第10話 人形

 応接室に入る。警備員の姿はない。スズの前に駆け寄る。

「治癒魔法……だったよな」

 本をめくる。さっき見つけた、書き込みのあるページにたどり着く。

『まず、魔法の対象に手をかざす』

 そして目を閉じ、強くイメージする。

 森の中。たたずむ泉で、やすらぐ動物の姿を。

 手のひらが熱くなる。おもわず目を開けると、スズにかざした僕の手が光に包まれていた。

「……マジか」

 気を緩めると、あっと光が小さくなる。慌てて目を閉じ、再び感覚を研ぎ澄ませる。

 光の輝きが増していき、氷は徐々に溶けていく。スズの上半身が自由になったところで、集中力が途切れてしまった。

「おいおい、魔法を使えるなんて一体どういうことだ真城くん……」

 スズは目を丸くした。

「そんなの知りませんよ……」

 息があがる。100メートルを全力で走った後みたいに疲れた。魔法を使ったせいだろうか。

「助けて!」

 女性の悲鳴。2人が振り向くと、警備員と眼鏡の女性の先生がいた。警備は先生の首に手を回し、拘束していた。

「ナゼ氷ガ溶ケテイル?……下手二動クト、コノ女ノ命ハナイト思エ」

 警備がそう言うと、魔法陣が生成され、光り出した先生の首元から足元に向かって、どんどん凍りついていく。

「この状況じゃ、君が魔法を使える理由を考えている暇はなさそうだ……」

 スズが呟く。どうする。下手に本を開こうとすれば、彼女に危険が及んでしまう。

「ひいい……」

 先生の顔は恐怖で引きつっていた。警備員が笑う。

「ハハハ、少シヅツ身動キガトレナクナッテイクノハ恐イカ?」

 ふと、警備員から独特の臭いがただよってくることに気づいた。

「スズさん」

 できる限り小声で話す。

「何だ」

「あの警備員、なんか臭くないですか」

 スズが顔をしかめる。

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう」

「でも、しませんか?腐ったような臭い」

「……腐った?」

 スズが黙り込む。

「オ前タチ、何ヲコソコソ喋ッテル」

 警備員がこちらを睨む。

「真城くん。さっきの治癒魔法と同じ要領で、次は違うものをイメージするんだ」

「黙レト言ッテルノガ分カラナイノカ」

「暗闇に浮かぶ操り人形。上から垂れる紐がぷつりと切れる様子。……チャンスは一瞬。より強く、瞬間的に念じるんだ。」

「コチラノ言ウコトガ分カラナイヨウダナ」

 女性を掴んでいる反対の手を、スズにかざす警備員。手元が輝き、スズの足元に再び魔法陣が渦巻く。

「――今だ」

 スズが叫ぶ。

 僕は警備にすばやく手をかざし、目を閉じた。

 想像する。

 脳裏の暗闇の中。糸で吊られた人形。糸は徐々にほつれていき、プツリと切れる。そして、人形はすとんと床に落ちた。

 どさり。

 ゆっくりと目を開ける。警備員は、先生を腕に抱いたまま、倒れこんでいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る