第11話 想像の中へ

 次に気が付いた時、僕はベッドの上だった。

「鈴木君、大丈夫?」

 隣には保健室の先生がいた。そして、あの眼鏡の女性の先生。彼女もベッドに横たわっていた。

「あの先生は大丈夫ですか?」

「みどり先生なら大丈夫。少し疲れたみたいで、今は寝てるけど」

 保健室の先生がその後の状況を教えてくれた。

 警備員が倒れた後、僕も気を失ってしまったらしい。

 駆けつけた他の先生方に対しては、暴れまわった警備員から、僕とスズが助けてくれたとみどり先生が伝えたらしい。

 スズが警備員を殴ったのも、どうやら警備員が先に襲ってきたからのようで、正当防衛とみなされたとのことだ。

「スズさんはどこへ?」

「あなたをここまで運んで帰られたわ。今度会ったらお礼を言っておきなさい」

 保健の先生は微笑む。今度会ったら、か。はたして、次に会うことなんてあるのだろうか。

 彼の目的は、あの本の回収だったはず。おそらく、それは果たしたはずだ。だったら、もう僕に用はないだろう。

 それにしても。

 ついさっきのことなのに、なんだかずいぶんと時が流れたように感じる。

 転生者。魔法の書。氷を操る敵。魔法を唱える自分。

 本当は、夢の中の出来事だったのだろうか。今、僕は夢から覚めたのではないか。

 鐘がなる。時計を見ると、いつの間にか下校の時刻だ。

 窓の外は、すっかり茜色に染まっていた。




「あら、お帰りマシュくん」

 玄関をくぐると、いつものようにおばあちゃんが迎えてくれた。

「おかえり真城くん。今日のごはんはハンバーグだぞ」

 おばあちゃんの隣には、見覚えのある村人Aが笑って立っていた。

「……なんでスズさんがうちにいるんですか。不法侵入ですよ」

「まあ固いこと言わずに。さあ上がって」

 お前の家じゃねえ。

 なぜかスズも、一緒に晩ご飯を食べることになった。

「窓ガラス割った分際で、ハンバーグ食べないでください」

「まあ固いこと言わずに。うまい!おばあさん、このハンバーグ美味しいですよ」

「スズさん、どうやら家がなくて困ってるらしいの。少しの間なら、うちにいてもらってもいいじゃない」

 台所に立つおばあちゃんが笑う。この人は、おおらかが行き過ぎてないだろうか。

「ガラス代も弁償しないといけないからね」

 食費がかさんだら元も子もないだろうが。

「スズさん。あの警備員は一体何だったんですか。なぜ、あなたが襲われたんですか。そして、あなたは何者なんですか。教えてください」

 スズが手を止めた。ハンバーグを飲み込み、水を流し込む。

「信じてもらえないとは思うが、俺は別の世界から来た。この世界とは違う、魔法や怪物が存在する世界だ」

 本当に異世界転生者のようだ。目の前で魔法を見たから、今更否定するつもりもない。

「襲われたのは、あの魔法の本のせいですか?」

「それが、分からないんだ」

 スズの顔が強張る。箸をおいて腕組した。

「あの本を狙っているんじゃないんですか」

「いや、これはただの魔法書で、ごくありふれたものだ。もし魔法の存在が知られると、何かと面倒なことになりそうだったから、俺は必死で探していたけれど、魔法を使える連中が、現世に来てまで探し求めるような代物じゃない」

 そういって魔法書をぱらぱらとめくる。

「君があの警備員に使った魔法は催眠魔法。正確に言うと、催眠魔法を強制的に解除するものだ」

 あの警備員は何者かに催眠魔法をかけられていた。この世界に、魔法を使える誰かが存在するということであり、

「そいつはスズさんに敵意を持っている」

「そうなる」

 スズは本を閉じた。

「僕はなぜ魔法を使うことが出来たんでしょうか」

「分からない。魔法を使う適性があったとしかいえないな。向こうの世界でも、魔法を使える人もいれば、そうでない人も大勢いた。俺には適性がなかったし」

 確かに、あの本の書き込みを見る限り、このおじさんのMPはすっからかんなのだろう。

「この家におじゃまさせて頂いたのは、本当はガラス代の弁償のためじゃないんだ」

 スズは立ち上がり、僕に魔法書を差し出した。

「俺には魔法が使えない。でも、きみは違う。きみなら、俺を向こうの世界――アスカルに送り出してくれるかもしれないんだ」

 元いた世界に戻るため……。

 もちろん、ガラス代はひねり出してもらわなければ困る。が、しかし。

 異世界転生者に魔法の書。そして、魔法を使うことが出来た自分。本を渡され、なんだか急にその実感が溢れてきた。想像イメージの世界に、僕は今、片足を突っ込もうとしている。

 胸が高鳴る。僕は魔法書を受け取った。

「スズさん。僕に、何ができるんですか」

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