第177話 葛藤して

(俺じゃあ駄目なのか……)


 初代聖剣使い『リン・ド・ヴルム』に、為す術もなく敗北した。


 まるで歯が立たず、格の違いを見せ付けられた。


(強くなった筈なのに……初代の力には遠く及ばない)


 日はすでに落ち、空には月が昇る。


 明日の早朝、待ち受ける初代聖剣使いの居るバトルルームで、答えを出さなくてはならない。


(なんだったらすっぽかすか……? なんてな 馬鹿な考えだ)


 なんの解決にもならない。むしろ失う物が大きいだろう。


「まだ……手はある」


 リンに残された唯一の対抗策であり、出来れば使いたくない力。


「闇の力……か」


 だがそれは余りに無謀な切り札、諸刃の力である。


(ダークイクリプスが使いこなせられれば……可能性が)


 その為には自らの『心の闇』と向き合う必要がある。


 自分でもわかっていた。自分の心の闇の正体について。


「ユキ……」


 いつからか、この世界に迷い込んでいたもう一人の転移者の名前。


 同じ世界からの迷い人。そしてリンにとって必ず救わなくてはならない人。


「俺は間違っているのか……俺はどうお前と向き合えば良い」


 眠りから目覚めないユキを、十一年間待ち続けている。


 目を覚まして欲しい。だが、それはとても恐ろしい・・・・・・・


「こんなんだから……向き合えてないんだろうな」


 十一年間ユキから逃げ続けていた。向き合う事を恐れ、ただ怠惰な日々を送り、それを傲慢にも『これが正しい』などとしてきた自らの愚かさを呪う。


「アニキ」


「レイ……」


 リンに与えられた部屋、そのベランダで一人思い悩むリンを心配し、妹分であるレイが尋ねてきた。


「……一人にしてくれって頼んだと思うが」


 初代聖剣使いに叩きのめされた事は既に仲間は知っている。そして全ての賢者の石を渡せと言われた事も。


 誰も何も言わなかった。言えなかった。


 それは、リン自身で出さなくてはいけない答えだったからだ。


「いや……そろそろ決まったのかな~なんて」


「さっさと渡すのも悪くないかもな」


「えぇ!?」


「冗談だ」


 そう笑って見せるが、誰が見ても痛々しく見えただろう。


 もう余裕が無い。強がって見せるが、ただのやせ我慢だった。


「初代も悪い奴ですよ! さんざんアニキに任せておいてこの仕打ちですもん!」


「なんだ? 愛の言葉を貰って喜んでたじゃないか?」


「同じ顔でもやっぱりアニキが良いです!」


「贅沢言うな」


 我儘だなと思ったが、寧ろ心地よく思える。


 いつもメチャクチャだが、それ以上にレイには助けてられているなと、リンはいつも思っていた。


「……渡すんですか?」


「他に選択肢があると思うか?」


 渡したい筈がない。だが、力の差は歴然だった。


「アイツが魔王軍だっていうなら話は別だがそうじゃない アイツは『聖剣使い』なんだ この世界を守ろうとしているだけなんだ だったら……何が正しいのかなんてハッキリしてる」


 戦いに身をおいて日の浅い自分よりも、かつての戦争の英雄であり、その実力が劣ることの無い初代聖剣使いの方が、勝てる見込みがあるのは当然だと、リンは言い聞かせる。


「俺の我儘は皆の迷惑になる ここで意固地になっても何の意味も無い」


「やってもないのに何諦めてるんですか!?」


 声を荒げてレイは言う。


「ここまで来たのはアニキじゃないですか!? 頑張ったのは『聖剣使い』じゃなくて! 他の誰でもない『優月ユウヅキ リン』でしょ!?」


「レイ……」


「ワガママ上等じゃあないですか! ここまで頑張ったのなら誰も……」


「俺は自分の我儘で誰かを傷つけたくないんだ!」


 あの日ユキを連れ出した我儘で、十一年間を失わせてしまった。


 それは『運が悪かった』出来事。けれどそれは自分が起こしてしまった出来事。


「俺は怖いんだよ……! 俺はこの世界を救えるかなんてわかるわけない! 失敗すれば終わるんだ! 沢山の人が死ぬだよ! 自分の言った我儘を……『運が悪かった』で片付けたくない!」


 だから逃げ続けたかった。楽になりたかった。


 初代聖剣使いに、全て任せてしまいたい。


「俺に出来ることなんて高が知れてるさ! 俺に出来て初代に出来ないはずがない! 荷が重過ぎるんだよ!」


 言われたとおりだったのだ。


 荷が重い、役者不足、どちらも当てはまる。


 今までずっと目を背け続けてきた事を、目の前で人が傷つく姿を見たくないという『恐怖感』からずっと、自らを奮い立たせてここまで来たのだ。


「俺はただ……自分の為・・・・に戦ってきた もうこれ以上何も背負いたくないから……せめて『俺の手の届く人達』だけでも守れればそれで良かったんだ」


 正義感などでは無い、優しさからでは無い。


 もっと単純な動機。ただ『嫌だった』のだ。


「自分のことでいっぱいなんだ……逃げたいんだ」


 だがそれすら許されない。


 この世界に『ユキ』がいるから。


「人一人救えない俺に……世界を守れなんて笑えるだろう? まだユキへの『答え』すら出せてないんだ」

 

 リンの根源である『ユキと向きう』という事を、未だに出せていない。


「アニキ……ちょっと屈んでください」


「……何だって?」


 リンに答えるではなく、レイは突然指示をする。


「なんだ……急に?」


「いいから!」


 戸惑いつつも、リンはとりあえず言うとおりにした。


「……せーの!」


「……!?」


 リン顔面に向けて、レイの拳が炸裂する。


 何が起きたのかわからないリン。そばにへたりこんでいる。


「うだうだ言ってんじゃあねーですよ!」


「……レイ?」


 頬の痛みを手で押さえながら、リンはまだレイに殴られた事を理解していない。


「自分でわかってるじゃないですか! 『無理なものは無理』なんですよそんなの! 人間向き不向きがあるんですから背負える量は決まってます!」


 何もかも『自分だけで』背負い込もうとするリンに、レイは『渇』を入れるために殴ったのだ。


「逃げたいのなら『逃げれば良い』んですよ! その分しっかり『進めば良い』んです! 百歩下がったら百『一』歩進みましょう! 千歩なら千『一』歩! ちょっと遠回りするだけでしょう!」


 目を背ける事を悪い事・・・と決め付け、自ら逃げ道を塞いでいた。


「……痛いですか?」


「当たり前だ……」


「それは『今』だからです これから起こる『未来』の痛みなんて気にしても……しょうがないでしょ?」


 その痛みもいつか消える。


 すでに起きた『過去』の痛みを嘆くのも、傷つくかもしれない『未来』の痛みを恐れるのも、『今』の痛みと比べられる筈が無い。


「前にアニキが言いましたよね……ユキさんが目を覚ました時『誰を恨めば良い』のかって? それを決めるのはユキさん・・・・です アニキじゃないんですよ」


 ユキが目を覚ました時、どうするのかはユキが決める事。


 受け入れるのも、目を背けるのも、それはユキが決める事だ。


「もしも折れそうになったら……その時手を差し伸べればいいんです アニキが前にオレにしてくれた時・・・・・・・・・みたいに」


 自暴自棄になったレイに手を伸ばしたのはリンだ。


 答えは既に出ていた。他でもない、リン自身・・・・が出していた。

 

 へたりこむリンに手を差し出すレイ。リンはその手を握り、立ち上がる。


「アニキのしたいようにしましょう! 賢者の石を差し出しても良し! 最後まで抗うも良し! 選びたいほうだいです!」


「二択じゃねえか」


 期限の迫る選択肢はそれだけである。


 だが、もう先程のように『行き詰った選択』ではなかった。


「アニキは一人じゃないですよ ここには『仲間』がいます 特にアニキの頼れる妹分であるこのオレが……」


「一発は一発だ」


「へ?」


 間の抜けた声を出すレイ。


「目を閉じてろよ」


「いやアニキその……さっきのはアニキを思って……」


「さっさとしろ」


「ハイ!」


 背筋を伸ばして目を閉じる。


 これは怒っているなと、リンの逆鱗に触れてしまったのかと、身構えた。


「……アイタッ!?」


「一発は一発だ」


「デコピン……?」


 額に微かな痛みのみ。言葉通り『一発は一発』である。


「ありがとな……レイ」


 今までで聞いた中で、一番優しく、温かな感情の言葉。


「アニキ……?」


「決めたよ 俺のやること」


 レイの頭を撫で、部屋を出る。


 残されたレイは、今起こった光景からたまらずしゃがみこむ。


「……あの顔は反則でしょ」


 いつも不機嫌そうなリンの顔。


 その顔が今までに見せた事の無い、とても『穏やかな微笑』であった。


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