど」
話している途中、エマニュエル王子はソフィーの腰に手を当てて、顔を覗き込みながら話してくる。近くで見ても素敵な顔だが、距離が近すぎるような気がする。それともこれは普通の距離?今まで若い男性は兄くらいしか関わったことがないから、距離感がわからない。心臓の鼓動がいつもより早い気がするのは気のせいではないだろう。
「でも、この私が王都まで行ってパーティーなんて…」
エマニュエル王子の顔を見ることができず、自分の足元を見ながら答えた。遠く離れた都会で田舎娘がうまくやっていけるかな…とボソリと呟いた声がエマニュエル王子と来られていた眼鏡の男性に聞こえたらしい。
「王都へはここから馬車を使えば30分でございますが…。早馬を使えば15分もかかりません」
驚きを通り越してあきれたような顔で言われた。
ん?もしかして王都ってここからすごく近い?
戸惑いの顔をしたのを見て、眼鏡の男性は少しため息をつきながら話を続けた。あきれたような視線はソフィーではなく、ギバートに向けられているようだった。
「失礼ながら知らなかったのですか?ここは敷地だけでいえば城よりも広い公爵家の別邸、王都に程近いのに素晴らしい自然があると、国民なら誰もが知っていることですが」
ギバートは悔しそうに顔を歪めた。
「貴族のいざこざに巻き込まれぬよう、田舎暮らしを真似てきたというのに」
「森から外は獣が出るほどの深い樹海というのは嘘だったの?!」
16年間、その言葉を信じて森の外に一歩も出ようとしなかったソフィーは衝撃を受けた。
「本当にフーリエ宰相の別邸は見事なものだよ。王都からこんなにも近いというのに、自然に包まれ素晴らしい環境。でも、ソフィー、そろそろ森の外の世界も知った方がいい。同じ年齢の友達も欲しいだろう。パーティーに出れば、きっと楽しい時間が過ごせるはずだ」
ソフィーナは街で買い物をするとか、女友達と遊ぶということに飢えていた。本音を言えば無理をしてでも学校に通いたかった。エルと楽しい時間を過ごしたため、会えなくなったここ最近の一人の時間は本当に寂しかった。
「お父様、私はぜひそのパーティーに行ってみたい。同じくらいの年の方と話してみたい。もう諦めていたけど、わたしも友達と遊んだりしてみたいわ」
意を決してギバートに言うが、ギバートはまったく聞き耳を持たない。
「ソフィーがこの家から出るのは危険すぎる!まだダメだ」
「もう16歳よ。お父様お願い」
「宰相、私からもお願いするよ。ソフィーのことは私が必ず見守るから。ソフィーなら、絶対に大丈夫だ。すぐにたくさんの友達ができると思うよ」
エマニュエル王子にも一緒にお願いをされ、途中からソフィーナの母であるアンジュも自室から出てきて、殿下と一緒なら大丈夫よと声をかけてくれた。みんなに言われ、ギバートも渋々ながら了承してくれた。
「ソフィー。急な話だが、パーティーは明日の夜行われるんだ。ソフィーはドレスとか持ってないよね?明日の朝迎えに来るから、城で準備しないかい?」
「そんな明日なんて。行きたいけれど…」
今までパーティーなんて行ったことがないので、ドレスもアクセサリー類もない。行きたいけれど、エマニュエル王子に準備を手伝っていただくなんて申し訳ないし、明日はさすがに無理かなと諦めの気持ちが出ているとギバートがとても嬉しそうな顔になった。
「そうだ。ソフィー、準備ができないんだからパーティーなんて無理だな。残念だが、やはりソフィーにパーティーは縁がなかったんだ。いや~残念だったな」
あまりに嬉しそうに言うものだから、なんだかムカムカとした気持ちがわき上がってくる。
「16年間、外に出られなかったソフィーの初めてのデビューだ。手伝わせてよ」
断ろうと思っていたが、16年間この父親であるギバートに騙されていたような気がし、嬉しそうにしている姿を見ていると悔しく、優しく覗き込んできたエマニュエ王子に甘えることにした。
「図々しいとは思いますが、一人では用意できそうにもありませんし、お願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろん全部まかせてよ」
「今まで上手くいっていたのに、なんでこんなことになってしまったんだ…」
ギバートはまたガッカリした顔をして、逆にエマニュエル王子は顔をほころばせた。
こうしてソフィーナの社交界デビューは突如として決まったのである。また明日の朝迎えを寄越すからと言って、エマニュエル王子と眼鏡の男性は帰っていった。
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