第5話 匂い

「鈴木のばあさん、大丈夫かい。さっきすごい物音が聞こえたんだけど」

「ん?ああ、さっき窓ガラスが割れちまってね」

 逃げ出してきた家の前まで戻ってくると、玄関の前に、隣で寝ていたあのおばあさんと、お隣さんと思われるおじいさんがいた。

「その音で目が覚めたんだけど、うちの子が窓の外にむかって何か叫んでたねえ」

「おいおい、物に当たるなんて、マシュくん大丈夫かい。なにか悩みでもあるんじゃないかい」

「悩みかい?家を出るとき、『修理費どうしよう』って、難しい顔はしてたけど……」

 2人に見つからないよう、庭に侵入。窓枠を跨ぎ、朝目覚めた部屋へ足を踏み入れた。

 



 部屋を見回す、ない。布団の周辺、ない。布団をひっくり返す、ない。ない、ない、ない……どこにもない。

 道中をくまなく探したが、ポーチは見当たらなかった。となると、可能性が残っているのは、俺が目覚めたこの家だけ。必ず探し出さなくてはいけないのだが――、

「ん、何かお探しかい?」

 声がして振り返る。白髪しわくちゃのおばあさんがいた。

 再び不法侵入者と化してしまったが、おばあさんのこちらを見る目は不思議なほど落ち着いていて、優しかった。

「……ポーチを探しています」

 その視線に、自然と体の強張りは抜けていった。彼女の質問に、普通に受け答えをする自分にすこし驚く。

「ポーチ?ああ、あれのことかい」

 部屋を出て行くおばあさんの後ろをついて行く。こちらを怪しむ様子はまるでなかった。もしかして、早朝、自分の起き抜けに窓を破壊した犯人だとは、気づいてないのだろうか。

「あなた、もしかして、朝、私の隣に寝ていなかったかしら?」

 それまでの素振りからは予想もしていなかった質問に心臓を撃ち抜かれ、足が止まった。

「……そうです」

「やっぱり!」

 おばあさんは笑った。何が面白いのか分からなかったが、「ははは……」とぎこちない愛想笑いが漏れた。

「朝、寝ぼけていたけど、部屋に残った甘い香りは覚えていたの。あなたからするのと同じ匂いをね」

 匂い?なんのことだ。

 俺は特に香水をつけているわけじゃない。いい歳した中年の男から、心地よい香りがするとは到底思えないのだが……。

 おじいさんとボケた会話をしていたのに、急にするどい質問をしてくる……かと思えば、匂いがどうとか、よくわからないこともおっしゃる。何だか、つかみどころのない人物だ。

「ほら、これだろう。あなたの探しているもの」

 おばあさんは居間のテーブルの上の指さす。使い込まれた革のポーチが置いてあった。

「そうです、ありがとうございます」

 テーブルに駆け寄り、さっそくポーチの中をかき回す。が、しかし。木の実や通貨、いくつかの火炎玉はあるが、魔術書は影も形も見当たらない。

「おばあさん、この中に本が入ってませんでしたか?」

 彼女はしわくちゃの顔を傾けて言った。

「ああ、それならうちの子が学校に持って行ったよ。『なんかおもしろそうだ』って言ってねえ。」

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