第3話

 子供の頃、一度だけ家族旅行で訪れた海を思い返す。

 季節外れの海水浴場はまるで貸切状態で、兄とふたりで思い思いに気に入ったものを拾っては、自慢しあっていた。

 欠けて変な形になった貝殻、綺麗な円形に削られた軽石、波にもまれて樹皮が剥がされたお陰で丸みを帯びた流木、元はなにかのボトルがすっかり研磨された硝子玉。

 柔らかな秋の陽光に透かしてみると、クラスの女子が持ち寄る色とりどりのビーズよりも複雑な反射光を眺めることができる。

 全部持ち帰ると駄々をこねて、叱る母親を宥めながら父が差し出してくれたコンビニのレジ袋を満杯にした。

 日が暮れるまで集めて、帰路を走る車がまるで揺り籠のように優しく眠りを誘う。兄とそれぞれの肩に凭れて眠り、膝の上にはレジ袋に詰まった貝殻や石ころ。

 ずしっと重くなったレジ袋はまるで宝箱で、帰宅して布団のなかにまで持ち込んだものだ。

 あれだけ大切にしていたはずなのに……。

 そのうち押し入れに仕舞い込み、もうどこにあるのか忘れてしまっている。


 思えばあの日までの僕らは、幸せの絶頂だったのかもしれない。

 くだらない生活のなかに潜む小さな感情の欠片一個一個が、いまにして思えば、あの流木や硝子玉のようだった。

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