file 6

 第八世住職の間――スマートフォンにそう表示された部屋に来た。

 小さな部屋にある仏像は阿弥陀如来像ではなく、阿修羅像だ。古い鞍やあぶみもあるし、火縄銃などの武器も置かれている。

「……家康公が送ったとされる鞍や鐙はほかにもあったのですね」

 常楽寺には神君家康公が送った鞍や鐙が安置されているが、ほかにも存在していたという事になる。

「まァ、遺失叡智ロスト・テクノロジーはないとは思うが……。っと、こいつがこの遺跡のお宝か?」

 と、和樹が奥に安置されている書簡を見る。表紙にはやはり葵の御紋が刻まれていた。

「桶狭間での信長公の急襲により、朝廷に任ぜられた《危機呼ぶ叡智》の収集が妨害され――、ってあれ?」

 和樹が読み上げたのは今川家凋落の原因ともなった桶狭間の戦いだ。家康は当時、今川家の人質であったのだが。

「今川義元の人質であったのになぜ……?」

「……そうか、やっぱり家康公はただの人質じゃなかったんだな」

 僧が疑問を口にするのだが、和樹は得心したように何度もうなる。


「――義元が家康を己の後継者として育てていたって説があったのさ」


 驚愕の事実だった。だが、事実が示すように徳川家康は最終的に天下を取り、260年もの長期政権を築き上げた。

 義元の先見の明は正しかったのはすでに証明されているのだ。

「なんと!」

「まァ、家康公が後継者って説は家にも伝わってる話で、半信半疑だったがな……」

 僧が驚くと和樹は頭を掻く。直径筋ではないが、今川家の血筋でもある。今川和樹というのは本名だ。

「今川義元は京文化にも造詣が深いだけじゃなく、東海一の弓取りって言われていたぐらいの武士もののふだ。当然、朝廷とも関係が深かったといわれてたんだが――。

やはり朝廷は遺失叡智ロスト・テクノロジーの存在を把握し、散逸と悪用を防ごうとしていたんだな……」

 和樹が感慨にふける。直径筋ではないとはいえ、現在の今川の使命は遺失叡智が悪用される事を防ぐことなのだ。

 歴史書が示すことが本当ならば古来より今川家は現在のフィッシャーマンのように遺失叡智を悪用せんと企む邪悪な者たちと戦ってきたことになる。

「家康公はその今川の使命を秘かに受け継いでいた……。麻呂だのおしろいだのってバカにされてたからな……」

「あ、なるほど……」

 僧は和樹が涙を流す理由を察する。とかく歴史の敗者というのは面白おかしく描写されがちであり、今川義元も例外ではなかった。

 近年では今川義元も再評価されたのだが、なかなか負のイメージはぬぐえづらい。

「義元だけじゃなく、綱吉公もなァ……」

「確かに……」

 徳川綱吉も散々な評価をされていたからだ。生類憐みの令とは本来、戦国時代で荒れた倫理を取り戻すためのものであり、世界初の動物保護令であるからだ。

「じゃあ、この遺跡はまさか……!」

 和樹が叫ぶと、どこからか声が響く。


「お主の明察通り、この遺跡は家康公の自戒と守護者を見定めるに作られたもの――」


 その声は厳かで、威厳を感じさせる声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る