第3話
指を振るだけで首が飛ぶ。勿論物理的に。人間にとっては恐ろしくて堪らないだろう。魔力が強い者は、砲弾だって効き目がない。いざとなれば姿を消すことが出来る魔法使いもいる。あちこちで聞こえる悲鳴。血と脂の匂い。気を抜いていたら銃弾が頬を掠めて、ピリピリと痛痒い。どこへ行ってもこびり付く断末魔と血飛沫。ああ、遠い昔に終わったと思っていたのに。
は、と目が覚めた。体中が汗だくだ。枕元の時計を見るとまた午前四時前。同居している少女を起こさないように、ベタベタの体をシャワーで流そうと思いリビングへ繋がる自室の扉を開けた。
「ぅおわあ……」
「おや、どうしたんです?」
月の光の射し込むリビングに、シャーロットがおり、慌てていつもの余裕のある風を装い髪をかきあげた、
「お色気星人……」
「シャーロット?」
ぶつぶつ何やら呟いているその手にはマグカップが大層大事そうに握られていた。昨日仕事帰りにお土産で買ってあげたものだ。大事にしてくれているようで思わず頬が緩む。
ホットミルクでも作ろうとしているのだろうか。と、考えていると、
「ホットミルク作ろうと思うんだけど、ナナもいる?今日は特別に、ふふ、はちみつ入りを作ろうと思ってて……」
子供が秘密のいたずらを閃いた時のようにわくわくとした心の昂りを抑えきれないといった顔で問われる。
「そうですね……一旦シャワーを浴びてくるので待たせてしまいますし……」
「待つよ!いつまでも待つ!」
にっこりと笑む姿は、今の自分には眩しすぎる。
「いつまでも、だとふやけてしまいそうですね」
『私がもし悪い人だったら』
もしもじゃない、過去形であり、未来形である。広場での大規模な呪いによって歪んだ時空に迷い込んだあの子が持っていた赤い手帳。あれは紛れもなく昔の自分の手帳だ。しかしただの手帳ではない。「予知」を記した手帳だ。幼少期から私は「予知能力」に優れており、家族からは敬遠されていた。貴族であったから社交場や他人と話す時は予知が出来ることは絶対に公言しないと強く言われていた。しかし歳を追うごとに鮮明になっていった予知能力。警備の仕事を始めた事もあり、予知した内容を手帳に記すことにした。いつおとずれるか分からない、未来を。しかし、魔法使いではない家族が皆亡くなり、気の遠くなるような時を過ごしていたある日、路地裏で宝物を見つけた。拾ったのはなんとなくだ。友人には「面倒見がいいのもここまでくれば肝っ玉母ちゃんだ」と茶化されたのは無視した。一目で赤ん坊が魔法使いなのがわかった。この子に宿る膨大な魔力も。抑えなければならないと思った。この子の近くで呪いなんぞ発動したらたまったもんじゃない。時空なんて簡単に歪みが生まれるだろう。と、思い昔手帳に書いた文章を思い出し頭がサーッと青くなった。
出来るだけシャーロットには自由に生きてほしかった。魔法に縛られず、私にも縛られず。しかし、呪いに巻き込まれてしまった。きっとこの先も巻き込まれてしまうだろう。ならば、仕方がない。いちいち私が助けに行けばいいだけだ。シャーロットと出会ってからおさまった予知能力。シャーロットの魔力とも関係があるのだろう。
『私がもし悪い人だったら』
もう、私は悪い人ですよ。シャーロット。
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