第4話 伝説の剣は激安に

 ……本当に、ここでいいのだろうか。 あたしは遠く霞む王国大聖堂とやらに視線をくれ、首を傾げた。聖剣でないとマガをぶちのめせないのだから手に入れる必要はあるんだが……

「ちょっと。本当の本当に、ここでいいの?」

 あたしは横に突っ立って大聖堂に感激しているクレーロスのすねを足でつついた。全くこいつは何かあるとことごとく感動の涙を流してやがる。が、またその涙にくれた顔がいいんだから美形って得だ。というか、こいつが美形じゃなかったらこんな役立たず、さっさとマガに押しつけてる。

 クレーロスははい、と深く頷いた。

「もちろんでございますとも、我々の光と勝利の天使、麗しの乙女。語れば長くなる事ながら……」

「その先はいらんから、とっとと案内しろ」

 クレーロスは語りを邪魔されてちょっとばかり淋しそうな顔をしたが、すぐに頷いて歩き出した……沿道を埋め尽くす、土産物屋の通りの中へ。

『伝説の剣あります』

 という看板がそこかしこの店に出ているのは一体何なのだろうとは思うが、あの大聖堂とかいうのが王国の英霊の宿る場所なのは本当らしい。

 サーちゃんが

『祖先の偉大なる王と王妃の面前にて、このような姿、恥ずかしくてとても出て歩けぬ……ああ、余は、余は』

などと泡を吹き散らしてわめいたあげく、あたしの荷物の中に潜り込んで出てこようとしない。

 ここまで来れば王都も近いし、用心するに越したことはないからそれでも構わないのだが、クレーロスはサーちゃんのことを不憫がって例によって長々と手を揉みしぼりながら語り、泣く。サーちゃんはそれに更に感激して泡を吹く。

 蟹は泡を吹くと不味くなる。なるべくこいつを興奮させないで置こうとあたしは思うのだが、サーちゃんもクレーロスもあたしを豪快に放り出したままで、自分の感傷にどっぷり浸かる癖があるのだ。

 あたしが雑踏を不機嫌に歩いていると、店の呼び込みが聞こえてくる。

「さあさあ見てって! 伝説の剣エクスカリパーに最強の鎧だよ! サイズもどーんと豊富に格安販売! ───ほら、そこのお嬢さん、ねぇ、剣はどう? 建国記念の聖剣に今ならお嬢さんのお名前を彫っちゃうサービス付き!」

 にっこり笑った店の親爺があたしに剣をぶんぶん振ってみせた。何が聖剣だ、普通の両刃剣じゃないか。

 白けたあたしの表情に親爺は更に満面の笑みで盾を振りかざしてみせる。それらしくごたごたと飾り付けて作ってあるが、持ってみると異様に軽い。ふっと裏返してみるとベニヤ板だった。あたしは沈黙し、盾を親爺に突っ返して歩き始めた。クレーロスが慌てて小走りについてくる。

「……ちょっと、聖剣ってあんなのなわけ? あれでいいの、ほんとに」

 あたしがクレーロスを睨むと、金髪碧眼の美形魔術師はとんでもない、と首を振った。

「あんなのはいけません。乙女にふさわしい剣はもっと他にございますとも。朝露に光る薔薇の如く美しく……(中略)……あなたのために剣を必ず、必ず……(中略)……手に入れてごらんに見せますとも!」

 何故こいつはいちいち泣くんだろうなといつも思うのだが、あたしはそれには構わずにずんずん先へ進んだ。

 聖剣は大聖堂にある、と聞いてやってきたのはいいのだが、来てみれば聖剣と名の付く剣は周辺の土産物屋で3本5ゴールドでたたき売られているじゃないか。サービス合戦も過激になってるようで、名前を彫ってくれるとか、当たりが出たらもう1本だとか、抗菌まないた付きとか、色々だ。

 一刻も早く剣をどうにかしてマガをぶちのめしてやりたいが、大量の聖剣の前に何故だか段々やる気が失せてくる。

 長い溜息をついてクレーロスの言うままに歩いていたあたしは、彼が連れて行った店の前で更にふてくされた。

「……何よ、『激安王』ってさ……」

 今まで見てきた土産物屋の集大成のようないかがわしさだけは満点な店だった。いい品をどんどん安く! 3割4割は当たり前! という旗がぱたぱたはためいている。呆れかえってクレーロスを見ると、彼はにこにこと笑っていた。

「ここが一番安いのです、乙女。1年間の保証と5年間の保険もついてますし、買って1週間以内の交換にも応じてくれますし、お名前まで彫ってくれるんですよ」

「あーあー、そうですか」

 結局『乙女の真実の愛』とやらが形式を満たしていれば満了する条件であることと一緒なのだ。

 ───だったら、何もわざわざこんな王国大聖堂なんかに寄らなくたってその辺で適当に買った剣に名前書いて『聖剣』って言えばいいんじゃないか!

 あたしがそういうと、クレーロスはきょとんと目をしばたいた。と、その青い瞳に見る見る涙が吹き上がってくる。しばらく一緒に旅をしているから、これが何であるか何となく分かる自分が嫌だ。……クレーロスは感動しているのだ。

「す、素晴らしいです、乙女!(以下略)」

 本当にこいつらと来たら……あのタラバガニはそもそもご禁制になっているので危なっかしくて人前に出せないし、クレーロスは天然醸造ものだ。

 クレーロスのことをサーちゃんは優秀な魔術師と言ったけど、マガのことを『恐ろしく悪知恵が回る』などと言ってることからして、推して知るべし。

 むっつりとあたしが黙り込んでいるのを気にしたのか、クレーロスはあたしの方をのぞき込んで何くれと気をかけてくれるが、そんなことをするくらいならもっと役に立ってくれというのが本音だ。

 が、いつまでもふて腐れていても仕方がない。聖剣を手に入れてマガを成敗し、サーちゃんと結婚してクレーロスをはべらせるという夢の生活まであと少しなのだ。

 ここまで来た時間も無駄にしたくない一心で、あたしはクレーロスがおすすめとかいう『激安王』へ歩いていった───が、その前で兵士が荷物の検査をしている。

 荷物の中にはサーちゃんが入っているはずなので、見とがめられたらマズい。

「ど、ど、どういたしましょう……ああこのクレーロスにもっと力があれば(以下略)」

 おろおろするクレーロスの言葉を適当に聞き流し、あたしは荷物の中に手を突っ込んで財布だけとりだした。サーちゃんにはおとなしくしてろと言い含め、あたしは沿道の土産物屋に入る。

「いらっしゃいませ!」

 早速店の親爺が飛んでくる。あたしは荷物を付きだして、預かってちょうだい、といった。途端に態度が渋くなるが、こんな時にどうすればいいのかあたしは勿論知っている。

「テメェ、『救国の聖女』に刃向かったら命はないと思え」

 腹の底から絞り出すような低い声で言うと、親爺は竦み上がって頷いた。峠で追い剥ぎ家業をしていた頃の名前は王国中に知れ渡っているのだ。

 荷物を渡してあたしは親爺に念を押し、クレーロスをつれて『激安王』へと向かった。

 店の前で荷物の検査をしていた兵士はあたしをじろじろとみ、そしてあたしの胸のあたりを見た。ぎろっとにらむと慌てて視線を逸らす。

 マガに罵られて以来、こっそり買った水流バストアップマッサージ器『女神の豊穣』で日々鍛えているのだが……そ、そんなに大きくなったかな? いやべつに、胸の大きさなんてぜーんぜん、気にしてないけどな。うん、全く気にしてない。気になんかしてないぞ。

 それに乳は育っても胸の傷は癒えない。マガのクソ野郎に正義の鉄槌を加えてやるためにも、あとちょっとだ。

 『激安王』は中は以外に普通の武器防具屋だった。1本1ゴールドの中古品から200万ゴールドの超高級品まであるが、高級品の方はどう見ても剣そのものの値段じゃなくてたっぷり使われた金や宝石の値段だと思うのだがどうだろうか。

 クレーロスは楽しそうに物色していたが、やがて1本の剣を選び出した。

「これなんかどうでしょう、乙女……長さも軽さも丁度いいかと思うのですが」

 この剣と今まであたしが使ってきた剣の違いがどこにあるのかさっぱり分からないのだが、クレーロスはにこにこと笑ってこれにしましょうと力説する。

 何がいいのか悪いのか全然分からないまま、会計をして貰おうと店員を探して店内を見回すと……魔法のロッドコーナーがあるじゃないか。

「ちょっとクレーロス、あんたのロッドも買いなさいよ」

 こいつが全く役に立たないのは魔法のロッドがないから……らしい。本当にロッドがあれば役に立つのかどうか実に怪しいが、買えるものならそうしてやって、すこしでも楽が出来ればありがたかった。

「えっ、よ、よろしいのですか?」

「いいわよ。ほら、好きなの選んで」

 あたしが促すとクレーロスはいきなりほろほろと泣き始めた。……またかよ……

「ああ乙女、なんとお優しい方なのでしょう……このクレーロス、乙女の凛々しく強い魂とお優しさに触れるたびに、改めて感激いたしまする……殿下が乙女にお心をお預けになるのもようく、ようく分かります。殿下のお声がかからなければこのわたくしめが乙女に愛をお捧げするものなのですが……」

 あたしは首をひねり、ちょっと、とクレーロスの袖を引いた。

「それはあたしが好きってこと?」

 こいつらの物言いは勿体ぶっている上に修飾詞が長くて訳が分からない。肝心なことはいちいち聞き返さなくてはいけなかったが、クレーロスは確かに愛を捧げると言ったような気がする。

 あたしの質問にクレーロスは茹でた蟹みたいに真っ赤になった。両手で頬を押さえて心というものは口に出さずとも伝わるのですねなどと呟いている。

 今お前が自分でそういったんじゃないかとは思うものの、いちいち突っ込むのさえ面倒なほど、こいつもサーちゃんも頭のねじがちょっとゆるいのだ。勿論、一番ユルいのはマガだけど!

「しかし、殿下があのようなお姿であられるからこそ乙女はわたくしのようなつまらぬ者にもお目をかけて下さるのだと、このクレーロス、肝に銘じております……私などは殿下に比べて何もかもが劣る、不肖の弟なれば……」

「ちょっとクレーロス、あんた、サーちゃんの弟なの?」

「ど、どうしてご存じなのです?」

 マガといいこいつといい、どうして王宮から来るやつってのは……

 あたしは溜息をついた。こいつやマガと喋った後でサーちゃんのことを考えるに、奴がひょうきんな蟹の姿はしていてもしっかりした奴であったように思えてくる。……それはもちろん錯覚なんだけど。

「……今は亡き国王陛下の脇に出来た子でして。でも王妃様にも可愛がっていただきましたし、殿下にもよくしていただきましたから……」

 クレーロスはひたすら遠い目をして語っている。脳天気な奴らばかりだと思っていたが、王宮もそれなりに色々あるらしい。が、あたしが気になるのはもっと別のことだった。

「ところであんたとサーちゃんって似てた?」

 クレーロスはそうですねぇと曖昧に頷いた。そもそもこのクレーロスが極上の美形だ。さらさらした長い金髪、きらきらした青い瞳に長い睫毛、通って細い鼻筋、柔らかそうで薄すぎない唇、白い歯。たまんねぇ。

 これに似ているというならサーちゃんは確かに相当の美形だ。クレーロスは自分よりももっとサーちゃんの方がお美しいとか何とか、だらだら語っていたが、見ないものは信じない。サーちゃんの美形ぶりというのはクレーロスの話に聞くだけだったから、マガをぶち倒した後でゆっくり観賞するに限るが、何にしろサーちゃんを元に戻すにはマガを倒さねばならず、マガを倒すには聖剣がいる。

 その手助けになるならクレーロスに多少の投資はしてもいい。

「ま、細かいことは後でゆっくり聞くからロッド買いな」

 クレーロスはそこでひとしきり泣きかぶって繰り言を述べていたが、あたしはそれを大半聞き流し、ロッドのコーナーへ引っ張っていく。ロッドを適当に物色して選び出した後、クレーロスは真っ赤になりながら乙女、とあたしに囁いた。

「あの……あのぅ、このロッドなんですけど、心の中で乙女のお名前でお呼びしてもよろしいでしょうか……」

 心の中でなんて呼んでようが聞こえない分なら自由だろうとは思うが、もうこいつらのこんな習性には慣れてきている。あたしははいはい、と軽く頷いた。クレーロスの顔がぱっと明るくなり、あたしに向かって満面で笑って見せた。

「ありがとうございます、ありがとうございます、ああ、乙女、貴方はなんと良い方なのでしょう!」

 本当はお前の方がいい奴なんだけどな。あたしは胸の中で呟いた。

 剣とロッドを会計に持っていくと、店員があたしを見て、あたしの胸を見た。そんなにはために分かるほど育ったのだろうか、すごいぞ、『女神の豊穣』

 ───と思っていたら、店員があのう、と小さく言った。

「あの、お客様、こちらでちょっと胸囲を測らせてもらえないでしょうか……」

 あたしがじろりとにらむと、店員は首をすくめて申し訳ありませんが、と続けた。

「先週から新しい法律が急に出来まして……その、女性のお客さまについては、その、75A以下の方には、剣をお売りできないことに……」

「何よその法律……」

「はぁ、私どもも訳が分からないんですが、とにかく占領軍の方からきつく申し渡されておりまして……」

 それで武器屋に入る時に兵士どもがあたしの胸をじろじろ見ていたのだと気づき、あたしは喉を鳴らして唸った。

 これが何であるか考えなくてもいい。怒りで目の前が霞んでくる。

 マ~~~~~~~ガ~~~~~~~!!

 絶対殺す、あの女。

 あたしは持っていた剣をクレーロスに押しつけた。

「ちょっと、ここにいて」

「え? でも乙女、どこへ行かれるのです?」

「いいからここにいて」

 あたしはクレーロスに言いつけると、サーちゃんを預けっぱなしの土産物屋へ戻った。親爺がほっとしたように荷物を出そうとするのに首を振り、店頭で売られている蒸かし饅頭をとる。

 何か言いかけた親爺に向かって1ゴールド硬貨をたたきつけ、あたしは饅頭をふたつ服の中に押し込んだ。適当に形を整えて『激安王』へ戻り、難なく審査をパスしたのがまた屈辱的だ。

「あのう、そ、その胸はどうなさったんでしょうか……」

 剣を手に入れて『激安王』を出ると、さすがにクレーロスの方は心配そうにあたしを見つめてくる。あたしはだまって胸から蒸かし饅頭を取り出した。途端、クレーロスの目に涙が浮かんでくる。

「おお乙女、なんとおいたわしい!」

「お前に言われたかないわ!」

 自分で分かっていることを同情されると、本当に腹が立つ。とりあえず、『女神の豊穣』がゴミだって事はよく分かった。

 マガ、とあたしは『イーリス、勝利の大天使』と彫られた聖剣を握りしめて胸に誓った。あの低能な魔女をこの聖剣で滅多切りにしてくれる。乙女心を傷つけた罪は象より重いのだ。

「サーちゃんを迎えに行って、さっさと城へ乗り込むわよ」

 あたしは呟いて、にやりと笑った。




 ───かくて聖女は光臨する。


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