第5話 決起の声は高らかに

 辿り着いた都は……なんだか想像と違ってた。あたしの空想ではもっと小綺麗な街だと思ったんだが……都の清流ランシード川とかいうのは藻色のドブ川だし、街路樹の下には犬の糞だらけだし。おまけに占領軍とかいう連中がぶっそうな目つきでうろうろしている。ま、こいつらのおかげで食うのに困らないからいいんだけど。

 あたしは『イーリス、勝利の大天使』と彫られた聖剣とかいうナマクラをひっさげて、ちょうど歩いてきた奴らの前へ出た。

「おいお前ら、この辺があたしのシマだって分かって通ってんだろうな?」

 あたしがドス声を作っていうと、占領軍の制服を着た連中が一斉に悲鳴になった。

「うわっ、『救国の聖女』!」

 ふふん、あたしも有名になったもんだ。あたしはおう、と聖剣を石畳にがっつん突き立てて怒鳴った。

「ホラ通行料!」

 連中が怯えたように差し出す財布を取り上げ、あたしは背後に放り投げる。クレーロスがさっと近寄ってきて、中身を数えた。

「全部で53ゴールドです、乙女」

「けっ、少ねぇな」

 あたしが呟くと連中は震えいって平伏し、お許し下さい聖女様、と怒鳴った。あたしはそれに構わず一番若そうな男の腰についていた袋をこじあける。

「まだあるじゃねぇか、30ゴールド」

「そ、それは田舎の母に送る薬代で……」

「悪いね、あたしも田舎に病気の姉貴どもがいるんだよ」

 但し奴らの病気はオツムの部分で一生直らないがナ。あたしは胸の中でその部分だけを呟き、新しい獲得金を自分の懐に入れた。

 ふっふっふ、これでパーティ用のドレスを作ろうっと。とにかく都まで来たんだし、王宮は目の前だし、あの低能魔女マガをぶちのめす日も近い。

 即ちそれは、あたしがサーちゃんと結婚してこの国の女王になる日だ。流行の髪型にして、可愛くドレスアップして、むふぅ。あたしは思わず頬をゆるめる。カルロ王国の連中はその顔を見て逃げていったが、あんなの気にしない。

 また足音がしたのであたしは聖剣を構え直して振り返った……が、そこにいたのは若い男だった。銀色の鎧と大きな剣。けれど胸に付いている紋章はどうやらこの国の騎士団のものらしい。占領軍とは違うことくらいなら分かる。

「あの、『救国の聖女』さまでいらっしゃいますよね?」

「そうだけど、なんか用?」

 あたしをナンパするとは見る目がある奴……と思っていたら、そいつはあたしにいきなり膝をついた。

「我々はこの都をお守りしていたシスドーン騎士団の者でございます。救国の崇高な目的のため身を犠牲にしてくださる聖女様の魂に我々は共感いたしました! とりあえず先の戦で残った者どもを聖女様の御為にと密かに結集いたしました! どうか我々の元へ来て下さいませんでしょうか。聖女様の輝きとお導きで、一緒に王国のために戦おうではありませんか!」

 そして泣き出す。堅物なことをほざいているなと思ってたのだが、まったく都の連中と来たらどうなってるんだ。こんな馬鹿は王宮のネジゆる組だけだと思ってたのに、どうやら都は騎士団にいたるまでアホばっからしい。

 が、まあ人数がいるっていうのは良かった。王宮にもちょっと行ってみたのだが、結構城門も厚そうだし警備も頑丈で、骨が折れそうだったのだ。アホでも馬鹿でもちゃんと集まっている手勢がいるなら楽だ。それに敵だったら全員この聖剣で滅多切りにして、その後で金目のものを貰ってくるだけだし。

「クレーロス、行くよ」

 あたしが振り返って言うと、騎士はまた目をうるうるさせながら叫んだ。

「おお、宮廷一の賢者、お世継ぎ殿下の守り刀、叡智の塊であるところのクレーロス魔術師では?! さすが聖女様、お連れになっているかたも桁が違う!」

 エイチノカタマリ……?

 叡智というのがどういう意味だったのか、本気で悩みそうになる。が、クレーロスの方は至極当然というように頷いた。

「私も乙女の(中略)魅力に打ちのめされて愛のために奴隷になったのです。私たちの素晴らしく(中略)勇気ある同志。さあ、一緒に王国を復興させるのです!」

「クレーロス様……!」

 感極まったように騎士が号泣し始める。こいつらの泣き属性には慣れているのだが、いい加減にうざったくてあたしはクレーロスの膝を蹴った。

「泣くな! うざったい! 泣いてる暇があったらさっさと仲間の所へ案内しな!」

「おお乙女、以前からこのクレーロス思っておりましたけれど、乙女はなんと冷静で(中略)素晴らしいお方なのでしょう!」

 ……もうこいつら殺してサーちゃん食って全部終わりにしたい気持ちになってきた……あたしが黙っていると、騎士とクレーロスはひたすら涙を噴きこぼしながら盛り上がるばかりだった。なんていうのか、感性が違う。

 それでも奴らの繰り言を聞き流して連中の根城だとかいうホテルへ行ってみれば、そこそこの人数がいた。武装してるってのも大きい。

 というか、今までのクレーロスやサーちゃんが役に立たなさすぎなのだが。ロッドを買ってやったはいいが、クレーロスの得意な魔法は花壇の花を咲かせることなんだそうだ……お前は一生花でも咲かせてろ。

「皆の者、この方こそ我々の希望の輝きにして栄光の導き手、勝利の大天使なる救国の聖女さまであるぞ!」

 紹介されて巻き起こる、万歳三唱。なんだか事態はあたしの知らないところでちゃんと進行してるらしい。そんな風に楽観していたあたしに、万歳を終えた連中は期待に充ち満ちた、ある意味雨の日に捨てられている子犬よりも卑屈で始末が悪い目つきであたしを見た。

「それで救国の聖女さま、これからどうしましょう?」

 そんなの自分たちで考えとけよ! 

 ついつい怒鳴りそうになるが、そんなことしたって無駄だってことくらいあたしだって学習している。……ていうか、連中の頭は一体何のためについてるんだ。クレーロスくらいのレベルになると観賞用でも別にいいんだが、ごく普通の連中の雁首並べられたって、面白くも何ともない。あたしがあんたたち、と声を上げようとした側からクレーロスが乙女、と潤んだ声で言った。

「殿下を今こそ掲げて城に戻りましょうねっ、ねっ」

「あ、そっか」

 都に入ってから特に甲殻類チェックが厳しかったんで、サーちゃんは荷物の中に入れっぱなしだった。あたしは足元の鞄をあけて、サーちゃんの甲羅を掴んで引きずり出した。

「どーだ! あんたたちの王子……よ! あたしが掴まえてここまで連れてきてやったんだから!」

 一瞬サーちゃんの名前が出てこないが、連中にわかるもんか。が、連中の反応はとっても微妙だった。ざわざわという空気が少しだけ流れ、更に変な沈黙になる。何よ、とあたしが怒鳴るとさっきあたしをナンパした騎士があのぅ、と言い辛そうに言った。

「そ、そのタラバガニが麗しき都の(中略)サティーラン15世陛下だと乙女はおっしゃいますのでしょうか……?」

「……た、タラバ……いや、カニ、なんだけどさあ……」

「だーかーら! 余はカニではないと言っておろう!」

 泡を吹いて主張するサーちゃんにあたしはでもさぁ、と呟いてくりっとひっくり返し、腹側を自分に向けた。何となく、こっちの方が話してる気持ちになる。

 と、それを横からクレーロスがひったくり、サーちゃんをかかえていけませんっ、と叫んだ。とびきり綺麗な白い頬までぱあっと染めてサーちゃんを胸に抱き締めるクレーロスという、腐女子ならウッカリ萌えそうな光景だ。

「ダメっ、ダメです乙女! そんな、け、結婚前に……! いくらお二人が真実の(中略)愛の嵐に(中略)おられても、その、節度というか、貞操といいますか……」

 あとは顔を赤らめちゃって、口の中でもごもごと呟いている。

 こいつときたら説教も出来ないらしい。残酷なまでに本当に何も出来ないんだな、クレーロスって……

 あたしが鼻白んでむっと突っ立っていると、クレーロスは胸に抱えたサーちゃんの甲羅を撫でながら、みなさん、とよく通る声で言った。こんな時はやっぱ美形に限る。

「お姿はこのようなおいたわしいこととなっておりますが、この方は紛れもなく(中略)王子殿下……いえ、今やこの国の王陛下であらせられる、都の宝石にして(中略)サティーラン15世陛下ですぞ!」

 おおっというどよめきがして、次の瞬間、騎士団の連中が全員膝をついた。

「そ、そういえば確かにその澄んだ(中略)お声は陛下のものでございます! これは知らぬ事とはいえ、陛下になんという(中略)ご無礼を!」

 そのまま全員が泣き伏す……まったく、こんなだからカルロ王国にあっさりやられちまうんだろうな。脳がユルイと全てがユルイらしい。天然の王子、アホの宮廷魔術師、バカの騎士団。そりゃ無理ってもんだ。

「もうよい、みな、余のためにこれからよく働き、余と余の乙女イーリスの作る新しい国を支えておくれ」

 サーちゃんの言葉に騎士団の連中はおいおいと声を上げて泣いている。と、そのうち一人が聖女さま、と手を挙げた。何よ、とあごをしゃくると頬を染めて上目遣いにあたしを見た。

「あのぅ、救国の聖女さまは、陛下の……そのぅ、魂と魂が固く結びついた真実の愛の具現の女神さまでございますかっ?」

「……は?」

 あたしは思い切り鼻に皺を寄せた。こいつらときたら何でこう、もうちょっとましというか簡潔な表現が出来ないんだろうと苛々考えていると、騎士はざあっと青くなって申し訳ありませんと平伏した。

「申し訳ありません申し訳ありません聖女さま! ワタクシの貧弱な語彙では愛の何たるかを表現出来ず、こんなに短く品のない言葉でお聞きしましたこと万死に値いたしまする! この際は死んでお詫びを……!」

 さっと騎士が剣を抜いた瞬間、サーちゃんがならぬ、と一喝した。

「乙女はそんな(中略)ことを気にするような者ではない! 余のイーリスはとても(中略)優しいのだ……くふふふうぅん」

 最後の喘ぎも気になるが、それよか所有格の方が気になる……いつのまにこんなに増長しやがったんだろうな、このタラバガニ。

 何か一言言ってやろうとあたしはあのねぇサーちゃん、と言いかけた。と、それよりも騎士たちの歓声の方が大きくて早い。

「サティーラン15世陛下とその優しくお美しい王妃さまに、ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!!」

 全員が揃って万歳を始めて、あたしはもうどうにでもなれという気持ちで立ちつくした。サーちゃんは口から泡を吹きながらありがとうとしか言わないし……クレーロスをちらっと見るとこいつもご多分に漏れず号泣中だったのだが、あたしが買ってやった例の魔法ロッドをさっと一振りし、花束を出した。

「(前略)乙女、このクレーロス、今日ほど感動したことはございません! この花はクレーロスより美しき(中略)乙女にお捧げいたします……! おおなんという幸せ(後略)」

 クレーロスはひたすら揉みしぼっているし、サーちゃんは騎士どもの歓呼に応えて泡を吹きまくるし、あたしはその中にぽつんと立たされてるしで、まったく提灯芝居の棒読み役者みたいだった。

「で、これからどうすんのよ」

 あたしはもうクレーロスなんかあてにしないことにして、騎士団の連中に言った。考えてみりゃ今までだってあてにしたことなんかなかったんだし、味方は増えたんだし、まぁいいか。騎士団の連中は全員揃ってきらきらした目つきであたしを見て言った。

「はいっ、聖女さまのおっしゃるまま!」

 だから自分で考えろっつーの!

 わかった、よーく分かった。つまりここの王国の連中は揃いも揃ってこんな奴らばっかりなのだ。こんな連中、クレーロスよりも手に負えない。

 クレーロスには美形という殆ど唯一だけど長所があり、サーちゃんには漏れなく王妃の座と大金がついているのだ。それにマガを見てればカルロ王国とやらも相当ヌルイ連中だって事は分かる。だってあの魔女だって相当ヌルイもん。なんか負ける気がしない。

「よし、ここは男らしく突撃だ! てめえら遅れるんじゃねぇぞ!」

 あたしは聖剣をがばっと振り上げて怒鳴り、クレーロスが抱えたままのサーちゃんをひっつかんで外へ走り出した。後ろからわぁわぁ楽しそうな声を上げて騎士団のバカどもが付いてくる。

 城の門の前まで来て、あたしはサーちゃんをしっかりと小脇に抱えながら怒鳴った。

「おいっ、マガ! 低能魔女! 年増ババァ、出てこい!」

 騎士団のバカどもがおおっと唸る。

「あの凄まじき知謀の主たる『導きの星』を低能とは! さすが聖女さまはおっしゃることの桁が違う!」

 もうバカばっか。あたしが鼻でふんと笑うのと、あの嫌味ったらしい耳に付く声が鳴り響くのと、殆ど同時だった。

「あーらわざわざ本当にあたくしの華麗な魔法で無様に倒されに来たのね、貧乳娘! お前に聖剣が手に入るはずないからそれとも負けを認めてサティ様をあたくしに譲りに来たのかしら、おーっほっほっほ!」

 マガは空中にぷかりと浮かんで腰に手を当て、のけぞって笑っている。

「おいババァ、パンツ見えてるぞ」

 あたしはぼそりと呟いた。マガがきゃっ、と変な色気のある声を出して、相変わらずぱっつんぱっつんのミニスカートの裾を押さえ、少し離れた場所にふわりと降り立つ。

「さあっ、サティ様をこっちへお寄越し!」

 手を突き出すマガにあたしはにやりと笑ってサーちゃんをクレーロスに渡し、聖剣を抜いた。さっとマガの顔つきが変わる。あ、やっぱこいつ相当年増だ。額に出る皺の数が違う。

「どっ、どっ、どこでその聖剣を……そのマークは『激安王』……! 貧乳には売るなってあれだけ言ってあったのに! 潰してやるんだから!」

 マガは地団駄を踏みながらキィキィ叫び散らした。あたしはふふんとぬるく笑った。マガの悔しがる姿ってのは本当に気持ちいい。

 と、お待ちなさいっと凛々しい声がした。あたしはハッと振り返った。その声は確かにクレーロスだったが、今までの一本抜けたふわふわしたものじゃなく、怒りに震えた鋭い声だった。

 こいつ、こんな声出せるんだ……ちょっと格好いいかも。

 あたしが思わずにやりとするのに構わず、クレーロスは怒りのために頬を染めながら『導きの星』!と怒鳴った。

「何ということを───何ということをおっしゃるのです、貴女という方は! わたくしはこの前激安王で5%キャッシュバックポイントカードを作ったばかりなのですよ! 今ちょうど全店で入会キャンペーン中ですから続々と新規会員が集まっているでしょうに、あろうことかその人々の夢と希望をうち砕き無かったことにしようとたくらむとは、何たる不愉快、なんたる無慈悲、おお『導きの星』、貴女という人は、本物の悪だったんですね───?!」

 ……5%バック……? あたしは一瞬鼻白んだが、とにかくクレーロスのピントがずれているとしか言いようのない言葉にそうだそうだと気勢をあげた。それに圧されたようにマガはふんっと白々しく笑った。

「まあ潰すのは勘弁してやるわ。どうせ貧乳娘ったら、その辺の屋台で売ってる肉まんでも突っ込んで誤魔化したに決まっているのですものね、おーっほっほっほ!」

 そんなわけあるかと言おうとした矢先、クレーロスが何を言うのです、と叫んだ。

「いい加減な事を言わないで下さい『導きの星』! 肉まんではなく蒸かし饅頭です!」

 ……マガより先にクレーロスをぶちのめしていいですか。マガはそんなことだろうと思ったわと甲高く笑った。あたしは聖剣を構えた。

「その秘密、知ったからには生かして帰さん! ババァ、覚悟!」

 ───と、マガが突然飛びすさった。ぱっと手を開くとそこに突然釣り竿が現れ、それをふるってマガがぐいっと竿を引く。一本釣りの要領でぽーんと空中を飛んでいくのは───タラバガニ。

「サーちゃん!」

「あたくしとの勝負は城の広間で! あたくしとサティ様の結婚式の余興にしてさしあげてよ、おーっほっほっほ!」

 そんなことを吠えてマガは城の中に駆け込んでいく。

 ……あいつ、サーちゃんを一本釣りしたんだな。何だかあたしよりもマガの方がサーちゃんを人間扱いしていないのは気のせいだろうか。ま、蟹なんだけど。

 とにかくサーちゃんを取り戻して呪いをといてサーちゃんと結婚してクレーロスをはべらせる。あたしは決意を新たにし、マガを追って、決戦の城へと突入した。




 ───そして最終決戦は幕を開ける。

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