第6話

 母はしばらくの間、精神科病院に入院した。

 悪魔に憑依されたことで精神がひどく汚染されたわけだから、当然の処置といえよう。

 そのあいだ、秋は本当であれば東北エリアにいる父の姉夫婦の元へ預けられる手はずだったと後できかされたのだが、なにかの手違いがあったのだろうか。

 教会の使者を名乗る者たちの保護のもと、母の入院先がある地元、神奈川エリアで過ごすことができた。

 入院中、秋は毎日のように見舞いに行って母とひと時を過ごしたが、それはこれまでのなかで一番幸せで、とても穏やかな時間だった。

 半年後にようやく退院した母が、秋とふたりでやり直そうと言ってくれた日のことは、いまでも鮮明に覚えている。

 寒い北風が吹く真冬のはずだったのに、春の陽だまりさえ感じられるほど、温かい気持ちに満ちあふれた。まるで、美しい花畑にいるみたいだった。

 生まれ育った横浜の地を出て、母子はほんの少し離れた旧海老名市に移り住む。

 築六十年を迎えようか、古くてボロボロの六畳二間から始まった。

 慣れない仕事を掛け持ちして始めて大黒柱として稼ぎ、たまの休みには温かい食事を作ってくれた。

 忙しいのに無理をして授業参観に来てくれたこともあるし、運動会の父兄参観競技には、男親顔負けに活躍して、クラスメイトたちがみんな羨ましがった。

 親戚はみんな、悪魔に憑依された両親を忌み嫌い疎んでいるので、本当に母とたったふたりだけの生活。

 忙しい母に代わって洗濯や掃除、炊事をしなくちゃいけないから、放課後は友人と遊ぶ暇なんてない。

 幼なじみの沙也加とも離れてしまい、どうしているかなと気になる日もあった。

 でも淋しさなんて、微塵も感じられないほどに、世界中の誰よりも幸せだった。

 だがそれも、秋が小学校五年生の秋までのこと。

 酷暑が過ぎて、ようやく落ち着いた気候になってきた頃だ。

「ただいま」

 とお古のランドセルを背負って元気よく、今にも倒壊しそうな古い木造アパートの狭い玄関で靴を脱ぎ、ぎしぎしうるさい框を上がって声をかける。

 だが不思議と静まり返っていて、誰も返事をしてくれない。

 今日、母は珍しく一日中休みのはずだ。だから、夕飯には秋が好きなカレーを作ってあげようね、と約束していた。

 玄関から廊下を通ってすぐのキッチンには、作りかけのカレールーが家庭的な匂いを漂わせていた。ぐつぐつと、鍋はひとりでにじゃがいもと人参、玉ねぎに肉を煮込んでいる。それが静寂と相まって、妙な不気味さを感じた。

 シンクに使ったまま洗っていないまな板が乱雑に置かれていて、そこに血が数滴ほど滲んでいる。

 嫌な予感が、秋の全身を素早く駆け巡り、心臓がどくどくとうるさく脈打ちはじめた。

「おかあ、さん……?」

 なんでもなく、「おかえり」といういつも通りの母の声が聴こえればいいのにと、願っては裏切られていく。

 自分の家なのに、おそるおそるキッチンの床を歩き、開け放してある襖の前まで行く。古いフローリングは踏みしめるたびにぎしぎしキーキーと音を立てて、それがやけに耳障りだ。

 キッチンの奥には、六畳二間の畳部屋がある。

 箪笥や卓袱台を置いた隣の一間は、いつも布団を二組並べて、母と一緒に眠る場所。いつも母は秋が眠るまで、学校であった話を聞いてくれる。

 風が強くて、隙間風に窓硝子ががたがたとうるさく音を立てる。

 夕暮れの橙色が優しく部屋を照らしているのに、秋にはそれが不安な色に思えた。

 襖の奥、小さな押し入れの前に、母の姿がようやく見えた。

 いつもの古ぼったい毛玉がついたカーディガンに、よれよれの白いシャツ、流行遅れの形のスカート姿。髪は白髪だらけながらも丁寧に梳り後ろにまとめていたはずだが、いまはひどく解れてあちこちから毛束が飛び出ている。

「お母さん……?」

 声をかけながら、そっと近づいた。

 畳にはおびただしい血が染み込んでいて、まだ新鮮な血臭が鼻につく。

 母の首元が特に血で汚れていて、忙しさから痩せた鎖骨から胸にかけて、べったりとこびりついている。

 懐かしいあの地獄が、待ち伏せしていたようだ。

 押し入れに背を預けて静かに瞼を閉じている母の手には、血で汚れた包丁が握られていて、そのすぐそばに、なにかを書き殴った紙片が落ちていた。

 乱れていても母の字だとわかるその紙片を拾って、繰り返し読んだが、脳が現実をなかなか受け入れようとしない。

 遠雷が聴こえた。

 干していた洗濯物を取り込まないと、もしかしたら雨が降ってくるかもしれない。

 こっそり飼っている半分野良の猫が、餌を求めて来ているかもしれない。

 早く洗濯物を取り込んで、畳んで、猫の餌を用意してやらないと。

 雨が降り出した。

 冷たくて、うるさくて、最低の土砂降り。

 嗚呼。今日は。

 なんて、最低の日なんだろう。

 特に深く考えていなかった。だけどふと、いままですっかり忘れていたはずのある名刺の存在を思い出して、ふらついた脚で箪笥に向かった。

 秋の大切なものを入れている抽斗は、箪笥の下から二段目。

 蝉の抜け殻とかけん玉とか、ごちゃ混ぜにガラクタが詰まった抽斗を荒らして、くしゃくしゃに丸まったそれを見つけた。

「なんか困ったことがあったら、ここに電話しな」と言われて渡されたその名刺には、男の名前と所属先の住所と電話番号が記載されていた。

 学校教育が不十分だったあの頃と比べたら、その内容は理解できるものだった。

 それから郵便局でもらったプラスチックの貯金箱から、小銭をありったけ掴んで、擦り切れたズボンのポケットに突っ込む。

 傘なんてさす余裕もなく雨に好き放題に打たれ、乗員と乗客から不審かつ不愉快そうな視線を受けながら路線バスに乗り込んだ。

 がたごとと揺れるバスの中で、荒い雨粒を意味もなく数えて過ごした。

 目的のバス停に着いて料金を支払うと、ポケットにいっぱいだったはずの小銭はすっかり無くなった。

 帰れない、なんて。

 いまとなってはもう、どうでもいい。

 意地悪く降りしきる雨は、一向にやむ気配がない。

 坂を上ったその先に、目的の場所であろう建物が見えてきた。

 雨のなかでもなお目立っている、大きいがボロの教会堂。

 三角屋根の頂上に、いまにも折れて落ちてきそうな十字架が飾られている。

 すっかり暗くなった夕飯時のなかで、教会はいかにも荘厳に沈黙を守り続けている。明かりもついていないことから、ここには人がいないとわかった。

 それでも裏手に回ってみると、増設された住居棟の窓から、暖かそうな光が無邪気に漏れていた。

 何人もの子供がはしゃいでいる賑やかな声と、それを諌める女性の声が聴こえる。

 観音開きの扉には、古めかしいドアフォンが設置されていた。秋の身長でも届くそのボタンを押して、なかにいるはずの人物を呼び出す。

 数十秒の間のあとに、「はいはい」という男の返事とともに、ばたばたと乱暴そうに走る足音。

 立て付けが悪くてぎいぎいとうるさい音を立て開かれた古いドアの先には、見覚えのある粗暴そうな神父がいた。

 男はしばらく不審そうな目で秋を観察していたが、やがて驚きの声をあげる。

「秋くん、だよな……?黒澤秋くん」

 あの地獄から救ってくれた神父————ルカとはあの日以来、およそ三年振りの再会だったわけだが、秋のことを覚えていたらしい。

「どうしたんだ、こんなに濡れて。ていうかお前いま、東北にいるはずじゃ……?」

 突然の意外な訪問客に驚きを隠せず、ルカの口調はいつもの粗野なものになる。

 なにも答えない秋の小さな肩が怒りと悲しみで震えていることに気づいたルカだが、雨に濡れて寒いからだと勘違いしたようだ。

「とりあえず、寒いから入れ。な?」とドアを広く開けて、びしょ濡れの秋に深く理由を問わず、温かく迎え入れようとする。

 だが。

 秋を入れるために身を引いたルカの腹を、小さな拳が力なく叩く。

「お母さんが……死んだ……」

 まるで独り言のように、幽鬼じみた声でそう告げた秋のただならぬ様子を、ルカは今度こそ見咎めた。

「……そりゃ、どうして?」

 ルカが最後に受けた報告では、黒澤秋は精神科病院に入院した母と離れて、資料にあった父の姉夫婦に引き取られて東北エリアに移る————という手はずだった。

 それがいったいなぜ、彼はまだ神奈川エリアにいて、しかも海老名にいて、ルカに母親の死を告げているのだろうか。

 わからないことだらけだったが、ルカはとにかく秋のたどたどしくて不明瞭な説明を、静かに聴いていた。

「お父さんを殺したのは自分だ、って……自殺」

 吐き捨てるような少年の言動には、疲れ切ったものが混ざっている。

 秋が手に握っている手紙には、たった独りで遺される息子への心配などはなく、ただただ亡き夫への愛と謝辞と、罪への驚嘆が記されていた。

 彼女に記憶喪失……精神科医療の世界では『解離性障害』と診断される症状が出ていたことは、ルカも当時の現場責任者として耳にしていた。

 つまり夫とともに悪魔に取り憑かれて、凄惨にも殺しあったなどという過去は、彼女のなかにはなかったのだ。幼い一人息子のこころを傷つけたという意識も、もしかしたら薄かったかもしれない。

 それが、なんらかのきっかけで呼び戻されたのだろうか。

 ルカが医師に記憶が戻る可能性を尋ねた際には、たしかにその危惧はあると言っていた。

 彼女の記憶が戻れば、また悪魔に取り憑かれる事態になりかねない。

 だからこそ秋と引き離すようにと、ルカがきつく指示したはずなのに、どんな手違いでこうなったのか。

「ぜんぶ……ぜんぶっ、お前のせいだっっっ!!!!!!!!」

 力の限りで、声が割れるのも無視して、秋が叫んだ。

 いままでより強く、秋の拳がルカの腹に押し込まれる。

 何度も、何度も、何度も。

 力はまったくの子供の域で、しかもとびきり弱っている。だから痛くない。

 痛くないはずなのに、ルカの顔が歪んでひしゃげていた。

 このとき秋は初めて顔を上げて、彼がどんな顔をしているのか見えていたのに。

 彼がどれだけこころを痛めたか、わかったはずなのに。

「ぜんぶ……ぜんっ……ぶ……っ!」

 ルカがなにも言わず秋の怒りを受け止めているのをいいことに、思いつく限りの罵詈雑言を好き勝手に叫んでいた。その言葉の端々に、秋がまだ子供であるという稚拙さと幼さ、そして弱さがこもっている。

 秋だって、自分の言い分が理不尽で見当違いであることは、よくわかっている。

 この人はむしろ自身と母の命の大恩人で、秋が一生分の感謝をしても足りないくらいだ。

 だが。

 いままで無言を貫いていたのが不思議なくらい、涙が溢れて止まらない。雨粒と涙が一緒くたになって、秋の顔はぐしゃぐしゃだ。

 身体は芯まで冷え切っているのに、瞼が火傷したみたいにひどく熱い。

 たったひとりの、大切で大好きな母が。

 自分を置いて、死んでしまった。

 子どもの自分のことよりも、自身の罪を苛み死んだ母を、恨みたい気持ちもある。

 それでも傷ついた母のこころは、自分では救えなかったのかという悲しみと喪失感はあるし、この世でたった独りきりになってしまった孤独感と不安が、一気に押し寄せた。

 これから独りで、どうやって生きていけばいいのか。

 誰を恨んで責めればよかったのか。

 誰が守ってくれるのか。

 誰を愛すればいいのか。

 誰が愛してくれるのか。

 誰がそばにいてくれるのか。

 誰に縋ればいいのか。

 誰と一緒に、笑えばいいのか。

 自分でも自分が理解できない感情の渦が波が、シンバルみたいにわんわん響いている。

 叩いていたはずの手はいつのまにか、ルカに縋るようにきつく握りしめていた。

 もう忘れてしまいそうだった父の手みたいに、分厚くて温かくて、優しい感触が、秋の頭部にゆっくり寄せられる。

 温かい。

 荒れていた息が、ほんの少しずつ静まっていくのがわかった。

 いまさらになって足りなくなった空気を吸いこむから、肺が重くて痛い。

 だんだんと、自責の念がこみ上げてきた。

 僕がお母さんを守りきれなかった。

 僕のせいでお母さんは毎日忙しくて、つらい気持ちも押さえ込んで、笑顔でいたんだ。

 僕のせいで、お母さんは死んだんだ。

 煩く降り続ける雨が、しかし少年の声をかき消すことはなく。

「僕の、せいだ……」

 むしろ冷たさが加えられているように、ルカには聴こえた。

 食事の席を離れていた時間が体感よりも長かったようで、ルカを心配したシスターが様子を見に来ていた。

 しかしルカは手振りで「しばらく放っておいてくれ」と告げ、おおよそ理解したシスターは子供たちのもとにそっと帰っていった。シスターが戻ったあと、子供たちがわいわいと騒ぐ声が、遠巻きに聴こえてきた。

 重く垂れこめた雨雲は、いまだ晴れることなくのしかかっている。まるで秋のこころを映しているように、雨は止むことを忘れたようだ。

 長い沈黙がふたりのあいだを通り抜け、雨音だけがやけに煩く響いている。やがてルカから口を開いた。

「……あのな。べつに俺が悪モンでもいいけどよ……お前、いまこの世で一番自分が不幸だって、思ってんだろ?」

「っ……だから!?」

 気持ちを言い当てられたことが恥ずかしいのか、それとも馬鹿にしたようなルカの物言いに腹が立ったのか。

 秋は手負いの獣のように、再び息を荒らげ始めた。

 彼の鋭く刺すような視線を、しかしルカは物ともせず、臆することなくため息混じりに頭を掻いた。

「言っとくけどよ。この世の中にゃ、お前程度が考える『最悪の不幸』なんて、たっっっくさんあんだよ。それこそ、腐るほどにな!」

 それがどうした?という目で秋が射殺すように強く睨むと、ルカはまたしても「嘆かわしい」とでも言いたいように、大袈裟な深いため息をこぼした。

 秋がそれに文句をつけようと肩を怒らせるが、しかしルカが言わせない。

「ウチで預かってるガキの一匹にはな、母親に虐待されて、父親にも見放されて逃げてきたヤツがいる」

「?」

「両親が病気で揃ってオダブツ、なんてヤツもいる。あの世界的飢饉に一家全員やられた、なんてのはいまどきじゃザラだ」

 秋の同級生のなかにも、何人かちらほらと親を先の飢饉で失くした児童がいる。

 つまりこの男が言いたいことは、「不幸なんてそこらじゅうに溢れてるんだ、お前だけじゃない」というところだろう。

 だがルカの表情は、秋を馬鹿にしたわけでも、ましてや同情したわけでもなかった。

「それでもいま、ここで。アイツらは笑って泣いて、暮らしてるんだ」

 悲しい、淋しい笑み。

 声にはそれなりに年を重ねた渋みが混じり、目尻の皺が漏れでる屋内の光を受けて印象づけている。

 子供たちが家族を亡くして、あるいは見捨てられてひとりぼっちになってしまうという現状を、憂(うれ)いているのだろうか。

 いや、そんな単純でありきたりな感情ではない。

 彼の瞳の奥の奥には深い愛情と世の条理を憎む渋み、しかし自身に出来ることの少なさから、もどかしさが含まれた複雑な色合いが見え隠れしている。

「つまりだな。なにが言いたいかってーと」

 前置き、思い切り息を吸い込むために、金のシャチホコよろしくボキボキと鳴るほど背を反らすルカの様子に、秋は何事かと訝しむ。

 瞬間、耳を劈く大音量でルカが叫んだ。

「世の中のいろんな不幸を、テメェのちっせー物差しでしか測れないヤツなんて、悪魔に呑まれて食われちまえ!!!」

 ルカの声はしんと静まり返った町内に、これでもかとぶん投げられた。ましてや山間でもないのに、いまだに山彦のようにわんわんと喧しく響いている。

「……てな」

 ぱちん、なんてらしくないようなお茶目で不細工なウインクを一発かまし、うるさい!と苦情を喚くご近所さんに低頭するルカ。情けないはずの丸まった背中も、いまはほんの少しだけ格好良い気がするから不思議だ。

「……なんだよ、それ。あんた本当に神父かよ」

 そんな自分の感情に気づき、いまだけは否定したいと、不機嫌に唇を尖らせながらルカを非難する。

『悪魔に呑まれて食われちまえ』なんて、修道士がおおよそ口にしてはいけない言葉だということは、秋じゃなくてもわかることだ。

「残念ながらホンモノだ。こんなちっこいガキひとり救えないくらい、まだまだ下っ端だけどな」

 捻くれた秋の感情ごと、すべて受け入れたような太く悪戯っぽい笑み。

 乱暴にぐしゃぐしゃと頭をかき撫で回してくる彼の手のひらは、やはりどこか、遠い昔の父を彷彿とさせる。

「さァて。飯の時間はとっくに過ぎてんぜ。早くウチに入ろうや、秋」

 そう言って開け放たれた扉の向こうは、明かりが灯り、暖かくて清潔だったのを、いまでもよく覚えている。

 たとえどんなに不幸な境遇にいたとしても、ひとを呪って生きることに、意味などなに一つとしてない。

 不幸の形はあまねくこの世において無量大数あるし、幸せの形もまた然り。その数だけ、悪魔は存在している。

 いまならルカがあのとき言いたかったこと、伝えたかったこと。少しずつだけど秋にはわかる気がする。

 彼が毎日、その一緒の時を過ごす温かい日々の中で、全力をもって教えてくれた。

 雑踏のなかで再び、その写真を見返した。

 写真のなかの彼女が過去の自分と、そっくり同じ目をしていたから、わかること。

 濁って沈んだ瞳に映るものは、悲しみと絶望、憎しみしかない。それ以外のものは、すべてぴしゃりと反射して拒絶してしまうのだ。

 足掻いてもがいて、必死に伸ばす手。

 誰かに、その伸ばした手を引っ張りあげてもらいたい。

 この暗く冷たい海の底から出たいんだという叫びは、誰かに届いてくれと祈り続ける。

 その祈りを、誰が拾ってくれるというのか。

 その祈りは、修道士が拾うものだ。

 見上げれば太陽が、あんなにも高く輝いている。誰にでも平等に、光が届くように。

「この勘違いオンナを、とっとと引きずり出してやんないとな」

 母親を救えなかったことは、いまでも秋のこころに重くのしかかった罪にも似ている。

 だから、今度こそは。

 誰かのこころを救えるほどに、強くありたい。

 秋の修道士としての初めての仕事が、いま始まった。

 晴れた空のしたで笑って暮らす。そんな毎日が当たり前であるはずがない。

 時には太陽を隠す曇り空のしたで歩き、冷たい雨のなかで悲嘆に暮れる。

 それでも太陽が無くなることは決してなく、いつかは晴れて輝くのだと。

 自分が教えてもらったことを、この少女にも伝えたい。

 彼女が伸ばしているはずの手を、掬って、引き上げて。温かい太陽の光を、この身で浴びるんだ。

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