七 呪い返し
「いやぁー!」
祭壇に向かって祈りを捧げていた
白い獣が宙から現れ、
とっさに腕を上げ、喉を庇ったおかげで命は無事だったが、左腕には獣の歯形が穿たれ、見る見るうちに赤い血が腕を伝って流れてゆく。
「と、
側仕えの女官たちが騒ぎ始めた。
白い獣など視えていなかった女官たちは、何が起きたのかわからず怯えるばかりだ。
もう白い獣は消えていたが、あれは間違いなく、
(千代姫の元に行かせたはずなのに……私は、失敗したのか?)
腕の傷を抑えながら、
怪我のせいではない。この事態を王に知られるのを恐れたからだ。
「何の騒ぎだ?」
聞こえて来たのは、
すぐにどかどかと騒々しい足音が近づいてきて、王子が姿を現した。
「その怪我はどうした? まさか、失敗したのではなかろうな?」
目の縁に青黒い
「も……申し訳、ありません」
蚊の鳴くような声で
「謝って済む問題ではなかろうが! 父上は、おまえの力を見込んで、日の巫女の後継に押したのだぞ!」
「も、申し訳ありません!」
恐怖のあまり、
「だから……謝ったって駄目なんだよ!」
小柄でほっそりした少女の体が壁にぶつかり、床に叩きつけられた。
「あうっ」
床に頭を打ちつけた拍子に唇が切れて、血が滴る。
それでも、
十世の頭を、
「父上には俺から報告しておく。おまえは次の手を考えろ。役に立たない者は、生きている価値がないと思え!」
満照の言葉は、十世の心にぐさりと突き刺さった。
その刹那、三年前の出来事が十世の脳裏に蘇った。
それは、十世の心を恐怖で支配し続ける悪夢の記憶だった。
どかどかと足音を響かせて満照王子が遠ざかっても、誰一人動こうとはしなかった。
「何をしている? 早く十世を部屋に運び、手当てをしてやれ」
満照と入れ違いにやって来たのは、弟の
大柄で髭の濃い兄の満照とは違い、細身で色白の依利比古には目元の
(
兄王子に遠慮しながらも、十世の身を案じてくれる依利比古は、二年前に日の巫女の後継を指名されてから、ずっと十世の心の支えだった。
(次は必ず、お役に立てるようにがんばりますから……)
心の中でそう呼びかけながら、十世は意識を失った。
〇 〇
夜が更けた頃、
四隅に削り花を置いた千代姫の寝具に覆いかぶさるように、アカルは倒れていた。
「
「巫女殿!」
ぐったりとした体を夜玖が抱き起こすが、アカルの意識はない。
「怪我は無いように見えるが……」
青影が心配そうにつぶやいた時、夜玖の顔から緊張が解けた。
意識のないアカルの口から、すぅすぅと規則正しい息づかいが聞こえてくる。
「大丈夫です。どうやら眠っているだけのようだ」
「そうか。眠っ……てるのか?」
青影はホッとしたような、呆れたような笑みを浮かべると、
「どうやら無事に仕事を終えたようだな。何とも頼もしい巫女殿ではないか!」
そう言って、わっはっはと豪快に笑いだした。
「誰か、夜玖殿を、巫女殿の部屋までご案内しろ!」
「はっ!」
青影の近習から一人が立ち上がるのを見て、夜玖はアカルを抱き上げた。
腕の中で静かに寝息を立てているアカルは、どこから見てもただの小娘で、夜玖の知っているどんな巫女とも違っていた。
けれど、彼はもう、アカルのことを使えない小娘だとは思っていない。
「こんな小さい身体で、あの化け物相手に戦ってきたんだな。大したものだ」
崇拝する
「目覚めたら、一言謝らねばなるまいな。水生比古さまに報告して、褒美が貰えるようにお願いしてみるか……うむ、それがいい」
夜玖はアカルを寝所に運びながら、あれこれと考えていた。
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