三 別れ
夜明けとともに海で
染めていない白の
腰には
最後に、帯とお揃いの青い布を額が隠れるように巻き付けて、アカルの支度は整った。
『わしが呼ぶまで、入って来るんじゃないよ』
岩の巫女の高殿に
アカルは仕方なく
『いいかいアカル、
老巫女はギョロリとした目玉を動かして、ニヤリと笑った。
(ばば様のやつ、いったい何をするつもりだ?)
「
低い男の声がした。
「お入りなされ」
岩の巫女のしわがれた声と共に、葦簾の戸を開けて大柄な人影が入って来た。
人影は一礼したあと老巫女の前に座ったが、膝に置いた手はまるで威圧するかのように肘を張り、体もわざと前のめりにしているように見えた。
(まるで、熊と婆さまだな)
「昨日の依頼、お受けいただけますか?」
「せっかちな男じゃな。まあ急いでいるのだから仕方がないね。依頼は受けるよ」
「ほ、本当ですか?」
思いのほかあっさり承諾されて、肩透かしを食らったような声だった。
「ああ。だが、わしはこの通り高齢でね、
「弟子ですか? しかし、
「それなら依頼は受けられないが、良いのかい?」
「いえ……それは困ります」
「ならば良かろう。報酬はそちらの言う通り米でいいよ。わしの弟子の仕事が気に入ったら、もう少し色を付けてくれと
老巫女のニンマリ顔が思い浮かんでしまい、笑いそうになった時、お呼びがかかった。
「アカル、入っておいで」
「はい」
アカルは葦簾をよけて部屋に入ると、老巫女の斜め後ろに正座した。
(神経質そうな男だな)
それが
アカルが夜玖を値踏みしたように、夜玖もアカルを値踏みしていたのだろう。その結果、いかにも不服そうな眼差しでアカルを見ている。
(なるほど。ばば様が毅然としてろって言ったのは、これか)
アカルは納得して、じっと夜玖を見返した。
視線を外したのは夜玖の方だった。抗議するような目で老巫女を見る。
「この娘が弟子なのですか? まだほんの小娘ではないですか。それに……」
「確かに小娘じゃな。年は十五だ。名はアカル。お前さんたちの字で書くとこうだ」
岩の巫女は、炭で【朱瑠】と書かれた木片を夜玖の前に差し出した。
「この娘は人の目には見えないものを見るし、神々とも話ができる。
「しかし──」
「この岩の里には、わしとこのアカル以外に神と話せる者はいない。不服なら帰るが良かろう」
「……わかりました。では、海が凪いでいるうちに出発したいのですが、よろしいですか?」
夜玖は老巫女とアカルを見比べる。
「良いよ。アカルも準備は出来ているな?」
「はい、ばば様」
アカルは奥の部屋に戻ると、
「では、俺は一足先に行って出港の準備をしています」
「ああ。
岩の巫女はニンマリ笑って夜玖を追い出すと、アカルの手を取った。
「良いかい? お前の首にかかっている
「わかってるよ、ばば様。じゃあ行くね」
「ああ、好きに生きるがいい」
岩の巫女はそう言うと、小さな腕を伸ばしてアカルを抱きしめた。
「お前の人生なんだからね」
「……ばば様、ありがとう」
きっと戻って来るよ。そう心の中でつぶやいた。
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