第10話

 ここはどこだろう、と。

 ゆらゆら揺らめく万華鏡みたいな世界のなかで、桐子は上等な純白のワンピースを纏って立っていた。

 幼い頃に着ていたものだ。フリルがたっぷりついていて、胸元の細いリボンが気に入っていた。

 万華鏡の世界はやがて散っていき、小さな洋館が姿を現した。

 四季折々の庭木が鮮やかに植わっている、その庭の中に。

 まるで物語に出てきそうな、緑の窓枠が特徴的な美しい家。

 ここは青柳家の別荘で、長期休暇をもらったときによく兄と滞在していた。


『桐子』


 と声が聴こえてきた方角に向くと、隣に兄がいた。

 いつのまにか、館のポーチに来ていたようだ。

 ここでいつも、兄と本を読んで過ごすのが好きだった。

 陽だまりが心地よくて、うとうとしていたら兄が毛布をかけてくれる。

 隣に兄の気配がして、兄の匂いがほのかに漂う柔らかい毛布にくるまると、とてもいい夢をみれた。

 兄が優しく髪を撫でてくれた気がした。


「おにいさま……」

 自分の声で目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋。狭いワンルームの、アパートの一室だ。

 掃除もろくにしていない、インテリアもくそもない汚い部屋。

 自分以外は誰もいない、たったひとりの空間。

 夢のなかだったら、あんなにも温かく幸せでいられるのに。

「…………」

 虚無感が押し寄せる。

 後悔が押し寄せる。

 あのとき————兄が狂ったあのとき、私はどうすればよかったのだろう。

 桐子はベッド代わりに使っている二人掛けソファから立ち上がり、シャワーを浴びに浴室へ向かう。

 体に緩くタオルを巻いて浴室を出ると、ちょうどいいタイミングで携帯端末に教会本部から任務の連絡が来た。

 すぐにいつもの修道服に着替えて外に出ると、朝陽が顔を出したところだった。

「眩し……」

 私には眩しすぎるその光。

 鬱陶しい、その《白》。

【黒】に塗り固められた私には、受け入れられない色だ。

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