第2話


 浮気と二股は似て非なるものだ。


 無論、人数の話ではない。恋人たちを己の“好意の天秤”にかけた時、その想いが釣り合うかどうかの話だ。換言すれば、本命がいるか否かということである。


 最良のパートナーがいるにも関わらず、別の相手に目移りしてしまう浮気。誰が一番だとは決められず、皆平等に愛そうなどと考える二股。大まかに区別するとこうなる。さらに細分化しようとなると、複雑怪奇な下心を掘り下げていかなければならないので割愛する。


 みなとという恋人がいながら、みやことも恋愛関係にある行彦ゆきひこがどちらに当てはまるのか。

 実のところ、それは彼自身にも分からなかった。同居によるマンネリ化から寂しい気持ちを埋めようとしたのか、それとも冷めた心に本気の恋を求めたのか、判然としない。


 だがそんな中途半端で不甲斐ふがいない行彦に対して、京の方はある意味で清々しかった。


 「私は先輩もみーくんも同じだけ好きなんですよ」


 京はそう言いきると、テーブルに開いた生菓子を一つ、ひょいと掴んで口に運んだ。滑らかな口溶けが頬を緩ませる。


 “みーくん”とは京が交際しているもう一人の恋人の愛称だ。本名について行彦は知らないし興味もない。


 京の髪を見て、彼は小さくうなる。ふんわりとした栗毛を飾る、深みのある緑のバンスクリップ。正直、あまり似合っていないと感じるそれはみーくんからのプレゼントだという。その系統の色が好みなのだそうだ。


 恋人の前で別の男がくれた品を身に着けるのはどうなのかと行彦が嘆いたところ、京は先ほどの言葉を返したのだった。


 「どっちの方が好きとかは決められないんだ?」

 「決められないんじゃなくて決めないんです。好きなものならよりも、がいいです」

 「うわ、贅沢」

 「幻滅しました?」

 「それはないけど、なんというか……わがまま?いや、欲張り?」


 複雑な気分になる行彦。

 京は手元の紅茶で唇を濡らすと、微笑みながら言った。


 「女はみんな、すべからく欲張りなんですよ」



 行彦を先輩と呼び慕う京だが、一般大学に通う彼とは学生としては何の繋がりもない。一つ年下の彼女は芸術大学で美術を専攻する一回生で、舞台芸術学科に通うみーくんを通じて湊と親しくなったという。


 そんな京と行彦が出会ったのは、湊の忘れ物を取りに彼女が家にやって来たことだった。その日は水曜日。二人とも講義は午後からだったので少しばかり話をすることにしたのだが、驚くほど話が合ってすぐに打ち解けた。そして恋人との微妙な距離感と好奇心も後押しして付き合うことになったのだ。以来、彼らは水曜日になるとこうして逢瀬を楽しんでいた。



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