第164話 向き合うことから

「お加減はいかがですか?」


「やあリン君 いらっしゃい」


 ルシファーを倒してから三日がたった。


 憑依されていたライトゲートの王である『エルロス』は目を覚まし、今こうしてリンを迎え入れても平気な程に回復していた。


「体調は良さそうですね 顔色も良いですし」


 元々刺さっていた少し萎れた花と入れ替え、持っていた花を花瓶に刺す。


「そうだね 僕はもう大丈夫だ」


「後遺症……とかも大丈夫でしょうか?」


 リンはベッドの横にある椅子に腰掛け、様子を窺う。


「中々心配性だね君は まあまだ立つのは厳しいかな?」


 傲慢であった態度は消え失せ、とても話しやすくなったエルロス。


 この性格こそが本来のエルロスであり、以前の性格はルシファーが表に出ていたまさに『憑き物が落ちた』からである。


「……本当に申し訳なかった 君達にした事を謝罪する」


「謝らないでください 貴方は憑依されていただけなんですから」


「ルシファーの事は……僕には意識はあったが何も出来なかった 君自身も聞いたとおりここライトゲートにある『塔』の再建の為に復活を目論んでいた」


「はい……貴方が選ばれた理由はこの国の王だったから」


「そしてボクが……『ルシファーの子孫』だったから」


 器とするのに、最も適した存在。


 国の王であり、自らの血筋を持った子孫。だからエルロスは選ばれていた。


「ボクは魔王ルシファーの子孫として改めて謝罪しなければならない……ボク自らが人類の脅威となろうとしていた事は許される事では無い」


 王としての責任感と、純粋な罪悪感。


 たとえ自分の意思で無かったとしても、エルロスは誠心誠意謝罪する。


「……でしたら教えてください 『ダークイクリプス』のことを」


 新たに手にした『闇の賢者の石』の力は、リンの手には余る代物であった。


 強大な力であるのは間違いないが、余りにも危険すぎる。


「闇の賢者の石の事かい? 僕の知っている事でよければ答えるよ」


「自分には上手く扱えませんでした……結果的に街へ被害を出してしまった」


「君がいなければ魔王軍に壊されていたんだ 同じ事だよ」


「それは結果論でしかありません もしも逃げ遅れた人が居たとすれば……もしかしたら襲っていたかもしれません」


 まるで『餓えた獣』の如く敵を倒す化け物。


「必ずこの力に頼る時が来ます その時にまた理性を失うようなことがあれば……何か克服する手段さえあれば……」


 今度は仲間を傷つけてしまうかもしれない事が、リンは怖かったのだ。


「……闇の力は他の賢者の石の力を『増幅』させる力を持っている」


「力の『増幅』ですか?」


「たとえば君の火の賢者の石は闘争心を燃え上がらせる……その力を増幅させればより闘争本能を呼び覚ます事が可能だ」


「土の賢者の石で硬化の力を強めたり……とか?」


「そう 使いこなせれば・・・・・・・の話だがね」


 だがそれが出来なかった。


 確かに魔王三銃士の一人であるツヴァイを倒す程の力であったが、手当たり次第に暴れてしまうのなら意味が無い。


「悪いけど僕も詳しくは知らないんだ……使えるのはこの世で『たった一人』だったからね」


 リンと、もう一人の聖剣使い。


 伝説の英雄『リン・ド・ヴルム』にしか、詳しい扱い方までは知らないのだ。


「ただ聞いた話だと……持ち主の『心の闇』に反応するんだとか」


「心の『闇』……ですか?」


「そうだ 心の闇とちゃんと向き合う事・・・・・……それが重要らしい」


 アヤカにも言われていた眼の『濁り』の事でもある。


 原因はリンは理解しているつもりだが、今はまだ向き合い方がわからないでいる。


「君は悪い人間では無いと保障しよう だがね……君の闇は深い」


「それは自分の属性とも関係がありますか?」


 城に入る前に受けた、水晶での属性診断。


「君は『闇』だった 人間誰しも闇を持ってはいるが……人間の根源属性が『闇』だというのはとても珍しい事なんだ」


「具体的には?」


「そうだね……魔王ぐらい?」


 一発で希少性が理解できたリン。


「魔族であればまだ多いんだがね だから入る前に調べているんだよ」


「そういう事情が……」


「だから『闇の者』を恐れる……特に我々ライトゲートの民はね」


 今までそうやって暮らしてきた。遥か昔からその風習は変わらずに。


「ルシファーが『人界』を治め サタンが『魔界』を治める……そうする事で互いの均衡を保ってきたんだ だからそれを脅かす存在を恐れる」


 神との戦いに敗れ下界へと墜ちた天使達は、争いの絶えない人間と魔族に心を痛め、自分達が支配するという形で矛を収めさせた。


 それが傲慢の王『ルシファー』と、憤怒の王『サタン』である。


「君にはとても申し訳ないと思っている……たとえボクが君を『悪』で無いと証明しても……この国の人達から見れば『異端者』に見えてしまう事を」


「安心してください 我々の目的は終わりましたから直ぐにこの国を出ます」


 こうしてエルロスに会いに来たのも、賢者の石の事で教えて欲しかったからもあるが、出立の挨拶も兼ねていたのだ。

 

「すまない……今のこの国では君の味方になってあげらない」


「構いません 今は駄目でも……少しずつ知ってもらえれば」


 リンは立ち上がって扉まで歩き、部屋を出る為ドアノブに手をかける。


「闇はとても怖い……際限なく現れては心を蝕み続ける」


 出て行こうとするリンへとエルロスは言う。


「だけど君なら大丈夫だ」


「……根拠はあるんですか?」


 振り向いて言うリンの顔は、少々複雑そうな顔であった。


「そう言われるとね……でもね 数々の苦難を乗り越えてきた君だったら……きっと『自分を超えられる』ってボクは信じているよ」


 頼りなさげな励まし。でもとても暖かな声援であった。


「ありがとうございます……これからも日々精進致します」


「がんばるんだよ ライトゲートも『ギアズエンパイア』の魔王軍討伐部隊への召集を承認した 兵士もじきに向かわせるからね」


 今はまだ色々あって直ぐには合流できないが、ライトゲートも魔王軍との戦いに参加する事となった。


「失礼します」


 深々と頭を下げ、リンは部屋を後にする。


 その後姿を、エルロスは暖かく見守っていた。


「挨拶は済んだでござるか?」


「ああ 長居は無用だ」


 仲間達の元に持ったリンは、早速国を出る準備を始める。


「けっ! この国を救ったのはアニキだってのに!」


「まったくだぜ なんだってオレらコソコソ出なくちゃいけねえんだよ」


 不満を垂れるレイと雷迅。


「郷に入っては郷に従え……ってね? 元々こういう所だって知ってたわけだし」


「ムロウの言うとおりだ そういうのは割り切るものだ」


「まあ用も済んだしな~ オレ様居心地悪いから速く出たいぜ」


 特に魔族であるチビルと雷迅には窮屈であったであろう。やっと解放されると喜んでいた。


「案内の人が来たわよ 門のところまで案内するって」


「あ~牢屋は最悪だったな~何かお礼とか貰えないかな~?」


「諦めろ 兵士も操られてたんだからな」


 少なくとも城に配備されていたい兵士達は全てルシファーによって操られ、リン達を捕らえる事に躊躇いを持たず、忠実な部下として扱われていたに過ぎない。


(とはいっても……歓迎はされなかったろうがな)


 魔族を連れ、闇の者であったリンを、快く受け入れてくれたかと言えばまた別の話であろう。


「門まで案内致します なるべく街の者達に見つからない道で案内致しましょう」


 街の住民にも、リンが闇の力で暴れていた事は知れ渡っていた。


「なんだぁ? まるで悪者みたいじゃあないか?」


「申し上げにくいのですがその通りです・・・・・・ 聖域であるライトゲートに魔族と闇の者が踏み入る事は禁じられている事ですから」


「兵長! 整いました!」


「ではご案内します どうぞこちらへ」


「……ムカツク~」


 リンはこんなものであろうと思った。


 簡単に変わる筈ないと、偏見や差別を無くす事は難しいと、諦めていた。


(ギアズエンパイア……もしも魔王の言うことが本当なら)


 ギアズエンパイアについて考える。魔王はまるでそこに『もう一人の聖剣使い』がいるかの様な口ぶりをしていた事をリンは思い出す。


(ギアズエンパイアにいるかはわからないが……もしかしたら)


 残り四つの賢者の石を所持しているかもしれない。


(確定では無いが可能性は高い やはり情報を……)


「到着しました」


 あれこれ考えていると、あっという間に門のところまで連れて来られる。


「ここでお別れです ご武運を祈っております」


「はい ありがとうございます」


「じゃあ行きましょう ちょっと遠いけどね」


 御者をシオンに任せ、旅立とうとしたその時だった。


「聖剣使い御一行」


 兵士長がリン達を呼び止めたかと思うと、兵士達は並ぶ


 突然の事に驚いていると、兵士長が敬礼し、他の兵士達も一斉に敬礼する。


「貴方はこの国で忌み嫌われる『闇の者』である事は存じております ですが貴方が……王を救って・・・・・下さった事・・・・・も我々は知っております」


 敬礼を解き、手を差し出す。


「感謝致します 我々はその功績を称えます 流石は聖剣使い様であられる」


 この国と分かり合える日は、やって来るのだろうかと考えていた。


(なんだ……思ってたよりも)


 分かり合う第一歩の為、リンは差し出された手に応じた。


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